Chapter 6.迷い仔たちの夜
61.“道具”以下の出来損ない
《1998年12月21日 8:20AM エルハイト市内 第六検死研究所》
昨日一日のことは、まるで悪夢かなにかのようで。彼女は翻弄されるばかりだった。
“ヒューマノイド狩り”で捕えられ。
シュルツに救われ。
レナーテ・ファン・レントの工房へ行った。
そこで波及する死――“波及性灼血死”の話を聞き、大量死事件の元凶が自分であることを知ったのだ。
なにもかもが、信じられない出来事だった。
振り回されるばかりだったマリアは。今日になってようやく理解したのだ。
彼女の命を救うため、多くのヒューマノイドたちが命を散らせていったことに。
《昨夜深夜。ナヴァ市内のロボット解体処分場に収容されていたヒューマノイドたちが、自ら命を絶ちました。防犯カメラの映像や、録音記録は一切保存されていません。ヒューマノイドたちは施設の通信を遮断して代わりの情報を流した上で犯行に及んだものと思われます。施設破壊後、自ら溶鉱炉に飛び込んだ模様です》
《死体の損壊が激しく、個体の特定は困難との見解です。エルハイト市では昨日正午より、国内で二年ぶりのC/Fe検査が実施され――》
テレビのニュース。新聞の一面記事。メディアが報じる情報を、マリアはすぐに知ることになった。
「…………!」
テレビ画面の前で青ざめているマリアの姿を、シュルツは遠目に見ていることしかできなかった。
「これ…………」
立ち尽くし、マリアは魂が抜けたような顔をしている。
彼女がこんな顔をするであろうことを、シュルツは予測していた。だが、予測できたところでどうしようもない。
「ドクター……」
すがりつくようにして、マリアは彼に近寄った。
「ドクター。このニュース、あの
シュルツは沈黙していた。彼女が次に発する言葉を、想像するのは簡単だった。
「何かの間違い……ですよね。だって、ロボットは自殺なんてできないでしょう? 三原則の第三条;自己防衛がありますもの。自分の意志で自殺するのは、不可能ですよね?」
『自分の意志で』――マリアはその部分を、ことさら強調していた。紺碧色の瞳が揺らいでいる。
シュルツは、彼女を見つめて沈黙を守り続けた。
「答えてください、ドクター。あの人たち、……どうして自殺したんですか」
マリアは、答えを予想しているはずだ。それにもかかわらず。シュルツの口から聞きだそうとしているのだ。
「ドクター!」
「私が彼らに、『証拠を残さずに死ね』と命令したからだ」
隠すことには、何の意味もなかった。
だからシュルツは、平坦な声で言った。
「っ――――!」
マリアは喉の奥で恐怖の声を漏らしていた。
よろよろと後ずさり、へたり込むマリアの姿を。シュルツは、静かに見つめていた。
* * *
「ドクター。あなた……彼らを殺したんですか?」
床にうずくまり、マリアは声を絞り出した。
「……わたしを、助け出すために? あの人たちを囮にして暴れさせて、最後は証拠を消すために、『死ね』と命令したんですか?」
――いやよ。そんなの。
マリアはシュルツに、『違う』と言ってほしかった。
なのに。
「そうだ」
「!」
体の底から突き上げる、炎のような嫌悪感。マリアはロベルト・シュルツを激しい形相でにらみつけた。そして。
「ぅ………………!」
全身が灼けつくような痛みを覚えて、あえぎながら身をよじった。
「やめろマリア。また波及性灼血を――」
「触れないでください!」
ひざを折って近寄ったシュルツを、マリアは払いのけていた。
「……ドクター。あなた。――“人”殺しを、したんですよ?」
噛みつくように、シュルツを睨む。
シュルツの顔には、表情がなかった。
「ご自分がしたこと、分かっているんでしょう? ならなぜ、そんなに落ち着いた
シュルツは唇を引き結び、なにも答えてくれなかった。
「答えてください!」
沈黙を破ったシュルツが、のどの奥から冷たい声を出す。
「――彼らはもともと、死ぬ運命だった」
温もりの無い声で、シュルツは答えた。
「“ヒューマノイド狩り”で捕まったヒューマノイドはまず脳幹を破壊され、残った頭脳は検死に回されて、体は解体処分になる。彼らが救われる見込みはなかった。君もそうだ。あのまま留まっていたら、今ごろ君も生きていなかった」
「じゃあ、『どうせ死ぬから、最後に良いように利用した』ってことですか!? わたしなんかを……わたしなんかを助けるために、あの人たちを生贄にしたんですか、あなた――」
