第25話「逃走」

 ガラシャに連れられ、二人は道無き道をゆく。

「これ、正直無理だろ!あてっ!」

 ガンジーは気を逸らした隙に、張り出した枝に頭をぶつける。

「……気を付けろ。なるべく早く、崖の上に出たい」

「うん……」

「徳ジェネレータも回収しねぇとなぁ」

 しかし、優先順位に迷う余地は無い。まず身の安全。次に車。最後に徳ジェネレータだ。

「本尊に攻撃を加えることはしまい。俺達があそこに居れば、巻き添えの危険があった」

「遠慮なしに、石投げてたもんなぁ……」

「持久戦になれば不利だが、あちらも備えはあるまい。掠め取るチャンスはある」

「まずは車か」

「そういうことだ」

「えっと……たぶん、こっち?」

 ガラシャの道案内が、段々と怪しくなる。

「おい、しっかりしろよ」

「無理もあるまい」

 恐らくは滅多に使われない道。その上、昨晩の騒動だ。

「このままじゃ追いつかれるぞ。武器か何か無ぇのか!」

「崖に仕掛けた発破の残りがある」

「死ぬだろ!」

 主に死ぬのは街の人間なのだが。これ以上状況をこじらせるのは、どうにも上手くない。ここはガンジー達が暮らす街から、最も近い人里でもあるのだ。将来的に禍根を残す可能性がある。

 そこまで明確な思考ではなくとも、何らかの『不味さ』をガンジーは密かに感じてはいた。

「兎に角、発破は無しだ」

「わかった」

 道が開ける。遠目にではあるが、農作業に精を出す街の人間の姿も目にすることができる。崖の底伝いに斜面を下り、参道のに合流したのだ。

「……ここから、どう行く」

「来るときは、そのままのぼったんだけど」

 道は分かりやすくなった。同時に、人目に付くようにもなった。

 此処から先を発見されぬよう進むのは、至難の技だ。

「なぁ、一回別行動しないか」

「成る程な」

 ガンジーの提案の意味を、クーカイは即座に理解した。

「街の奴ら、俺達をとっちめるより仲間こいつを気にするんじゃないかと思ってな」

 そう言って、ガンジーはガラシャを見る。

「え……?」

「もし追手を撒けずとも。どちらかが車へ辿り着ければ行動の自由度が広がる、か」

「そういうこった」

「わかった。囮役は俺が」

「いや……俺がやる」

 だが、ガンジーは手を挙げるクーカイを遮った。

「デカブツに蹴り入れた時、足を捻っちまった」

「必ず、連れに戻る」

 クーカイは二人に言い聞かせるように言葉を吐く。

「えっと……その、どういう」

「つまりなぁ……お前を連れて、逃げるってことだよ!」

「えっ、きゃああぁぁああ!」

 ガンジーはガラシャの腕を取り、半ば引き摺るように走り出す。

「ちょっと!はなして!」

「来いっつってんだよ!」

「その……なんだ、気を付けてな」

 傍目からは人攫いにしか見えないガンジー達二人をクーカイは複雑な表情で見送り、草陰に身を隠した。失敗は許されない。二人が稼ぐ時間が尽きる前に、車と装備を奪回する必要がある。


「ちょっと!あるける!自分で歩けるから!」

 ガラシャはようやく、ガンジーの腕を振り払う。

「……ほんとは、足なんていためてないでしょ」

「一応痛めてるぞ。歩けねぇ程じゃねぇけどな」

「じゃあ、どうして囮なんて」

「そりゃあ、お前をダシにして街の奴らと交渉しようと思ってな」

 ガラシャのガンジーへの視線が一層険しくなる。

「……って言えたら、楽なんだけどなぁ……」

 小さく溜息をつくガンジー。

「この街で生きてる分には、明日の心配をしなくていい。いや、よかった……か」

 例え歪みを抱えていたとしても、ここは徳に溢れる豊かな街だった。少なくとも昨日までは。

「そんなとこを出てきたいなんて、何か余程の理由でもあんのかと思ってな」

 だが、それを少女は容易く捨てようとした。必死で明日の糧を探す生活を送るガンジーとは、かけ離れた価値観で。

「……わたしは」

「なぁ、お前……何考えてる?」

 ガンジーは少女に問いかける。お前は、何者なのかと。

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