第23話「声が聞こえる」

 荒野に赤い蓮の花が降る。黄砂の混じった、桃色の大きな結晶の雪。それを誰かが蓮の花と呼び始めたのは、一流の自虐なのだろう。

 徳カリプスの影響によって上層大気が変質し、今では時折この雪が、季節を問わず降り注ぐ。

「……声が、聞こえる」

 ボロ布を目深に被った人影は、ただ一人荒野に佇む。

「あの機械どもの、叫び声が」

 タイプ・ミロクの発した声なき声を聞いた者は、機械達だけではなかった。だが、は人でもなかった。そうでもなければ、機械の声など聞き届けようもない。

 嘗て、世界がまだ徳に溢れていた時代。それでも満たされなかった者達は、外法を求めた。

 数多の犠牲と浪費の上に、外法は成った。1つは『徳クローン』。古の偉人・高僧の遺伝子をベースに、より効率よく功徳を積めるよう遺伝子改造を施した善行強化実験体。もう1つは『舎利バネティクス』。人体に徳遺物をインプラントし、徳エネルギーを活用できるよう変化させる非道の人体改造術。

 女は後者の産物だった。生身の肉体を失ったのは、もう随分と昔の話だ。徳カリプスによって世界が滅びた後は、得度兵器を狩り、パーツを体に継ぎ足しながら生きてきた。

 人の域を外れたその身に、解脱という名の救いは決して訪れない。彼女はそうしてただ、朽ちてゆく世界を眺め続ける。

 ……その筈だった。だが、女は知ってしまった。この朽ちゆく世界で、自分以外にも何者かが戦っていることを。

 得度兵器が脅威を伝える救難信号アラートを発しているということは、誰かが救いに抗っていることに他ならない。

 女は、声の方角へ足を向けた。その先に、誰かが居ると信じて。



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 徳溢れる街の住人達は、何かに怯えていた。或いは、怯えていることにすら気付いては居なかったかもしれない。一夜にして巨大寺院が廃寺となり、参道には無惨な破壊の爪痕が刻まれていた。

 そして寺へと向かった者達は、崩落した橋と彼等の崇める得度兵器。少女曰く『かみさま』を発見することになる。

 だが、彼等は何もしなかった。いや、できなかった。人は己の中の価値観をすぐさま変えることなど出来はしない。解脱した者は戻らない。破壊された寺も得度兵器も戻らない。かたちあるものは何時か必ず滅びる時が来るのだから。諸行は無常であると彼等は識っていた。

 危機の迫る故郷のため、崖の下でせっせと得度兵器を解体する二人の盗人を見つけて尚、それを見守ったのだ。彼等は二人の行いが決して悪心からではないと信じていた。それはとても徳の高い行いだった。しかしそれこそが正に、ガラシャが感じていた不気味さそのものであった。

 そして……街の人々は、物陰にうずくまる少女を見つけた。

 盗みも破壊も赦そう。色々な事情もあろう。だが、里の人間を……それも家族を失ったばかりの無垢な少女を拐すならば話は別だ。

 姿無き怯えは、静かな怒りへと形を変えた。例え自らの生命を失おうとも、少女を取り戻さねばならぬ。

 ほんの僅かな誤解とすれ違いが、穏やかな人々を命を擲つ死兵へと変える。声なき怨嗟の声が地に満ちる。

 それは、確かに何かが壊れた瞬間だった。



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ブッシャリオンTips タイプ・ブッダ

 アフター徳カリプスの世界に於いて、最もポピュラーな得度兵器がタイプ・ブッダである。大仏を模した形状は見る者への心理的影響すら考慮に入れた結果であり、正に人類救済のための機械が取るべき形として選ばれたものである。

 比較的初期の得度兵器であるため機動力や運動性能については後の改良型に劣るものの、徳ジェネレータや徳エネルギー兵器といった基本的性能は初期型の時点で付与されており、後のマイナーチェンジで徳エネルギーフィールド発生機構も獲得している。

 但し徳エネルギーフィールドは複数機での展開を想定しており、この問題は最低三機単位での集中運用によって解決されている。

 様々な陸上歩行型得度兵器の祖とも言えるこの機体の意義は大きく、複数の改良・発展型が存在するものの、その多くは外見から識別することは難しい。

 全高約40m乾燥重量約1200t。

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