第二章
第9話「徳の爪痕」
「……そろそろ、既知領域の外に出るぞ」
「ん?ああ……もうそんな頃合いか」
クーカイの運転する車は、無人の廃墟を駆ける。ここは嘗て、高層建築の林立する巨大都市だった。それが今やビルは倒壊し、徳カリプスによって穿たれた小さなクレーターがあちこちに開く廃墟と化している。
「えっと……北ってこっちで合ってるか」
二人は老人の遺したメッセージに従い、ひとまず北を目指している。だが、ガンジーはどこか上の空だ。
「お前にナビを任せたのが間違いだった」
「だから、運転代わるって言ってるだろ」
「お前の運転する車には乗りたくない」
二人を乗せた車が往くのは嘗ての幹線道路の跡。軽口を交わす余裕もある。ここまでは順調に旅は続いてきた。
「難儀な奴だな、偵察にドローン飛ばすか?」
「……温存すべきだ。動力は兎も角、部品の損耗を避けたい」
「そりゃそうだ。しかしこのぶんだと、人口密集地は全滅か……」
何キロ進めば村落があるかすら分からないのだ。僅かな物資も無駄にできない。
「得度兵器が今のところ脅威の筆頭だが……この地形では、遭遇してもどの道逃げ切れまい」
徳カリプスから後。『ここから先』へ進んで戻って来た人間は居ない。何が起きるか一切分からないのだ。
「そういや、出発前にあちこち情報かき集めてたみたいだが、何か分かったのか?」
「……大きな収穫は無かった。徳で動く機械兵器であること。恐らく、人間を攫って動力源にしていること。それと、遠目に見たという人間は、巨大な人型……仏像のような形だと言っていた」
「何だそりゃ。こんな世の中を見かけて、とうとう仏様が歩いてまわるようになったのか?」
「油断するな、ガンジー」
クーカイは何時にも増して軽口を叩くガンジーを諌める。だが、口数の多さは、不安の裏返しでもある。
「いや……そもそも、そんなド派手な俺達が見てないのがおかしいと思ってな。探索に出たのは十回や二十回じゃねぇぞ」
「それについてだが、ここからが肝心の話だ」
「何かあるのか?」
「街で得度兵器らしきものを目撃した人間、或いは消息を絶った人間やドローンの情報を片端から集めて、場所と日付をプロットした」
クーカイは懐から丸めた地図を取り出し、助手席のガンジーへ投げる。
「何だこりゃ……動いてんのか?」
地図上に描かれたのは、クーカイの引いたであろう一本の線。
得度兵器の目撃地点や消息を絶ったと思しき地点は、おぼろげながら一本の線を描いている。これが、今までの既知領域の限界……つまりは、得度兵器の領域との境界線とされてきたものだ。だが、クーカイの集めたデータにはもう一つの情報があった。『日付』である。
日付に周期性があるのだ。地図線上の移動時間を補正すると、概ね一定の期間が開いている。
「そうだ、動いている。つまり、俺達が今まで得度兵器の密集地帯だと思っていたものは、『壁』ではなく移動する得度兵器の集団の可能性があるわけだ」
「この『線』はコースの一部ってことか」
「ああ、得度兵器は行動範囲に入った人間を無秩序に襲ってるワケじゃない。領域の中を『巡回』してるってことだ。俺達が探索に出た場所は、そもそも領域外だったか、『巡回』の時期から外れていたらしい。元のデータが少なすぎて、気休め程度にしかならん情報だがな。だから、出る時には言わなかった」
「……それにこれが正しけりゃ、連中は野良じゃねぇ、ってことだよな」
規則正しく動いているなら、それは何らかの行動規範がある、統制が取れているということだ。
「そうなる。頭がちゃんと動いてきたじゃないか」
そこで、ガンジーは何かに気付いた。
「……クーカイ、お前」
「ん?何だ」
「このデータ、かなり前から集めてただろ!」
「当然だ。一朝一夕で出来る訳がない」
クーカイのデータは、彼が行動圏内の徳遺物の枯渇を予期し、準備していたものだった。
「俺に一言も言わずにか!」
「お前に言ったら、真っ先にここを越えようと言い出しただろう」
「ぐ……」
「まぁ、そこまで勘が戻ったなら、安心だな」
クーカイは笑う。
「……でもよ。得度兵器の連中が、同じところをグルグル回ってるなら」
だが、ガンジーは一つの疑問を抱く。
「その内側……つまりこの先には、一体何があるんだ?」
「さてな。そこまでは、わからん」
巡回する得度兵器が『衛兵』ならば、その内側には守るべき何かがある筈だ。それは、一体何なのか。
「それでも、確かなことが一つある」
「何だ?」
「行ってみれば、わかる」
「そりゃそうだ」
そうして、二人は得度兵器の縄張りへと足を踏み入れた。その先に……何があるかを、知らぬまま。
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ブッシャリオンTips ガンジー
相棒のクーカイと共に徳遺物採掘屋を営む。一応リーダーは彼の方ということになっているらしい。徳という概念そのものに背を向け不徳を自認するが、それは徳カリプスによって家族を亡くしたため。その徳の爪痕は、今も彼の心の奥に刻まれている。
徳に対し複雑な感情を持つものの、徳エネルギーは単なるエネルギー、生存に必要なものとして扱う。根本的には善人のため、街の人々が安定して暮らせるよう無限の徳エネルギー源を夢見る。採掘屋としての腕は、自称街で一番。歳は20前後。
なお、名前は実在の人物にあやかって付けられた徳ネームである。誕生日は10月2日。相方であるクーカイに言わせれば、「賢いのか馬鹿なのかよくわからん奴」、「こいつの運転する車には二度と一緒に乗りたくない」とのこと。
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