第36話「酒場にて・上」
その夜。街の酒場。『ハンニャ亭』。
「働いた後の飯は美味い」
「そーいや、あの街には酒無かったもんな……マスター、おかわり」
「あいよ。幾らでも飲んできな」
「こいつが吐くから、そろそろ止めてやってくれ。酒の無駄だ」
「いいんだいいんだ。あんたらのお陰で生き延びてるようなもんなんだから」
「んじゃ遠慮無く」
ガンジーの遠慮のない飲みっぷりに、クーカイは思わず溜息をつく。マスターはそんな二人を見て苦笑する。
「いやぁ、まさか本当に別の街まで行って帰ってくるとはなぁ」
「ここへ来る度にその話を聞いている気がするな」
「何度話しても愉快な話は、何度でもしたくなるもんさ」
今や、二人は街一番の有名人なのだ。
「そこで俺が、華麗にビームをかわしてだなぁ……」
早くも完全に出来上がったガンジーは、少し目を離した隙に他所のテーブルに絡み始めている。しかも、聞いている側もそれなりに興味深そうであるから始末に終えない。
「だいぶ話に脚色が入り始めているな」
「それでも、あんたらが帰ってきた時は……本当に嬉しかったよ」
一先ず相棒は放置することにして、クーカイはつまみの皿を片付けはじめる。
「ギリギリのところで助かっただけの偶然だ。一歩間違えれば、二人共死んでいた」
「聞いてるさ。得度兵器とやり合ったんだろう」
タイプ・ミロクとの交戦。それこそ、偶然の中の偶然の産物だ。
「……ああ。だが、たった一体で物資を使い果たした。二体、三体と続けば」
「そこだよ」
クーカイの言葉を、マスターは途中で遮る。
「どこだ」
「あんたらは、十分他人から褒められることをやった。もっと浮かれていい筈だ」
「浮かれていれば、油断が生まれる。油断は命取りだ」
「それだ。あんたは、微塵も浮かれていない」
「……そんなことはない」
口では否定するも、内心では図星を指されたクーカイは表情を歪める。
「……こんな時代だ。昔何があったかなんざ聞かんがね。もう少しくらい、今を楽しんだらどうだ」
「俺は……十分楽しんでるさ」
「いや、まだ足らん。具体的には飲め。酒を呑むんだ。相棒はもう三本目だぞ」
「おい、ガンジー!おぶって帰るのは御免だぞ!」
慌ててガンジーを止めに走るクーカイ。
「まだ大丈夫だってのに……」
「いいから自分の席へ戻れ。むやみに出歩くな」
「あんたの過去は知らん……だが、背中を預ける人間にくらいは、話してやってもいいんじゃないか」
マスターは、クーカイにだけに聞こえるよう呟く。
「それを決めるのは、俺だ」
クーカイは酔っ払ったガンジーを椅子に戻しながら、呟き返す。
「……すまん、年寄りの悪い癖が出たな。一杯奢ろう」
「だから、俺は酒は……」
「奢りか!?」
「おまえさんの分は出世払いだ」
「へへ……でもよぉ、こんなやり取りしてっと……出発の前を思い出すなぁ」
「縁起でもないこと言うもんじゃない」
遠いように感じても、僅か十日ばかりほど前のこと。徳ジェネレータが破損し、ある老人が天に登ったあの日。
「その後ろにある瓶、あの時俺達が飲んだやつだろ」
「……かなり酒臭いぞ」
ガンジーの酒癖は、既に危険域に突入しつつある。
「もう手に入らん酒だ。瓶だけでも取っておこうと思ってな……そろそろお勘定かい」
「ああ、さっさと吐かせて、この馬鹿を部屋に放り込んで来なきゃならん」
飲み始めた時点で止めるべきだった、とぼやきながらクーカイは支払いのために硬貨を取り出す。探索行の途中で見つけた古銭である。便宜上ではあるが、この街では貨幣の代用品として使われていた。
「毎度。またいつでも来てくれ」
「この馬鹿の酒癖が直ったら来る」
いつものやり取りを交わし、クーカイが立ち去ろうとしたその時。酒場の扉が勢い良く開いた。
「……なんだぁ?」
扉の外に居たのは……新しいボロ布を纏った銀髪の女性。即ち、ノイラであった。
「……マスター、飲み直しだ。一杯頼む」
ガンジーの酔いは、ほとんど一瞬のうちにして消え去っていた。
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ブッシャリオンTips ノイラ・H・S(Noira H S)(仮) (Lv 2)
体内のごく微量の仏舎利から生じる徳エネルギーと強化された肉体により、得度兵器の装甲版を素手で叩き割るほどの舎利ボーグとしても破格の力を持つ。その代償に、全力を出す度にその身体は壊れていく。
年齢不詳だが、一応二桁ではあるらしい。徳カリプス後は得度兵器を狩ることで自らの肉体を維持するための部品を得ながら各地を旅し、人類の終末をただ眺めていた。趣味はプロレス鑑賞と日本酒。好みのタイプはガチムチ。
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