第10話「運命」
ガンジーとクーカイが警戒線に差し掛かった頃。武装移動キャラバン寺院『ガンダーラ』は得度兵器との交戦によって壊滅した。僅かな生き残りは得度兵器によって捕らえられ、何処かへと連れ去られた。
膨大な徳の奔流は一切を覆い隠し、たった二人の越境者を見咎める者は居なかった。何故、彼等は境界を超えられたのか。クーカイの用意したデータの助けは無論あった。
それでも、もし強いて理由を求めるならば、それは偶然、或いは幸運と呼ばれるべきだろう。だが、人はしばしば幸運にすら理由を求める。その時、ただの幸運は「運命」と名を変える。
「……敵影は無し、と」
「ドローンを戻せ。地面が荒れそうだ」
廃墟に人の痕跡を探し、地図を作りながらの道行き。それでも拍子抜けする程余裕はあった。道を進むごとに建物の残骸は減り、次第に視界が開ける。そして、二人は見つけた。
「……あれは」
「街だ」
モニタに映るのは、建物の群れ。
……それも、崩折れたかの如き廃墟ではない。高層建築こそ無いものの、真新しい家々が立ち並ぶ『生きた街』である。
「……辿り、着いたのか?」
「幻じゃねぇよな?」
「その、筈だが」
あまりにも、あまりにもあっけない旅の終わりに、二人は思わず、現実か否かを互いに確かめあった。
「街からここまで、何キロだ?」
「……昔の幹線道路に添って、百数十kmといったところか」
街を出て数日。得度兵器の徘徊する荒野を思えば、決して近くは無い。だが、遠くもない。交易可能な距離だ。
「じゃあ……」
「待て。ドローンの画像だけでは、暮らしぶりがわからん」
徳カリプスに見舞われた後、人心は荒廃しているに違いない。一見整った街並みであっても、そこに暮らす人々が善良であることまでは保証しないのだ。つまりは、
「結局、直接行ってみるしかねぇか」
「まぁ、そういうことだ」
そういうことなのである。
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「……こんな文明が、まだ生き残っているとは」
『街』に入り、二人は息を呑んだ。そこは、別世界だった。
大気中に溢れる徳が、クーカイやガンジーのような不徳者にすら感じ取れるかのようであった。街は隅々まで掃除が行き届き、人々が善行を積む、自ら徳を生む者達の街。
「……どこへ行きゃいいんだ」
「聞いてみるしかないだろう」
農作業に勤しむ、如何にも徳の高そうな住人に尋ねると、親切に「まずは住職さんのところへ行かれては」と『街』の中枢であるらしき寺への道順まで教えられる。
「……徳が高いな」
「高いな」
同行して案内する、という申し出を断りながら、ガンジーとクーカイは教えられた寺へと向かう。
徳カリプス以前の世界では、寺院が共同体の拠点(ハブ)となっていることは珍しくなかった。ここでは、今でもそれが維持されているのだろう。
「気に入らねぇ」
ガンジーが呟いた。
「これが、徳カリプス前の人間の生き方だろう」
とクーカイは返す。
「どのみち、この街で目的を果たせなければ……」
「……わかってる。それから、仏舎利とやらもだ」
二人の口数は少ない。来訪者が珍しいのか、農作業に励む人々が手を振ってくる。ガンジーはそれを無視する。
「……気に入らねぇ」
ガンジーは繰り返す。物質的な豊かさこそ多少失われているが、精神的な豊かさ……即ち徳の高さがこの街では生き続けている。
この街は、徳カリプス以前から『変わっていない』。だからこそ『変えられてしまった』ガンジーは歪さを拭い去ることができないでいる。
車は、整備された幅広い参道を登る。街の中心は、山の上に建つ大寺院であった。
一際目を引くのは、巨大な本堂。徳カリプス以前からの材木不足のためか、木造でこそないものの立派な建造物だ。だが、建物の扉は固く閉ざされている。
「定休日なんかな」
「寺に定休日があるか。いや、御開帳のスケジュールはあるだろうが……住職を探そう」
「ごかいちょーって何だ」
車から降り、二人は境内へ入る。ロボット掃除機が参道脇の砂利を整えている。
「……ようこそ、お越しくださいました」
寺の奥から、声がした。見ると、徳の極めて高そうな僧侶が佇んでいる。あの爺さんに雰囲気が似ているな、とガンジーは思った。
「はじめまして。俺はクーカイといいます」
「……ガンジーだ」
「クーカイ様にガンジー様。良いお名前です。拙僧はこの寺の住職、徳心と申します」
「……俺達を待ってたのか?」
「街の者から知らせを受け、お待ちしておりました。まずは、奥へ」
二人は、寺の奥へと導かれる。手回しのいいことだ、と感心しながらもガンジーの抱える違和感は大きくなるままだ。
目的地へと辿り着いた彼等に、この徳に満ち溢れた街が何を齎すのか……それを知る者は、この世界には居ない。
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ブッシャリオンTips クーカイ(Lv 1)
ガンジーとコンビを組む採掘屋。どちらかと言えば参謀役であり、一歩引いてストッパーとして機能することが多い。特技は運転と爆発物の取り扱い。趣味は料理。大柄でガンジーより年上だが、自らの過去について語ることは殆ど無い。
数年前に行き倒れ同然の状態で街へ辿り着き、『街の外へ出られるから』という理由で採掘屋を始めた。どんな状況でも冷静である分、時折諦観が顔を出すことがある。ガンジー曰く「よくわからんけど頼りになる奴」、「作るメシが美味い」。
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