第12話「侵入」

「警報装置は?」

「この構造なら、多分床下だな。リミットセンサと振動だけ気にすればいい」

 その夜。闇に乗じ、ガンジーとクーカイは本堂への侵入を試みていた。

 構造は昼間に把握済み。建物の側までは難なく近付くことができた。彼等二人は徳遺物採掘屋……即ち、寺に侵入するプロである。

「庭のロボットが巡回してくるまで、15分しかない。急ぐぞ」

「……しっかし、寺というより、何だか格納庫みたいな建物だよなぁ」

 目の前の本堂には、巨大な観音扉めいたシャッターが付いている。開閉だけでも一苦労だろう。

「『元に戻す』ことを考えれば、派手な侵入はできんな」

 元来、寺というのはそこまで防犯に気を遣わないことが多い。この徳に溢れた里ならば尚更である。徳に満ち溢れた世界の住人は、基本的に他人を疑うことをしない。故に、そのガードはどこか緩く……侵入を更に容易にする。それでも、「侵入した痕跡を消す」ことを考慮すれば、難易度は跳ね上がる。

「庭のロボをやり過ごす方法を考えるか?」

「いや、正面の電子ロックが古い。正攻法で行くぞ」

「了解」

 クーカイはガンジーの返事を待たず、電子錠に端末から伸びる端子を捻じ込む。

「3、2、1……開いた」

 ピーッ、という電子音を立て、パスワード式のロックはあっけなく解除された。

「おい、早過ぎるぞ」

「ブルートフォース(注:総当り)じゃないからな。鍵も旧式だ」

 ロックのパスは『tokushin』であった。

「しかし……まさか名前そのままとは」

「徳ボケした奴らの管理なんて、そんなもんだって」

 小声で囁き合いながら、本堂の開閉扉スイッチを押すガンジー。

 ……ゆっくりと、観音シャッターが開いていく。

「……デカい」

 その隙間から徐々に姿を現すのは、巨大な仏像……弥勒如来像であった。

「この里の繁栄も頷ける」

 仏像はある種徳のバロメータである。そして、弥勒如来は弥勒菩薩が修行の果てに遥か未来に現れる救済を齎す仏の姿。未来へ向けて徳を積み上げる里の象徴めいた存在と言えるかもしれない。

「何かあると思ったが、思い過ごしか」

 しかし、

「……いや」

ガンジーは何かに気付いた。

「この大仏、『新しすぎる』」

「どういうことだ」

「徳カリプス後に、このサイズの仏像とか本堂を作れるか?」

「……この里の規模では、恐らく無理だろうな」

「でもよ、この新しさ……多分、出来てから十年くらいしか経ってねぇぞ」

 答えは一つ。これは何処か別の場所で作られたものだ。

「この規模の仏像を製造できる里と、交易があるということか」

「それが隠し事、ってのも妙な話だが……」

「他の街と交流があるのかどうか、明日聞いてみるとしよう」

「仏舎利の話もな」

「ガンジー、そろそろ時間だ。一度戻るぞ」

 警備ロボットの巡回時間が近い。

「勘は外れたか……まあ、折角だから、ちょっとお参りしてこうぜ」

「困ったときの神頼みってやつか」

「仏様だけどな」

 ……そう決めて、二人が手を合わせた直後。

 仏像の眼に、光が灯った。

「……これは」

「ず……随分と、手の込んだ仏像じゃねぇか」

 ガンジーの声が上擦る。弥勒如来像の腕がゆっくりと稼働し、印を結んだ。

「違う。コイツは、『得度兵器』だ!!」

 巨仏の足が次第に持ち上がる。得度兵器タイプ・ミロクMk-Ⅱ。それが、その『仏像』の真の名であった。

「不味いな」

 侵入した二人の不徳者を感知したのか、或いは『参拝』による微かな徳に反応したのかは、定かではない。だが、厳然たる事実として二人の目の前には全高20mを越す得度兵器が稼動状態にある。

「ガンジー、どうする!?」

「逃げるぞ!」

 判断は0.1秒。二人は踵を返す。

 ……『それ(It)』は、元々人に近く作られていた。故に『それ(It)』が『全人類を解脱へ導く』という最終目的を獲得し、『得度兵器』となった時。その姿を得たのは必然とすら言えるだろう。

 人に限りなく似た、人を導く存在。それはまさしく、神であり仏であるのだから。

動く弥勒如来像……いや、タイプ・ミロクが最初の一歩を踏み下ろす。本堂が揺れる。そして……その指先に光が集い始める。

「考えるのは後だクーカイ!走れ!」

 得度兵器の持つエネルギー兵器。その直撃を受ければ、悪くて焼死、良くて解脱。どちらにせよ、生物としては死に至る。

「いや、ガンジー!『転べ』!」

 クーカイが叫ぶ。二人はわざと姿勢を崩し、ガンジーの頭の上を徳エネルギービームの光条が通過した。

「うおっ!」

 二人は転がり出るように本堂の外へ脱出し、開閉扉の『しまる』ボタンに拳を叩き込む。シャッターが閉まる。

「……ハァ、ハァ、閉じ込めてやった」

 だが、その直後。閉ざされた本堂から、光の柱が天へと上る。

「おいおい、街ごと成仏させる気か!?」

 二人は、その光に見覚えがあった。臨界に到達した徳エネルギーが放つ、解脱の光。それに限りなく近く、しかし異質な何か。

「伏せろ!」

 クーカイはガンジーの頭を抑えこみ、無理矢理伏せさせる。

 次の瞬間、本堂が『破裂』した。得度兵器がエネルギーを開放し、余波で本堂が吹き飛んだのである。

「これが……得度兵器」

 呆然とするガンジー。そして……炎と煙の中から、足音と共に巨大なシルエットが姿を現す。

 得度兵器。人々を救済するための機械。ブッダ・エクス・マキナ。数多の名を持つ『それ(It)』は、今。ただ二つのか弱き命を救うために、ゆっくりと、歩みを進めていた。

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