第24話「不安」
ガン、と石が何かにぶつかるような音がした。ガンジーは音の方を振り向いた。
「おい、冗談だろ」
そこには、目に静かな怒りを湛える街の人間達が居た。一人ではない。幾人もの街人が、崖を伝い降りてくる。ザイルも無しで。崖の上には、更に多くの人間が居た。手に石や農機具を携えている。
理解の外の行動だった。ガンジーは絶句した。クーカイは思わず耳を塞いだ。ガラシャは目を輝かせた。
「クーカイ!クーカイ!」
「……わかっている。まぁ、当然の結果だろう」
寺を破壊し、住職を殺害し、御本尊を破壊して持ち出そうとしている。彼等がしたことを思えば、当然の報いだ。少なくとも、クーカイにはそう思えた。実際のところ、それはやや的を外した推測であったのだが。
「諦める気かよ!」
「引剥した装甲を構えて、物陰に隠れろ!俺もすぐ行く!」
崖上の街人達は石を構え、今まさに慣れない手つきで投げ落とさんとしている。
「当たったら死ぬぞ……」
徳を積み、他者を労りながら生きてきた人間達に、殺生をする度胸などある筈もない。だが、暴徒とはそういうものだ。街人達は今、紛れも無い暴徒であった。
ガンジーは得度兵器の装甲板を盾のように引き摺りながら、物陰へと退避する。クーカイは少女……ガラシャを回収して小脇に抱え、遅れて物陰へ。
「人質を取ったぞ……」「投石を止めろ」
崖上の者達は囁き合う。彼等を暴徒にまで至らしめていたのは、不安だった。
人類全てがブッダになれる訳ではない。徳を積むという行動と将来的な物理的解脱の保障によって、彼等は滅びの不安から逃れてきた。しかし、それは突如として失われた。そこにあったのは、何処にでも居る八苦を抱えた人間の貌であった。
「上の車もヤバいんじゃねぇのか」
「一度上がった時に隠しては来たが、時間の問題だろうな。ああなっては手が付けられん」
「おい!車がやられたら俺達完全に足止めだぞ!」
だが、そんな街の人間達の事情などガンジー達の知ったことではない。三人は物陰で息を潜めながら言葉を交わす。
「……これから、どうなるの」
クーカイに抱えられたガラシャだけは、一人期待に胸を膨らませていた。今日は、なんて素敵な日なのだろうと。あの息苦しい日常が終わりを迎えただけでなく、これほど胸が踊る出来事が待ち構えているなんて。
少女が何を思っているかもまた、二人の知ったことではなかった。
「兎に角、ここから逃げねぇと不味い」
「賛成だ、嬲り殺しにされかねん。だが、どうやってだ?……と聞きたいが、その顔は珍しく何か考えがある顔だな」
「珍しくは余計だろ!」
「いいから、さっさと言え」
「ったく……なぁ、コイツはどうやってここまで来たんだ?」
そう言って、ガンジーはガラシャを指差した。
「……わたし?」
「言われてみればそうだな」
ガラシャは最初から谷底へ迷い込んでいた。しかも、街の人間達はその道を知らない。知っていれば、あんな無茶な崖下りなどする必要が無い。
必然的に、抜け道があることになる。待ち伏せをしている可能性もゼロではないが……あの戦い慣れていない様子からして、考え難い。
「そういうわけで、ちょっくら案内して欲しいんだが」
「じゃあ、取り引き」
「えーと、どういう意味だ?」
ガンジーは思わずクーカイと顔を見合わせる。
「どういう意味も何も無いだろう」
「わたしを、街の外に連れてって」
「………………」
ガンジーの苦悶の表情は、筆舌に尽くしがたいものだった。もう少しガンジーが図太い性格であったなら、適当な口約束で間に合わせただろう。だが、こういう緊急時には意外と地が出るものである。
「わーったよ!知らねぇかんな!」
結果、ガンジーは折れた。
「約束だよ!」
ガラシャは走りだす。二人はその後を追い掛ける。
その背後で、崖下に街人達が降り立ち始める。幾人かは着地に失敗し、そのまま動かなくなった。だが彼等は仲間を助けながらも、追跡を続ける。
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ブッシャリオンTips 徳クローン(Lv 1)
主に徳エネルギー社会の初期に行われた、人工的に徳を増大させる技術の1つ。徳の高い嘗ての聖人・偉人・高僧などの遺伝子をベースに遺伝子改造を行い、徳を積みやすいデザインベイビー(善行強化実験体)を作り出す研究であった。
舎利バネティクスに比べ要求される技術ハードルが低かったため、様々な場所で類似の研究が行われた。徳クローンとはその総称である。これらの研究のため、初期には高僧・聖人の遺伝子情報や聖遺物等の闇取引が横行したとされる。
遺伝子と徳伝播の関連性や転生の実証、或いは生前に彼等の起こした『奇跡』再現といった用途にも徳クローンは用いられ、マニタービンの成功によって功徳増大研究全体が陳腐化した後も、目的をそれらに変更し徳カリプス前夜まで研究は秘密裏に続いていた。
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