第34話「明日の道標」
「疲れた……」
ガンジーは机の上でへたれている。何時もとは頭の使う場所が違うのだ。
街へ帰った彼を襲ったのは、徳エネルギーに関する集中講習であった。ガンジーやクーカイ、暇を持て余してるガラシャ他、街の若者数人が受講したものの、全員例外なく頭から煙が吹き出ている。
「うん、概ね頭の出来自体は悪くないな。今日で定性的な話は終了だ。次からは応用数学分野に踏み込んで、徳物理学に不可欠な群論を基礎から……」
「ちょ、ちょっとは手心を……」
「ペースが早過ぎるか。ふむ……なら、明日は復習に充てよう。今日中に質問事項を洗い出しておくように」
講師役のノイラは平然と課題を出し、教室から去る。講義そのものがわかり辛い訳ではないのだ。ただ、純粋に量が多い。そして、ペースが早い。
ガンジー達が学校というものに慣れていないのもある。
「徳エネルギー抽出時のブッシャリオンの振る舞いは田中モデルに従うが、マニタービンによる変換時は波動性が顕著に現れる……と」
「クーカイはよく付いてけるよな……」
「これでも、かなり苦労しているんだが」
メモを広げるクーカイを横目で見るガンジー。こんなところでも、相棒の得体の知れなさが透けて見える。
「後で見てやろう」
「うっせぇ」
クーカイが徳カリプス以前、何処で何をしていたのかをガンジーは知らない。
だが、今更それを訪ねるのも憚られる。本人も話す素振りはない。言わないということは、言えないということだ。多少気になる時もあるが、無理に問い詰める気はない。
「おい、ガラシャ……死んでる……」
ふと隣を見ると、少女は完全に寝ていた。『教室』全体でも三割程が撃沈している。五割はガンジー同様頭から煙を噴き上げているし、まともに生きているのはクーカイと……あの老人の『孫娘』くらいのものだろうか。余談だが、ガンジーは彼女のことがあまり得意ではない。
徳カリプス後の十四年という時間は、長い教育の空白を作り出してしまった。ガンジー達は今まさに、そのツケを被る立場にあると言えるだろう。
徳カリプスによって失われたのは、如何ほどのものなのか。これから先に必要な徳エネルギー技術者を育成するにしても、どれ程の時間を要するのか。
……そんなことで、当のガンジーが悩むことなど全く無いのだが。
「呆けている場合か。徳ジェネレータのレストアがまだ残っているぞ」
「そうだな、うん」
「でも、何で俺たちが徳ジェネレータの面倒まで見なきゃならねぇんだ……」
「文句を言うな。街の中で手隙の人間は少ないんだ」
こうまで彼等が多忙になっているのには、無論理由がある。
彼等のような採掘屋が活動するのは、街の外。つまり……『街の中』に居る限り、彼等は穀潰しに過ぎない。つまりは新しい仕事が増えた場合、真っ先に割り当てられるのだ。
「こんなことなら、どっか旅にでも出るんだった……」
ガンジーはぼやきながら、徳ジェネレータ倉庫の扉を開く。
「無茶を言うな。遠出しようにも足がない。第一、何をしに行く気だ」
二人の使う車は現在(主にガンジーによる)酷使が祟り修理中である。加えて、先日のエネルギー危機に際し……採掘屋達が総出でサルベージ作業を行ったため、予定以上のソクシンブツを初めとする物資の蓄積が街にはあった。
しかも、今や徳ジェネレータのストックに、ガラシャというエネルギー源すら存在する。危険な旅に出る必要など、少なくとも暫くは無いのだ。
だが、ガンジーは諦めない。
「決まってんだろ。仏舎利だよ」
「無茶を言うな。落ちてくるならまだしも、どうやって手出しする気だ」
クーカイも仏舎利の在り処については聞いている。高度400kmの軌道上。或いはそこは、地球の裏側よりも遠い場所だ。
「宇宙まで取りに行くんだよ!」
だが、ガンジーの答えは完全なる斜め上だった。
「馬鹿だ。馬鹿が居るぞ」
口ではそう笑いつつも、クーカイはその可能性を考える。こいつがやると言っているなら、試してみる価値ぐらいはあるだろうと思ってしまうのだ。
だがそれでも、とクーカイは考えてしまう。仏舎利を手に入れ、その先に待つのは……徳カリプスの惨劇の再演なのではないかと。
明日への道標はまだ、おぼろげなシルエットの奥にある。それが新たな光であるのか、それとも嘗ての時代の残り火であるのか。それはまだ知れない。
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ブッシャリオンTips 仏舎利衛星(ブッダ・サテライト)(Lv.1)
ナノサイズの仏舎利を原動力として搭載した人工衛星・人工惑星の総称。半永久的に放出される徳エネルギーと、徳カリプス以前の高度機能性材料技術によって百年単位の自律稼働を可能としている。
その機能・用途は多岐に渡り、地球軌道を周回するメンテナンスフリーのインフラ衛星、惑星・外宇宙探査機等が存在した。仏舎利は貴重なため、多くの仏舎利衛星には大気圏突入カプセルによる回収機構が備わっている。
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