第11話「住職」

「……成る程、それはさぞかし、ご苦労されたことでしょう」

「……はい」

 二人は、寺の方丈(注:住職の住んでいる建物)の一室へと案内されていた。外には、見事な枯山水が広がっている。あの廃寺にあったものとは違う、完全な形のものだ。

 二人は(というよりも、主にクーカイが)、これまでの事のあらましと街の窮状を一通り住職に告げた。但し『仏舎利』のことは除いて。

「ミラルパ老……宗派こそ大きく違えど、大変徳の高い方であったと耳にしておりました」

 二人の前には茶が出されている。恐らくは、この街で自給されたものだろう。嗜好品にまで手が回るほど、この里は徳カリプスの惨禍から復興を遂げているのだ。

「補給と整備については、後ほど詳しい者に頼みましょう」

「かたじけない」

 ここまでの道中、燃料・食料もそれなりに消費している。補給は必要だった。住職はそれすらも無償でするという。

「そちらの街については……人を遣るとなれば、皆で話し合わねばなりますまい。暫くこの寺へ逗留なされませ」

「……本当によろしのですか。何か、対価などは」

 あまりの徳の高さに、クーカイも思わず萎縮していた。

「そうですな。では、街……外の話を、改めて詳しくお聞かせ願えますかな」

「……承りました」

 話が一段落し、三人は茶を啜る。結果としては情報と交換、と取れなくもないが、恐らくそれすらも住職の気遣いであろう。

「しかし……見事なお庭だ。住職はかなりの徳をお持ちの筈」

 クーカイは外を見遣る。手入れの行き届いた枯山水。

「滅相もない」

「エネルギーを狙う不届きな輩や、得度兵器に襲われることもあるのでは?」

 クーカイは、ひっそりと核心を口にした。横で完全にふてくされていたガンジーが、ピクリ、と反応する。

 この街に着いた時から感じてた違和感。何故、この街が徳に満ち溢れたままでいられるのか。

「……そのような者も時折参りますが、エネルギーを分けてお帰り頂いています」

「そうですか」

 徳エネルギーの性質上……人間相手ならば、それである程度通じるだろう。しかし。

「あの得度兵器……あの狂った機械については、どのように」

 ここは、得度兵器の警戒線の内側なのだ。一瞬の、しかし確かな沈黙が訪れた。

「『得度兵器』は、狂ってなどいませんよ」

 その答えた一瞬。住職が本堂の方向に目を動かしたことを、ガンジーは見逃さなかった。

「狂っていない……と?」

「はい。彼等もまた……救われるべき者達です」

「……流石、徳が高いお方は違いますな」

クーカイは、住職が答えをはぐらかしたことに気付いていた。だが、それ以上の追求はしなかった。


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「随分静かだったじゃないか、ガンジー」

「……あの住職、どうも胡散臭くてなぁ」

住職との話を終えたクーカイとガンジーは、車を整備するため街を移動していた。

「同感だ」

「そうか?」

「話をはぐらかそうとしていた。何か隠しているのは間違いない」

「……そういや、あのデカい本堂の方をチラっと見てたな」

「何かあるなら、そこか……」

「もしかして、『仏舎利』の手掛かりが?」

 仮に、この街が仏舎利……無限の徳エネルギー源を擁しているのならば、この豊かさにも頷ける。豊富なエネルギーは、人の心にすら余裕をもたらすからだ。

「わからん。得度兵器についても何か知っている様子なのが気掛かりだが……」

「『得度兵器は狂っていない』、ね……忍びこむか?」

「気は進まんな」

 ガンジーの提案は、手を差し伸べてくれる者の懐を漁るかの如き所業である。クーカイが気乗りしないのも無理からぬことであった。だが、

「……いや、俺はやる」

「ガンジー?」

「見せて貰うだけだ。あそこまで徳の高い人間が隠し事をしているなら、何かトンでもないことに違いねぇ」

「……確かに、相手が徳が高いだけの人間ではないなら、裏を読む必要がある、か」

 そうして、二人は本堂へ忍び込む算段を立て始める。

「なぁ、ガンジー。仮に忍び込んで、本当に何も無かったらどうする気だ?」

「そんときゃ、大人しく謝るさ。あそこまで徳が高い坊さんなら、それで許してくれるだろ」

 ガンジーは悪びれもせず返す。

「……違いない」

 クーカイは深く溜息した。




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ブッシャリオンTips  徳エネルギー兵器

 ブッダ・レイとも呼ばれる、徳エネルギーを用いたレーザー/加粒子砲の類。得度兵器が独占的に使用する、オーバー徳テクノロジーの一端。最大出力のものは指向性徳エネルギー流によって、離れた対象物を強制的に解脱させる能力を持つに至る。

 但しエネルギー効率・回生率に問題を抱えているため、これで人間を強制成仏させた場合、徳エネルギー収支はマイナスとなる。そのため、大量の人間を成仏させることは難しい。燃費の悪い切り札。応用技術として徳エネルギーフィールドがある。

 尚、徳エネルギー兵器はその性質上殆どが非殺傷(但し解脱はする)兵器であるため、得度兵器の武装が全て徳エネルギー兵器であるわけではない。得度兵器は通常の兵器類も搭載しており、障害物破壊等に使用される。

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