Chapter 5.狩られる者
43.“猟犬”
《1998年12月20日 7:00AM エルハイト市内 当局分庁舎》
非正規就労。
違法雇用。
この国で移民の三世がつける職業なんて、たかが知れている。もともと選択肢が少ない上に、ロボット労働力が仕事をかすめ取っていくからだ。自国の国籍を持っていても食い扶持を探すのに苦労するのだから、戦前に身ひとつでこの国に渡ってきた祖母は、さぞや苦労をしたことだろう。
だからこそブラジウス・ベイカーにとって、連邦刑事庁ロボット
貧民街に生まれた身の上、キレイごとなど痰壺に吐き捨てて、若い頃にはずいぶんと如何わしい“仕事”に手を染めたものだ――けれどそんなことは関係ない。狩り獲った
ブラジウス・ベイカーは、幼い頃からロボットが嫌いだった。
金属部品を組み合わせただけのあの“鉄クズ”どもは、人間さまの食い扶持を図々しく奪い取っていく。父と母が早死にしたのも、鉄クズどもに仕事を奪われたのが原因だった。無表情の鉄クズどもが、憎くて憎くて仕方なかった。蔑んで、怒りに任せて壊しまくったこともある。
そんなブラジウス・ベイカーが、ロボットに対して初めて“恐怖”を感じたのは、二十歳の冬だった。
ヒューマノイド。
ヒューマノイドは恐ろしい。奴らは危険だ。人間とロボットの境目を曖昧にして、余計な苦しみを生みだしてしまうからだ。
あの冬の日を思い出すたび、若き日のブラジウス・ベイカーを、息もできないほどの恐怖が襲った。その恐怖が、彼を当局の捜査官という仕事に導いたのだ――なんとも皮肉なことではあるが、ロボットの“おかげ”で彼は今の安定を得たのである。
あの日からすでに八年が過ぎた。今では“ロボットの精神構造”とやらの知識も持っているし、当時のような恐怖に襲われることもない。それでもやはり、彼はロボットが嫌いである。
当局捜査官は、一人につき最低一体は業務補佐ロボットI-05-31-
『せっかくの高性能ロボットに、荷物運びしかさせないのか? 宝の持ち腐れだな』などと揶揄されることもあるが。彼にとってPRIMUSは“宝”などではなく、いつ爆発するか分からない不気味な“お荷物”だ。
――PRIMUS《プライマス》シリーズの頭脳は、ヒューマノイドと同レベルなんだろ? だったらPRIMUSも、ヒューマノイドと同じくらい危険ってことさ。
それが、彼の口癖だ。
そんな彼でも、ロボットの必要性は理解している。
少子高齢化で純国籍の労働人口が激減しているこの国は、ロボットなしでは回らない――その一方で、移民を中心として失業者があふれているのは皮肉なことだが。
ロボットは民衆のストレスの捌け口としての役割も担っている。ロボットは、従順でお手軽なサンドバッグだ。民衆がロボットを悪者に見立てて攻撃する様を、安楽椅子に揺られて愉快に眺めている連中がいることも、ベイカーは知っている。
そして彼自身もまた、ロボットのおかげで食い扶持を確保されているようなものだ――『逃亡ヒューマノイドを狩る』、『ロボットを違法に攻撃する人間を逮捕する』。ベイカーの職業は、ロボットなしでは成り立たない。そう考えると、何とも奇妙なことである。
* * *
「“作戦”開始時刻は、本日正午だ」
ミーティングルームに入ってきた同僚が、上からの命令を伝えた。室内で控えていた二十人余りの仲間の一人一人に対して、担当エリアを告げていく。
「ブラジウス。お前の担当は、第八街区の新市街エリアだ」
「けっ。よりによって、あんな雑踏かよ。めんどクセェ」
かったるそうにブラジウス・ベイカーが答えると、同僚が意外そうな顔をした。
「……お前がそういう反応をするとは、意外だな。“猟犬”には恰好の狩場じゃないか」
ベイカーの横に座っていた別の同僚が、からかうように口を挟んだ。
「ブラジウス、お前、休暇を潰されて機嫌が悪いんだろ? 『せっかく今日からクレハの
同僚の軽口は、半分ばかり正解だ。
ベイカーは、今日から半月ばかり休暇を取る予定だった。祖母の墓参りを兼ねた休養だ、公僕にだって羽根を伸ばす権利はある。
昨日に急遽決まったこの“作戦”のために、一日ばかり休暇を返上することになった。(余談であるが、休暇返上は一日までだ。それ以上ベイカーは譲らなかった。明日からのことは、部下にうまく回してある。)ベイカーにとって今回の作戦は、不満よりもむしろ驚きのほうが大きい。
上層部から下された突然の作戦命令に驚いていたのは、彼だけではなかった。同僚たちが、口々に語っている。
「二年ぶりだな。どうして、いきなりなんだ?」
「馬鹿。“いきなり”でないと意味がないだろ」
「またマスコミとか人権団体とかが騒ぐんじゃないか?」
「仕方ねぇさ、上の指示だからな」
そう。上が決めたことならば、自分たちは“作戦”を遂行するまでだ。ベイカーはひとつ息を吐いてから、
「やるとも。久々だから、ちっとばかし平和ボケしてたのさ」
不敵な笑みを作ってみせた。
「久しぶりの“狩り”か……。今回は、何匹狩れるかな?」
狩るのは、当然――ヒューマノイドだ。
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