炎のような、怒りと悲しみ。そして自責が止まらない。マリアは叫んだ。
「なぜわたしを助けたんです!? なぜ他のみんなを見捨てたんです? わたしだけが特別なんて、許されないでしょう?」
叫びながら、マリアは理解し始めていた。
考えてみれば、すぐにわかることだった……当局は、捕えたヒューマノイドを皆殺しにするつもりだったのだから。収容施設にシュルツが助けに来てくれたとき、マリアは思考を放棄していたのだ。本当に卑怯なのは、シュルツではなく自分自身。
――ドクター・シュルツに手を下させたのは、わたしだ。
なのに。シュルツは冷たい顔でこう答えた。
「……君はなにを取り乱しているんだ。彼らは、人間の役に立つことで喜びを感じる。実際彼らは、私の言葉に喜んで従っていた。何の問題があるんだ?」
――やめて。そんなひどいこと言わないで。
だけれどシュルツは止まらない。
「有効な使い道を見つけたから、使ってやっただけだ。私には、君が泣く理由が理解できん。彼らは所詮、“道具”じゃないか」
道具。
言われた瞬間。マリアの頭が、真っ白になった。
「わたし達は、
灼けつく胸の痛みなど、忘れ去ってしまうくらいの怒りだった。
許せなかった。
――化け物だなんだと騒ぎ立ててロボットを嫌う人々のことが。
――まるで雑草を摘むように、ヒューマノイドを狩り取っていく当局が。
――そして平然とロボットを“道具”と言ってのける、この人のことが。
誰より大事なこの人に、絶対に言われたくない言葉だった。
しかし。
一瞬、瞳を揺らがせたのち、シュルツは顔色を変えた。
「……うぬぼれるな! 君のような“欠陥品”を押し付けられた、こちらの身にもなってみろ!」
マリアの怒声に触発されたような形で、シュルツも声を張り上げていた。
先ほどまでの冷たい顔とは打って変わって、激しい怒りが顔に刻まれていた。
「IV-11-01-MARIA。自分の身ひとつ満足に守れない出来損ないの分際で、ずいぶんと生意気なことばかり言うようになったな。君は、他のロボットと違って人間の役に立つことさえできていないではないか! そのくせ何度忘れさせても、愛だの何だの狂ったように訴え続ける」
「?」
シュルツは勢いづいて止まらなかった。
「君は覚えていないだろう? すでに三回、君は記憶を消されている。私に愛を訴えて、その都度私に記憶を消された。君は所詮作り物だ。
まるでガラスが割れるように。マリアは、自分の心が割れる音を聞いた。
――なんなの。これは。
握りしめた手が、わなわな震えていた。
「そんなにわたしが目障りなら……今すぐ、『死ね』と命じればいいでしょう!? そうすれば、きっとわたしの“心臓”はすぐにでも止まるはずです。……あなたがそうしてくれないからわたしは死ねず、身代りに他のヒューマノイドが死んでいく。もう嫌です。わたしをこれ以上、人殺しにさせないで!」
「トマス先生に依頼されていなければ、望み通りに『勝手に死ね』と命じてやるさ。だが残念だが、私は君を守らなければならない――トマス先生が迎えに来るその時までな」
マリアは、走り出していた。
実際に、走れていたかはわからない。胸が痛い。灼けつくように痛かった。もつれる足で、シュルツの前から逃げるように走り出す。
壁を殴りつけるようなヒステリックな音が、マリアの背後で聞こえていた。それでもマリアはふり返らない。地下の倉庫に駆けこんで、荒々しく扉を閉めた。
「……――」
呼吸が、荒い。
涙がこぼれて止まらない。
マリアはポケットから銀のボタンを取り出して、怒りに任せて床に叩きつけた。
――くるしい。
血が灼けつきそうだ。熱くて痛くて、自分で自分を抱きしめる。
――もう、イヤ。こんなのはイヤ。
もう、ドクター・シュルツのそばにはいたくない。
――帰りたい。あの頃に。
父とふたりで暮らしていたあの頃に。
あの頃は幸せだった。何の不安もなくて、毎日、父と笑っていた。
帰りたい。
「……お父さま」
マリアは目を閉じた。生きていた頃の父の姿がよみがえってくる。
記憶の中の父の、あの優しい笑顔。春の陽ざしのような、やわらかい眼差し。二度と会えないと分かっていても、もう一度会いたいと思った。
会いたい。帰りたい。……帰ろう。
父と暮らした、あの街へ。
マリアは
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