第六章

第49話「ボーイ・ミーツ・ボンズ」

 いつもと変わらぬ、学校の帰り道。といっても、途中にコンビニもゲームセンターも無い。カラオケは商店街のスナックにあるだけ。

 俺が住んでいるのは、小さな山間の村だ。

「いつかは都会に行きてぇなぁ……」

 そんなことを言っても、どうせ俺も高校を卒業したら家業を継ぐことになるのだろう。家の畑仕事が待っている。

 だから、高校の数年間は最後の自由な時間だ。それもあと一年ちょっとで終わる。日常の悩みと言えば、最近爺さんがボケはじめたこと。クラスの女子が気になること。

「気になるつぅても、一緒になっでくれなんて頼めねぇしなぁ」

 農家に生まれたからには、嫁探しが運命的につきまとう。好きだから付き合おう、の先を無意識に考えてしまうのだ。

「家族さ紹介して……家のこと知ってもらって、あー、いかん」

 重い。重すぎる。それに、高校と言っても総生徒数たったの十数人の分校だ。告白でもして、仮に振られたとしても卒業までの間ずっと顔を合わせ続けることに……

「やっぱ無理だ」

 結局、いつもこうだ。気づけば、通学路で唯一の自販機の前。コーラとコーヒーとスポーツドリンクと黄色いパッケージのブロック食しか置いていないが、それでも貴重な憩いの場だ。硬貨を入れて、なんとなくブラックコーヒーを選ぶ。

 精一杯の背伸び。別に美味しくはない。ただ昔、漫画だかドラマだかでブラックコーヒーを飲むシーンがあって、中学の頃に飲み始めただけだ。こうして道端で缶コーヒーを飲んでいると、行ったこともない都会の気分を味わえる気がする。

「そろそろ帰らねっと」

 近頃は日が落ちるのが早い。非行でもしていると思われたら、家族に心配をかけてしまう。自販機脇のゴミ箱に空き缶を放り込んで、再び通学路を歩き出す。

 明日もきっと、今日と変わらない一日が来る。ゆっくりと日々は過ぎて、色んなことがあって、俺は少しずつ大人に近づいていく。その時までは、そう信じていた。



 

 剃り上げられた頭。ボロボロの袈裟。明らかに坊さんの格好だ。

「坊さんか!?」

 慌てて駆け寄り、助け起こす。

「……修行中だ」

 意識はある。全身ボロボロだが、大きな傷は無さそうだった。

「修行でこんなことなってるんか」

「これは修行とは……関係ない」

「とにかく救急車」

 公衆電話。いや、直接診療所へ駆け込んだ方がいいかもしれない。どうせ小さな村だ。

「それよりも、何か……食べ物を」

「食いかけの干し芋しかねぇけど」

 自家製だ。ばあちゃんが畑の芋で作った。

「ありがたい」

 おずおずと差し出すと、歯型も構わず噛りだす坊さん。一体、何日何も食ってなかったのだろうか。

「……でも、何でこんなとこで行き倒れてんだ」

「話せば長くゲホッ!ゲホッ!」

「慌ててかっこむからだ」

 自販機まで戻ってスポーツドリンクを買い、手渡す。ようやく話を聞くことが出来たのは、坊さんが干し芋を完食し人心地ついてからのことだった。


「名前は?」

「空海」

「空海ってアレだろ、歴史の教科書でみたぞ。ホントはなんて名前だ?」

 空海。弘法大師。小学生ですら知っている名前だ。

「詳しくは言えぬ。だが、そういうことにしておいてほしい」

「なら、詳しくは聞かねぇけんどよ……」

 『そういうことにしておいてほしい』、つまり偽名なのを白状しているも同然だ。もしや、偽僧侶なのだろうか。そんな話をニュースで見た気もする。

「何処かに宿はないだろうか」

「こんなど田舎に宿なんかねぇよ」

「それもそうか……」

「第一、金持ってんか?」

「……無い」

 金を持っていたら、自動販売機の数十メートル先で行き倒れたりはしないだろう。

「山のお寺さんと知り合いか?」

 村にも一応寺がある。住職は居ない。法事の時は他所から呼んでくると聞いたことがあるが、俺は見たことがない。

「いや」

「……なら、ひとまずうち来るか?」

「良いのだろうか」

「他に行くとこねぇべ」

 別に、信用したわけではない。見捨てるに忍びないだけだ。

 名前を偽るところにしても、妙な愚直さが気掛かりだっただけだ。だから、どうしようもない人間かもしれないが、嘘のつける人間ではないと思った。何より、坊さんを見捨てると罰が当たりそうな気もする。

 一介の高校生にはどうにか出来なくとも、うちの親や爺さんばあちゃん……爺さんはちょっとボケ始めているが、とにかくその辺なら何かいい知恵を出してくれるだろう。

「この恩は、決して忘れぬ」

 自称空海は深々と頭を下げる。

「おい、よせって」

 今のところ最大の問題は……道端で坊さんを拾ったと言って家族に信じて貰えるかだ。犬猫じゃあるまいし。

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