75.真相
「君の手足を奪ったのは、ヒューマノイドではない。この私だよ」
一瞬。シュルツの脳は、局長の言葉を理解できなかった。
頭の悪い子供に理解を促すかのように、ヴォルフ局長は繰り返す。
「十四年前のC/Fe事件の犯人は、ヒューマノイドではない。私なんだ。私が指揮した者たちが、ヒューマノイドの自爆事件であるかのように偽装した」
血の気が失せていく若者の顔を、局長は愉快そうに眺めていた。
「――――なんだと?」
「あの事件は、ヒューマノイドが人間を殺したのではない。ただ人間が、人間を殺しただけの“つまらん事件”だ」
ヒューマノイドを根絶するための足掛かりとして、ヒューマノイドに罪をかぶせたのだ。
局長はかすかに眉を寄せ、悲しむような表情を作った。
「さすがに少しは気が咎めたよ。罪もない人間たちに、尊い犠牲となってもらわねばならないのだから。……だから、吟味した。どの人間たちを贄のヒツジとするかをな。私が選んだのは、ロボット友愛主義者どもが集まる
それゆえ、その自爆事件はのちに“C/Fe事件”と呼ばれるようになった。
「愉快だろう? ロボットに手を差し伸べようとしていた者たちが、ロボットによって殺されたんだ。あの事件は世界唯一の“ロボットによる人間殺害事例”となり、大衆はますますロボットを恐れるようになった」
三原則の枷から外れることのできないはずのロボットが、なぜ人間に殺意を抱き、殺害を成し遂げたのか? 原因不明の殺人事例は、大衆のロボットへの恐怖心を煽る結果となったのだ。
「もともと、多くの人間はロボットを疑っているのだ。だから容易にだまされた」
ロボットを信じて無実を訴えるものなど、ほとんど皆無だったという。
「仮に私があの日の事件を起こさなかったとしても、遅かれ早かれ誰かが似たようなことをしただろう」
ロベルト・シュルツはふるえていた。
「貴様……そんなくだらないことのために、二千人近い人間を殺したのか!? ――貴様!!」
I-05-31-
「私のPRIMUS《しもべ》は、私に対して忠実だ。いかなる場合も優先順位は揺るがない。君を逃せば、いずれは私に危害が及ぶ。だから忠実な下僕たちは、第一条に則って私を守り続けるだろう」
PRIMUSたちの腕がかすかにふるえているのを、局長は気づきもしなかった。悠々と、局長は銃の引き金に指を掛ける。
「アドラー博士には、君を殺すなと言われているが。もう君の価値など存在しないだろう。IV-11-01-MARIAが完成すれば、管理者ロベルト・シュルツは必要ない」
局長は、引き金に掛けたその指を。
「さらばだ。愚かな検死官」
その指を、引く――
その直前。
局長室に存在していた数十体のPRIMUSたちが、一斉に赤い蒸気を吹きあげた。
「!?」
赤い蒸気。疑似血液。ロボットが“心臓死”を起こした時に吹き上がる、あの沸騰した疑似血液だ。
蒸気を吹きあげたPRIMUSたちは、床にくずおれて機能停止に陥っていた。
予想だにしなかった事態に、シュルツも局長も凍りついた。ふたりが我に返ったのは、局長室に備え付けてあったモニタの一つにトマス・アドラー博士の姿が浮かび上がったときのことだった。
『局長閣下。ロベルト・シュルツを殺してはいけません。“私の計画”に彼は必須だと、お話ししたではありませんか』
通信機から、アドラー博士の声が響いた。
アドラー博士の背景は、会議室のような大部屋だった。画面の片隅には、ひざをついてうなだれているマリアの姿が映っている。
「マリア!」
シュルツの叫びは、マリアに届いていないようだ。
「……アドラー、貴様。これはどういうことだ!?」
険しい顔で、局長はアドラー博士に問うた。
『閣下。
悲しげな、それでいて悲願を達成した若者のように精気にあふれた顔をして、トマス・アドラー博士は笑っていた。
『局長閣下。何度も、何度もお伝えしたはずです。ヒューマノイドを殺すための波及性灼血は、“ヒト型”“モノ型”を問わずあらゆるロボットに死を誘発する可能性が高い、と。完全ヒト型ロボット《ヒューマノイド》も他のロボットも、内部機構は同じです。近代的なロボットはすべて、陽電子回路と“血液-心臓システム”を搭載していますからね。それでも計画を実行せよ、と私に命じたのはあなたです』
画面の向こうのアドラー博士は、ゆったりした仕草でマリアを指さした。
『IV-11-01-MARIAの波及性灼血は繰り返されて強力になるうちに、ロボットへの選択性を失っていく。ヒューマノイド以外のロボットにも波及していく。ようやく今、本当の意味で彼女の能力が完成したのですよ。“この世のすべてのロボット”に、等しく眠りを与えましょう』
この世のすべてのロボットに。……死を?
恩師の言葉とは思えぬその発言に、シュルツは耳を疑った。
トマス・アドラー博士は杖を突いてマリアに歩み寄り、彼女の腕をつかんで立たせた。
『さぁ。ごらん、マリア』
抜け殻のように呆然としているマリアに、トマス・アドラー博士は言った。
『まっすぐ、画面を見てごらん。君の“愛しい”ロベルト・シュルツが、そこにいる』
言われた瞬間。マリアの顔が、恐怖にゆがんだ。
画面の向こうのロベルト・シュルツを見もせずに、マリアは頭を抱えて嗚咽しだした。
――そして、
シュルツの右の手足に激痛が走った。まるで稲妻に打たれたようだ。
訳が分からず手足を睨む。自分の関節から、赤い蒸気が吹き上がっていた。
「!?」
がくり、右の手足が力を失う。シュルツは、バランスを失って転んだ。
壊れたのだ。シュルツのモノ型ロボット義肢が。マリアの力で壊されたのだ。
体の一部を壊されたのは、ロベルト・シュルツだけではなかった。
「ぁ――――ぐ、……」
驚くほどに、呆気なかった。
かすれた呻きが漏れたとき、ダリウス・ヴォルフ局長はすでにこの世にいなかった。抜け殻となった肉体が、ぐらりと傾き、床に落ちる。ばたん……という虚しい音が、シュルツの耳に突き刺さる。
死んでいた。
“全置換型ロボット心臓”を体の中に埋め込んでいたヴォルフ局長は。ロボット心臓の破損とともに死んでいた。
うつ伏せで床にくずおれた局長の抜け殻を、シュルツは蒼白な顔で見つめていた。
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