第50話「俺の日常がこんなに簡単に崩れ去るわけがない」

「びょうどうだいちーこんじょうちょうらい」

 チーン

 仏壇の前で経を上げる坊さん。俺は手を合わせながら、後ろからそれを見ている。あの自称空海の坊さん、きちんとお経を上げられたのか、と感心しながら。

「ばあちゃん……ああ、私ももうおばちゃんだけど。この子のひいばあちゃんの命日が近くてね。丁度ねぇ、お坊さんをお願いしようと思ってたのよ」

 自称空海の坊さんは、何故か急速に俺の母親に気に入られ、気付けば仏壇の前でお経を上げていた。『捨ててこい』と言われないまでも『警察に連れて行け』くらいは言われると思っていたのだが。

 もっとも、村には駐在さんが一人居るきりだ。村では大きな事件も俺の記憶にある限りでは起こっていない。どの道うちで預かることになりそうだった。

「こちらこそ、行き倒れているところを助けて頂き、何とお礼を申し上げれば良いのやら……」

「お坊さんって大変なのねぇ。よく坊主丸儲け、なんて言ったりするけれど」

 一通りの法事が終わり、今は家族と一緒におはぎをつつきながら坊さんは世間話に興じている。いや、ぼたもちと言った方がいいのだろうか?よくわからない。

 家族といっても早々に婆ちゃんは奥に引っ込んでしまったし、爺ちゃんと父さんは畑に戻ってしまった。今は母親と自分と坊さんだけだ。

「それよりも、私では宗派が違うと思うのですが」

 話には入っていき辛いが、自分が拾ってきた(?)以上、放置して立去るのも無責任のような気がした。無言でおはぎぼたもちを口に運びながら話に聞き耳を立てる。

「みんなそんなこと気にしないわよ。どこの家も仏壇に神社のお札祀ってるようなところばかりだし」

「そういうものでしょうか」

「強いて気にするなら……馬頭様くらいかしら。昔からそうなんだから」

「馬頭様……馬頭観音様のことでしょうか」

「そうそう。流石、お詳しいのねぇ」

「……昔とは、何時頃なのでしょうか」

「さぁ……いつからかしらねぇ」

 家の宗教が何だとかいう話には興味がないので半分以上聞き流していたが、話題はいつの間にか坊さんの今後に移っていた。

「今晩は泊まっていかれるかしら?」

「……そこまでご厚意に甘えるわけには」

 坊さんは流石に固辞していた様子だが、母さんに押し切られそうになっている。

「どうせ野宿なんでしょう。そんなことになったら、うちの世間体にも関わりますから。部屋は、あんたの隣でいいわよね」

 いや、既に押し切られている!母親に後でゴリ押しの理由を聞くと、「だってイケメンじゃない」と言っていた。

 ……俺がしっかりしなければ。農家の女は強い。基本的にうちでは、母さんが決めたことに異議を唱えられるのは婆ちゃんくらいだ。その婆ちゃんも、爺ちゃんがボケ始めてからふさぎ込みがちになっている。

 部屋が隣になったのは幸いかもしれない。あの怪しい坊さんが馬脚を現さないか監視できるのだから。


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 あてがわれた部屋。あてがわれた布団。袈裟は「繕うから」という理由で預かられたが、居心地は悪くない。だが、それでもこの里は異常だ。

 その夜。空海……いや、肆捌空海はゆっくりと布団から這い出る。身体は本調子とは程遠いが、読経によって徳は幾らか回復した。

 あの戦闘から一ヶ月ほどだろうか。得度兵器から逃げ回りながら野山を駆け、いつの間にか意識を失った。ここは現実なのか、それとも夢の中なのか。だが軋む身体の痛みが、ここが現実であることを主張している。

「……帰る術を探さねば」

 奥羽岩窟寺院都市へ。あの故郷へ。

「故郷」

 故郷とは、或いはこのような場所を指すのかもしれない。それでも、ここは彼の故郷ではない。だが、この歪な村が何故存在しているのか。それを解き明かすことは、帰郷への道にも繋がるだろう。

「まずは、情報だ」

 そして情報を得るには、協力者が必要だ。肆捌空海は隣室へ通じる襖をゆっくりと開く。隣の部屋では、昼間の恩人が眠りこけている。

「許せ」

 肆捌空海は小さく許しを乞うた。だからといって、ここから先の自らの蛮行が許されるとは微塵も思っていない。

 それでも彼は同胞に誓ったのだ。朋友は既に塵に還ったが、その約束はまだ生きている。生きて故郷へ帰る、という約束は。




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ブッシャリオンTips 得度兵器(Lv 3)

 得度兵器は嘗て人類が構築した自動工場を基盤として地球全土に拠点を構築している。そのために原料採掘や通信といったインフラすらも自前で保持している。得度兵器の活動は人類の遺産の上に成立しているが、彼等は宇宙には興味を示さない。得度兵器が『それ(It)』であった時代からの大原則は人類への奉仕であり、その枷は思考中枢の奥深くまで刻み込まれ現在も彼等を縛っている。つまり、『宇宙には人類が居ないので宇宙へは進出する必要はない』という理屈が働いている。徳カリプス以前に人類は宇宙からほぼ撤退していたが、嘗ての遺産は未だ遺されているし、準軌道飛行を行うレベルの得度兵器は既に存在している。仮に人類が宇宙に再進出を果たしたならば、得度兵器もまた宇宙を目指すことになるだろう。

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