第38話「酒場にて・下」
「懸賞で、宇宙旅行が当たったんだ。当時の私は、大層行くのを嫌がったらしい」
半世紀は前のことだな、と勝手にあたりをつけるガンジー。
「無理矢理エレベータに詰め込まれて、ふと窓の外を見ると、地平線が広がっていた。じっと眺めていると、それが段々丸くなっていくんだ」
「宇宙に行くエレベータねぇ……」
「そういうものがあった、とは聞いたことがある」
「自分の今まで立っていた場所がどんどん小さくなって。最後には、大きなガラス球くらいにしか見えなくなる。それが怖くて、綺麗でな。上に着いてからはずっと、地球を眺めていた」
宇宙エレベーター・一号塔『カーシャパ』。またの名を「カーリダーサの塔」。それが、彼女の登った場所の名だ。
だが、天を突く蜘蛛の糸も既に無く。ガンジーとクーカイは、ただただ想像もつかぬ世界に言葉すら出てこない。
「今、あの場所からこの星を見たら……どんな景色が見えるんだろうな」
「それで……どうやったら俺達は行けるんだ」
目を細めるノイラに、ガンジーは問い掛ける。結局、問題はそこだ。
「……可能性があるなら、北か西だ。西の海沿いに、嘗ての工業地帯がある」
「……西は無理だな。徳カリプス以前の人口密集地だろう」
徳カリプスの惨禍は、解脱した人間の数と相関してその度合い増す。
北の街道沿いですら、クレーターができる程の有様。それ以上ともなれば、想像もつかない。まして、工業地帯。自動化された工業設備は、得度兵器の温床だ。
「ってことは、北か……」
ガンジーは考える。ガラシャ達の街よりも更に北。得度兵器の勢力圏に突っ込むことになる。
「得度兵器避けの対策が要るか」
二人の頭に浮かぶのは、街に仕掛けられた『立ち入り禁止』タグの存在。
「街のタグって、作れんのか?」
完全に無力化することは出来ずとも、身を隠すことが出来れば確率は高まるだろう。
「作ること自体はできるがね……」
「なら、頼むぜ」
「俺達だけでは難しい。出来れば、複数台の車で隊を組みたいところだ」
「んじゃあ、マスターに言って募集して貰うか」
「あの街の様子も、ついでに見ていきたいところだ」
二人は、既に次なる探索行に向けて動き始めていた。宇宙へ行き、仏舎利を手に入れる途方も無い旅路へ向けて。
だが、
「やめておけ」
ノイラは何時になく厳しい口調で、それを制止する。
「……無謀だからか?」
クーカイは問い返す。
しかし、彼女は首を横に振る。そして……ただ一言だけ、こう言った。
「北は、地獄だ」
と。
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星が、落ちた。旧時代に打ち上げられた
その堕ち行く先。ガンジー達の居る街の遥か北。得度兵器勢力圏の北端。赤い蓮めいた結晶の雪が深々と降り積もる大地を、一体の得度兵器が闊歩する。
タイプ・タモン。南極から直接指令を受け、仏舎利カプセルの回収へ赴く純戦闘用得度兵器である。その戦力は、タイプ・ブッダやタイプ・ミロクの比ではない。
戦闘……そう、戦闘だ。得度兵器は、何故兵器なのか。兵器とは何か。戦う相手に振るうものだ。ならば、それは誰なのか。
得度兵器が戦うべき者達は、救済すべき人類たるガラシャ達ではない。ノイラを初めとする、僅かな舎利ボーグでもない。
徳無き世界に蠢く魔物は、決して機械達だけではない。
「『四馬の鞭』」
光の鞭がタイプ・タモンを縛り上げる。得度兵器の関節が軋み、唸りを上げる。
だが、徳エネルギーの光で構成された鞭は揺るがない。得度兵器の
最後の力を振り絞り、タイプ・タモンの足元から対人数珠ベアリングが撒き散らされる。生身の人間はおろか、重舎利ボーグですら傷を負いかねない破壊の一撃。
「防御を疎かにするな」
「……かたじけない」
巻き上がる雪煙の中、光り輝く徳エネルギーの壁がベアリングを弾く。シールドの内側には、防寒装備の二人の男。壁をすり抜けた爆風で吹き飛ばされたフードが、二人の坊主頭を露わにする。
大いなる争奪戦は、未だ始まったばかりだ。
「黄昏のブッシャリオン」第四章 完
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ブッシャリオンTips 徳クローン(Lv 2)
善行強化実験体計画は、最終的に破綻した。遺伝子改造と純粋培養によって善行に対する動機付けを強化し、効率的に功徳を積むことのできる人間。それは技術的には可能だった。だが、あまりにも効率が悪く、研究は次の段階へ移行する。
オリジナルである聖人の
研究の結果。徳エネルギーを媒介とした物体への干渉。それが『奇跡』の、少なくともその一端の正体であることが判明した。
徳エネルギーを己の意志のみでコントロールする人間。それは紛れも無く新たな可能性であった。だが、徳エネルギーによる奇跡を行使する覚醒者達には、ある欠陥が存在した。
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