第31話「ブッシャリオン・上」

「成る程。あの馬鹿師匠、まだ生き残ってたのか。舎利バネでもないのに、よくやる」

「先週解脱したけどな」

「そうだな、線香程度は供えに……チベット仏教の葬儀は線香使うんだったか?まぁ兎に角、墓参りくらいはしたいところだ。街の座標を教えてくれ」

「墓じゃなくて仏塔なんだと。違いはよくわかんねぇけど」

「ああ、そうなるのか……」

「どの道、俺達も街へ戻るところだ。付いて来るってなら、クーカイと相談する」

「それで構わない。別段、急ぐ用も無くなったからね」

 師の死を知っても、女は顔色一つ変えない。既に諦めていたのか、それとも本当に何も感じていないのか。それは定かではない。

 しかし、ガンジーの注意は既に別のところに向いていた。老ミラルパは書き遺した。仏舎利を知る者は、北に居ると。だが、とは言っていなかったのだ。

 あの老人の知己ならば、何か知っていてもおかしくはない。一縷の望みを賭け、ガンジーは尋ねる。

「もしかして、あんた。仏舎利について知ってるのか?」

「ああ、知っている」

 返答は、いともあっさり帰ってきた。

「まぁ、そうだよなぁ。流石に知らなええええええ」

「奇声を上げるな」

「仏舎利だぞ!?何処にあるかもか!?」

 思わずガンジーは立ち上がる。

「ぶっしゃり……」

 横で寝転ぶガラシャが寝言を呟く。

「勿論だとも。あの師匠から聞きでもしたか?」

「ああ。『知っている人間が北に居る』って遺言に書いてあった」

「また随分と漠然とした……いや、連絡が取れなかったから仕方が無いか。しかしこうなると、ここで出会ったのも考えの内か?」

 ノイラは何事かぶつぶつと呟き始める。

「それで、何処に有るんだ?」

「私が知っているものは、2つだけだ」

「幾つもあるもんなのか!?」

「あるとも。いや、正確には元々1つだったものを分割した、と言えるのかもしれないがね……本当に何も知らないのか」

「知らねぇ」

 即答であった。

 仏舎利。それは仏教の開祖である釈迦の遺骨のことだ。粉末化された遺骨は最終的に数万に分割され、寺院へ収められたとされている。寺の宝物として、後世には宝物が代用品として用いられることもあったが、ここでは本物……即ち真舎利と呼ばれる物を指している。

「とまぁ、これが仏舎利のあらましだ」

 生きながら解脱に届く徳を溜め込んだ者の遺物ならば、特級の徳遺物と成り得るだろう。だがそれは現存すればの話である。

「それで、結局何処にあるんだ?」

 話の半分程を聞き流しながら、ガンジーは尋ねる。ノイラは無言で上を指差す。その仕草は禅問答めいてもいた。

「空?」

 ガンジーは首を捻る。

「宇宙だ。高度400kmの軌道上。そこに、仏舎利はある」

「宇宙……」

 今や仰ぎ見る他無い、星々の世界。徳カリプスの後の人間であるガンジーには想像もつかない場所だ。嘗ての人類は、そこへ容易く手を伸ばしたと聞く。だが、それは既に遠い遠いお伽話だ。

 ……要は、聞くだけ無駄ということである。

「昔の人類が打ち上げたんだよ、人工衛星の動力源として。仏舎利は徳エネルギー文明絶頂期の人類ですら、扱いに困った代物だった」

 或いは徳エネルギー文明絶頂期だからこそ、と言うべきか。

 恒常的に徳エネルギーを得られる『物』は、徳エネルギー社会の前提を破壊してしまう。徳積みではなく、仏舎利を巡る競争が発生してしまうのだ。

 かくて、嘗ての人類は仏舎利を人の手の届かぬ場所に封印した。それは宇宙空間の虚無であり、あるいは。

「なぁ……なら、もう一つはどこに有るんだ?」

「それは、残念ながら只では教えられない」

「つまり、手の届く場所にあるってことだな」

「まぁ、そういうことになるか。手に入れられるなら、手に入れてみるがいいさ」

「ああ、手に入れてやる。何としてでもな」

 ガンジーは険しい顔で答える。だが、それを見たノイラは思わず吹き出した。

「何がおかしい?」

「すまん……ククッ、すまんすまん。そんな情熱的な告白を聞いたのは、半世紀ぶりくらいだ」

「は?」

 思わず怪訝な顔をするガンジー。

「いいだろう。そこまで真摯に囁かれては、応えないのは失礼だ。もう1つは、ここにある」

 そう言って、ノイラは自分の胸を指差す。

「……まさか、心の中にある、なんて言わねぇよな?」

「そんな悠長なことは言わないさ。私の胎内だよ。仏舎利と言っても、人間一人を動かす程度のエネルギーしか出せない、ごく微小な断片。それが生み出す徳エネルギーが、私を生かし続けている」

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