第88話 四章 血染めの勲章

「……ヴィジョン?」


「ラファエル、あなたはモナルクという蝶を知ってる?」


「モナルク?」


鸚鵡返しのように、ラファエルはエマの言葉を繰り返した。


「モナルクは冬を越すために三千キロ以上を旅する渡り蝶よ。

 三、四週間しか生きられないモナルクは世代交代を繰り返しながら、夏になると毎年変わらず同じ場所、それも同じ木を目指して長い旅にでるの。

 誰に教わった訳でもないのに、場所がわかっているのよ。

 何故だかわかる?」


ラファエルは首をかしげた。


「親や仲間たちから記憶を読み取るの。

 木々や草花、祖先たちが代々触れてきた、あらゆる物からね。

 私たち特異な病気をもった者(デパエワール)たちも、そういった特性を身につけることがある」


「そうなの?」


ラファエルがクララを見遣ると、クララは口をへの字に曲げた。


「病気が進行すればするほど、その力は顕著に表れるらしいけどな。

 別に欲しくて手に入れた能力じゃない」


「使うべきときが来たら利用するまでよ」


エマは手にした物に残る持ち主の記憶を読み取った。


映しだされたヴィジョンは卑劣きわまりないものだった。





机に脚を乗せて煙草をふかすハンター。


男にとって狩りは快楽だ。


合法的に、人成らざる者を殺戮できる。


どんな手を使っても、責められることはない。




男が初めて人を殺したのは十三のときだ。


食うに困って盗み入った家で、ばったり行き会った母子を手にかけた。


それ以降、男は殺人を続けてきた。


あるとき、森に山菜を採りに来た少女を殺害したときに、去り際を彼女の父親に見られてしまった。


警察に追われるなか、男は初めて半獣人(デパエワール)に出会う。


彼女はその容姿を気にして人里離れたところで一人生活していた。


優しい女で、逃亡中に負った怪我も彼女が治療してくれた。


男は隙をみて彼女を殺し、街へ戻った。


警察に彼女こそが少女を殺した犯人で、自分はそれを追いかけて退治したのだと報告した。


その女の異形を見た警察は男の証言を信じ、その日を境に男は卑劣な殺人鬼から英雄となった。


男の元には、半獣人を退治して欲しいと依頼がやってくるようになる。


男は嬉々として半獣人狩り(デパエワール・ハンター)となった。


時として半獣人のせいにしながら、男はいまも殺人を犯し続けている。

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