第37話「胎動」

「ひま……」

 徳ジェネレータの内側で、ガラシャは完全にふてくされていた。

 暇潰しに貰った本は読み終えてしまったし、話相手も居ない。その辺に居たノイラも今はどこかへ出掛けてしまった。

 今もこうして街のエネルギー供給を担っている自分を差し置いて、まさか何処かへ遊びにでも行っているというのだろうか?いや、そうに違いない。

 いっそ眠ってしまえばいいだろうが、昼間、『教室』で寝ていたせいで眠くない。仕方なしに、読み終えた本をパラパラとめくる。

 歴史上の偉人・聖人の図鑑。はっきり言って、退屈だ。徳カリプス前の紙の書物は貴重だ、と誰かが言っていた気もするが、ガラシャにとってはどうでもよかった。

 昔々の歴史上の人物たち。もう生きては居ないだろうし、自分にも関係の無いだろう過去の人間。

 ヒミコ。プリンス・ショウトク。ヤマノウエ=ノ=オクラ。ガンジー。アベ=ノ=ナカマロ。クーカイ。サイチョー。サカノウエ=ノ=タムラマロ。

「……クーカイ」

 空海。その1ページを読み返す。

 名前が同じだけの筈だった。偉人・聖人の名前を子供に付けることは、この時代、決して珍しくなかった。ガラシャ自身の名前とてそうだ。

 だが、どうしてだろうか。この1ページに記された足跡に。概略だけの文字の羅列と、僅か一枚の肖像画に。どこか彼の面影が重なるのは。

「考えすぎかなぁ……」

 そう口にしながらもガラシャは、手すさびに本の上の『空海』の肖像へ毛髪を書き足してみる。

「……そっくり?」

 それなりの達成感を得て、彼女は床へ寝転ぶ。徳ジェネレータの内側は狭い。座禅を組んだ状態で多少余裕がある程度の空間しか無いのだ。寝転んでも、手足は伸ばせない。

「早く終わらないかなぁ……」

 徳ジェネレータは低い駆動音だけを囁かに立てながら、少女の徳をエネルギーへと変換し続ける。


--------

「酒があるのか?」

 早速迎え酒を注文したガンジーに、ノイラは問いかける。

「……飲むのか?ってか、飲めるのか?」

「アルコールとカフェインが無い人生は考えられない」

「いらっしゃい……姉ちゃんもイケる口のようだな」

「店主、酒だ。できれば日本酒を頼む」

「ウィスキーとどぶろくしか無ぇよ」

 徳の高い街で酒類を仕入れることはかなわなかった。したがって、酒場の品揃えはガンジー達が旅立った当初と少しも変わらない。

 つまりは、品揃えに乏しいままだ。

「残念だ。適当なのを一杯」

「ガラシャはどうしたんだ?」

「どうしてここへ?」

思い思いの疑問をぶつけるガンジーとクーカイ。

「彼女はまだジェネレータの中だ」

「置き去りかよ……」

「師匠の本棚から、何冊か抜いて置いてきたから大丈夫だろう」

 それはかなり退屈しているんじゃないか、とガンジーは思ったが口には出さなかった。

「……それで、何の用だ?」

「居候先で飯をたかるのも些か心苦しくなってきたから、外へ出ようかと思ってね」

「あの女のとこか……」

 ノイラはミラルパ老の家……つまりは『孫娘』の家で居候している。

「彼女はかなり飲み込みがいいぞ」

「苦手なんだよなぁ……あいつ」

ガンジーは密かに愚痴る。人間誰しも、苦手なタイプというのは居るものだ。ガンジーにとっては『孫娘』がそうだった。飲み直し、とばかりに注がれたウィスキーを煽る。

「師匠の資料を出してくれてな、色々わかったこともある」

「……仏舎利の話か?」

「それもあるな」

「だが、宇宙に行く方法を考えねばならんのだろう」

「そうなんだよなぁ……」

 頭を悩ませるガンジーとクーカイ。話はいつの間にか、昼間の話題の続きへ至る。

仏舎利を回収するためには、宇宙へ行く足が必要という話だ。だが、

「無いこともない」

「あるのかよ!!」

 ノイラの答えに愕然とする二人。もうこの女一人居れば、文明が再興できてしまうのではないか、とさえ思い始めるクーカイ。

「いや、『あった』と言うのが正しいだろう。昔の話さ」

「今どうなっているかは、わからんということか」

「そんなところだ」

ノイラはコップを口へ運び、一気に飲み干す。

「専門外だがね。LV(ローンチ・ヴィークル)の生産工場を漁って、塩漬けにされているものがあれば幸運、といった程度だろう。使い方もわからん」

「でも……あるんだよな、宇宙へ行く方法」

「当たり前だ。昔の人類にとって、宇宙は気軽な場所だった」

「もしかして……行ったことあんのか、宇宙」

「まだ私が、お前達よりも……あの娘よりも小さかった時の話だ」

 そうして、彼女は語り始める。徳カリプスよりも以前の世界。人類が未だ、衰退の縁にしがみついていた時代の話を。

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