第51話「欠けた心がのぼる空」
「ねぇ、いいことしよう?」
夢だ。今は夢の中に居るという自覚がある。自分の部屋のベッドの上で女の子に馬乗りにされている夢だ。我が夢ながら、なんという芸の無さだろう。
ちなみに夢だとわかるポイントは、実際自分の部屋にはベッドなどという小洒落たものは無く、一家全員オール布団な点だ。
そして健全な男子高校生なら、この手の夢の一回や十回や百回は見ることもあるだろう。だから別段どうということはない。自分も人並みのスケベ野郎だったのだなぁ、という妙な感慨を抱くくらいだ。
とはいえ折角見た後腐れのない夢なのだし、目一杯楽しみたい所存。でも、このクラスメイトにも知り合いにも見えない女の子は……一体誰なんだろうか?
夜中、ふと目が覚めた。妙に身体が重い。何かにのしかかられているような感触だ。ははぁ、これは噂に聞く金縛りというやつだろうと思い、目を凝らすと……
目の前に、坊主頭があった。
「うおわああモゴーッ!モゴーッ!」
思わず叫ぼうとするが、口を塞がれる。手足も押さえつけられている。
妙に重いのはこれが原因か。嘗て無い恐怖に、思わず身体が強張る。
俺を押さえつけて何をする気だ?危害を加えるなら、幾らでもチャンスはあった筈。なら、何を……ナニを?
「モゴーッ!!モゴゴーッ!」
嫌だ!やめろ!絶望的な想像を打ち払うべく、目一杯身体を暴れさせる。だが、手足を極められているのか動けない。
「すまない。だが、落ち着いて話を聞いて欲しい」
「モゴーッ!」
無理だ!この状況で落ち着いて話ができるか!
「私は、自分の街へ帰らねばならない。だから少々協力して欲しい」
「モゴモゴ!」
それと、俺を組み敷くことに何の関係が!
「ついては、まずは服を脱いで貰いたい」
…………
……
……さようなら、俺の貞操。
せめて……せめて、夢の通りこれが美少女なら。美少女でさえあったなら。
だが現実は動かない。目の前に居るのは俺より少し年上のいい体をした坊さん(同性)であるし、何故か脳裏には『僧侶の間では男色が盛んだった』という歴史トリビアが思い起こされている。
もはや俺には天井の染みを数えることしか出来ないであろう。うちの家は築年数が結構経っているので、数える染みには事欠かないのが救いなのか何なのか。最早自分でも自分の思考がよくわからなくなっている。
「今、ここから退く。服を脱いで貰いたい。確認したいことがあるだけだ」
……?無理矢理脱がせないのだろうか?そういう趣味なのだろうか?
「大声を上げる、逃げ出すといった行動さえしないなら、拘束もしない」
俺は頷く。ここで下手に抵抗しても、状況を悪化させるだけだ。この手際といい、一対一の格闘で勝てる見込みは無いだろう。相手が紳士的なうちは、被害を出さないようにするのが吉だろう。
宣言通り、坊さんは身体の上から退いた。そういえば、『確認したいことがある』とも言っていた。もしかすると、性的暴行が目的ではないのかもしれない。
「上半身だけで構わない」
「……乱暴すんなよ」
何をやっているのかは、極力考えないことにする。本当に危なくなったら逃げればいい。言われるまま、ジャージの上とTシャツを脱ぎ捨てる。
胸や背中を、ぴたぴたと冷たく大きな手が触れる。こそばゆいような、ひんやりして気持ち良いような。いや、そんなことを考えるどころではないのだが。
しばし沈黙が続く。俺が何だか妙な気分になってきたところで、
「人か」
坊さんは手を止め、そう言った。
「決まってっだろ!」
思わず叫ぶ。いや、叫ばない方がおかしい。
「人型の得度兵器やもしれない、と疑ったのだが……何と詫びれば良いやら」
なんとか兵器、という物騒な単語が聞こえたが、俺はそれどころではなかった。改めて思う。今までの一連の流れが、美少女相手なら。美少女でさえあったなら。
「……先程も言ったが、この村を調べたい。協力して貰えると」
「断る」
俺は食い気味に即答。これ以上付き合う義理は無い。身の危険を感じる。
「……わかった、無理強いはできない」
坊さんは意外な程あっさりと引き下がった。だが、
「ならば、最後に教えて欲しい。今は西暦何年だ?」
再び口を開いて、そう問うてくる。
「そんなの、決まってっだろ」
新聞を見れば書いてある。誰でも知っていることだ。どうして、そんな当たり前のことを聞くのか。
だがそこで俺は、一瞬答えに窮した。
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