第四章

第33話「行きて帰りし物語」

「納得行かねぇ」

「色々あったが無事に目的も果たせた。しかも護衛付き、これ以上は望めまい」

「んー」

「釈然としねーなぁ……」

「格好が付かない、の間違いだろう」

「なっ、何で知ってんだよ!」

 クーカイは溜息を吐く。ガンジー達一行は既に、懐かしき街への帰路へ就いていた。後ろには徳ジェネレータを始め、得度兵器の部品や戦利品を満載した牽引トレーラーが続く。

 同行者も増えた。ノイラを名乗る舎利ボーグの女。そして……

「すごい……」

 外の風景に、目を輝かせる少女、ガラシャ。

 何故彼女が同行しているのか。それは昨晩、ガンジーが腕を極められていた時刻にまで遡る。


--------

「成る程……交易するとなれば、使節が必要ですな」

 議題は、交易の話題へと移る。クーカイの前では、街の長老格達が額を寄せ合っている。

「それはまぁ、確かに」

「しかし、街は意志決定にすら難渋しておりましての」

「ご尤もで」

 街の機能中枢であった寺は既に無い。クーカイは、自分たちが原因の一旦という弱味があるため、強気に出られない。

「今しばらくは使節団を選ぶ、ということもままならないのですじゃ」

「はあ」

「かといって、街を建て直すまでお待ち頂く訳にもいかぬご様子」

「それは、確かに」

 意思決定機構の再編には時間がかかりそうだ。クーカイは、交易は一端諦める方針を考えに入れ始める。

 クーカイ達の街の危機は去ってはいない。新たなエネルギーを得るためには、徳ジェネレータを持ち帰り、それを設置する必要がある。残された時間は、一刻を争うほどでもないが、然程余裕がある訳でもない。

 徳溢れる人間をこの街から招くことが出来れば、徳ジェネレータの燃料問題も解決されるのだが……そこまで望むのは強欲というものか。

 帰路に廃寺を漁るか、或いはクーカイ達以外の採掘屋が『当たり』を引いていることを期待すべきか。

「では、交易の話は保留ということに」

「まぁ、待ちなされ」

 クーカイが議論を切り上げようとした時、老人の一人が口を挟んだ。

「確かに、街としては使節を出すのはちと難しいやもしれぬ」

「左様。しかし、行きたい者が行くぶんには……強いて止めることはできませんでの」

「……それは、まさか」

「これは我々にも益のある話である故」

「左様。我々の街は……これから先、在り方を変えざるをえまい」

 得度兵器との共生は失われた。この街が得度兵器の勢力圏の内にあることは変わらない。だが……それでも尚、街の人間達の心には何かが芽生えていたのかもしれない。

「若いうちに違う在り方を知るのは、悪いことではあるまい」

「有り難い……」

クーカイは老人達へ頭を垂れる。

かくして、ガラシャは徳無き街への旅路へ同道することとなったのだ。


--------

 旅路は順調そのものであった。得度兵器の待ち伏せも想定されたが、巡回中のタイプ・ブッダへ遭遇することすら無かったのだ。但し……一度だけ、空を飛行型得度兵器が掠めた。

 遥か高空を超音速で飛ぶ、高速飛行型得度兵器。タイプ・ガルーダ。恐らく偵察だろう、とノイラは言った。「無駄遣いをする気は無い、ということじゃないか」とも。

 音速の数倍で空を駆ける聖鳥との邂逅は、ほんの一瞬の出来事だった。それでも、彼等の心には拭いがたい畏怖が刻まれた。

 と戦いながら、明日を探し求めることなど、本当にできるのだろうか、と。

 それでも、見慣れた街は近付いて来る。出発した時と変わらぬ、雑然とした街が。ガンジー達は戦果を持ち帰り、それによって街は救われるだろう。

だが、彼等の心には……今や、目指すべき『その先』が宿り始めていた。



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ブッシャリオンTips アフター徳カリプスの世界(気候編)

 人類活動の大幅な縮小・及び徳カリプス時に大気上層へと巻き上げられた粉塵によって、気候には変化が生じはじめている。大まかには日射量の減少並びに寒冷化の兆候が見られ、局所的には砂漠化が進行している。

 徳カリプス時に発生したエネルギーが大気層内に保たれている間は気候変動は最小限に抑えられるが、長期スパンで見た場合、氷河期の到来すら考慮する必要がある。徳カリプス以前の人類も同じ可能性を危惧していたところがある。

 やがて訪れる氷河期に対し、幾つかの対抗策は考案されたものの、大規模な人為的環境改造は功徳の減少を招く可能性があるため、実行は見送られた。仏舎利衛星ブッダ・サテライトも一部がその機能を担っていた。

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