第32話「ブッシャリオン・下」

 ナノサイズの仏舎利が齎す無尽蔵のエネルギーを力に変える。それこそが、ノイラが舎利ボーグの基準においてすら規格外の……得度兵器を両断する程の出力を誇る理由であった。

「つまり、身体の中に仏舎利があるのか?」

「あぁ、そうだ。生身の人間じゃないのでね」

 得度兵器の力で……つまりは徳エネルギー兵器のような、大量の徳エネルギーによって解脱する者の肉体が崩壊するように。無理な徳の強化は人体を容易く破壊する。

 仏舎利の徳エネルギーに耐えるには、生身の肉体では追い付かない。いや、機械への置換によって強化されてすら、全力を出すごと、彼女の肉体は少しずつ壊れていく。

「でも、人間……なんだよな」

 ガンジーは頭を掻き毟る。情報の整理が追い付かないこともある。目の前に有る筈の仏舎利が、手に入らないこともある。まさか奪う訳にも行くまい。

 それでも、状況は決して悪くはない。寧ろ、急激に良くなった。だが、それに感覚が追い付いていない。

「私が人間かどうかは個人の感覚に任せるとしても、だ。君達は徳エネルギーについて知らなすぎる」

 己の定義すら容易く投げ捨てる異常さには、慣れつつあった。

「仕方ねぇだろ……学校なんて、とっくに無くなっちまったんだから」

 ガンジーの子供時代は、アフター徳カリプスの混乱期そのものだ。

 最低限の読み書き計算、機械を扱うための知識は習得したものの、高等教育には縁が無かった。教師となるべき知識階級の人々の大半が、徳カリプスによって光へ変わってしまったという事情もあった。

「だが、そうも言っていられまい。仏舎利を探すということは、旧時代の遺産に分け入るということだ」

 そして……ノイラは、有り体に言ってしまえば暇を持て余していた。師匠の消息が片付き、当面の目的ひまつぶしを探していたのである。

「少しばかり、面倒を見てやってもいい。なに、別に取って食ったりはせんよ」

「……何と引き換えだ?」

「私の暇潰しだよ。なにせ、長生きは退屈だ」

 ノイラの側は、得度兵器に戦いを挑むような人間は今時珍しい。ちょっくら鍛えてやろう、という位の感覚でガンジーに目を付けたに過ぎない。だが、ガンジーは考える。徳ジェネレータを手に入れ、例え仏舎利を手に入れようとも。それは、問題を先送りにしているに過ぎないと。

 徳エネルギーをこの先も運用するなら、技術者が必要だ。そうクーカイも以前言っていた気がする。だが、この女は一箇所に長く留るような人間ではないだろう。ならば、誰かが徳エネルギー技術者になるしかない。自分ではないにせよ……自分がなるのは正直嫌だが……誰かが。

 そのための教師が目の前に居る。徳エネルギー技術は、家族の仇も同然だ。

(それでも)

 ガンジーは思う。徳エネルギーは人が生きていくために必要なのだと。

「……頼む」

 だからこそ、ガンジーは頭を下げた。仏舎利を手に入れるため。自分の街の人々を守るため。そして何よりも、明日のために。

「うん、いいだろう。それじゃあまずは、徳エネルギーの基本から行こうか」

「今からかよ!?」

「時間が惜しいだろう?教えるべきことは山のようにある」

「……それもそうか」

 相棒も今頃は、過酷な交渉を続けているに違いあるまい。ならば、自分も出来ることをしなければ。


▲▲▲▲▲▲▲

「……ごく微量の仏舎利から放出される粒子。それこそが、人類が最初に手にした徳エネルギーの欠片だった」

 南極。白い大地の上に、ハーフブッダマスクの男は佇む。男の隣を、慌ただしいペンギンの群れが通過する。

「それはボース統計にもフェルミ統計にも従わない、未知の素粒子だった」

「言うなれば仏舎利粒子、即ちブッシャリオン。それこそが、徳エネルギーの正体そのものだ」

 男の足元には、焼け焦げた金属カプセルが落ちている。

「まずは、1つ」

 カプセルには微かに、『三一聯合航天科工公司 仏舎利唵 006样本』の文字が刻まれる。

 高度400km。その数字は決して永遠を意味しない。定期的に地上から軌道を修正しなければ、何時かは地へと堕ちる高さだ。

 徳カリプス以降、軌道修正は停止した。それは、ある種の安全装置でもあった。もしも仮に文明が崩壊し、信号が途絶したならば……仏舎利は自然と、地球へ戻る。

 ハーフブッダマスクの男、田中ブッダはそれを知っていた。地球軌道上には複数の仏舎利衛星ブッダ・サテライトが存在する。それが順に地に落ち始めるのだ。

「……久し振りだな」

 男は愛おしげにカプセルを撫でる。待っているのは、旧時代に危惧された通りの争奪戦グレート・ゲーム。人類と人類ではなく、人類と得度兵器による仏舎利争奪戦。だがそれは、野望の第一歩に過ぎない。

 黄昏の時代は、より色濃い闇を産む。だが、その果てに夜明けは必ず訪れる。これは……それが誰がための夜明けであるかを決める戦いだ。


「黄昏のブッシャリオン」第三章 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る