41.マリア”とクリス《後編》

《1998年11月14日 4:00PM エルハイト市内 第六検死研究所》


 自分でも、非常識だと分かっていた。

 部外者クリスを、研究所の中に招き入れるなんて。シュルツが知ったら、怒るに決まっている。


 でもシュルツに怒られることなど、今のマリアにとっては些細な問題だった。


「ここに来たことは、内緒にしててね。本当は、部外者は入っちゃいけないんだから」


 ――どうしてわたしは、クリスを第六検死研究所の中に入れてしまったのかしら?


 マリア自身にもよく分からなかった。クリスが『ロボットにも心がある』と言ってくれて、嬉しかったからだろうか。それとももしかして、シュルツに少しだけ反発してみたかったから? ただ単に、クリスの喜ぶ顔を見たかったからかもしれない。

 マリアはクリスを、応接室に案内した。


「あなたのお友達、見せてくれる?」

「うん!」

 クリスが“友達”の残骸の入った包みを開くと、

「………………ぅ。ずいぶん……バラバラなのね」

 マリアの顔が、一瞬にしてこわばった。

「ロビィって言うんだ。治るよね?」


 包みの中にあったのは、ジャガイモくらいの大きさの丸っこい金属の頭。あとは、手足が引きちぎられてぐしゃぐしゃになっている胴体。首と胴体は、伸び出た数本の電気ケーブルでかろうじて繋がっている。

 孤児院で、乱暴な子供がロビィをこんな姿にしてしまったのだという。

 こんな姿にされてもなおロビィの生存を信じて疑わないクリスは、健気というか、何というか。ある意味では少々恐ろしいような気もした。


「あと、これはジャンク屋で買い集めた部品だよ」 

 ネジやら電気ケーブルやら。錆びかかった部品の入った小さな包みを、クリスはマリアに差し出した。

 現代のロボットは、ほとんど必ず“血液-心臓システム”という信号伝達路を搭載している。だが見たところ、このロビィの部品には疑似血管チューブや“心臓”などのパーツは存在しないようだった。


「もしかして、かなり古いロボットなのかしら」

「三十年くらい前のだって聞いたけど。……ひょっとして、直せないの?」

 瞬間、クリスの顔が不安そうにゆがんだ。


「ううん。むしろ、助かったかもしれないわ。ロボットの死は“脳”と“心臓”の二種類だって、前にドクターは言ってたから。もしこのロボットが“血液-心臓システム”搭載型だったら、胴体が壊れた時点で“心臓死”を起こしていたかもしれない」


 前に書架で読んだ本の記憶をたどりながら、マリアはクリスに説明していた。

「頭脳が生きているのなら、ロビィはまだ、生き返るかもしれないわ」


 クリスを応接室に残し、マリアは書架で“心臓”非搭載の旧式――導電駆動システム搭載ロボットの解体図を探した。


 思った通り、書架には旧式ロボットの資料も充実していた。凶器になりそうなくらいに分厚い辞典が、数百冊も並んでいる。それらの辞典には、旧式ロボットの解体図が載っている。膨大な数の解体図の中には、ロビィのもあるに違いない。


 マリアはおもむろに辞典を一冊手に取った。背表紙を指先でつまんで顔の前に持ち上げ、反対の手でパラパラはじくようにしてページをめくる。覗きこむようにしてすべてのページを、数秒間で読み込んだ。これがIV-11-01-MARIAの読み方だ。以前シュルツには『奇妙だからやめろ』と怒られたのだが。この読み方が、彼女にとっては一番効率的なのだ。


 尋常ならぬスピードで順々に本を読み取ると、一五二冊目でようやくロビィを見つけた。

「……あった!」

 クリスの大事な友達を、一刻も早く直してあげたかった。ロビィの部品を持って地下倉庫に駆けこみ、工具や足らない部品をそろえた。


 ――だいじょうぶ。前に、SULLAスラを直した経験だってあるんだから。SULLAよりも、ロビィのほうが簡単そうだわ。


 すばやく両手を動かしながら、マリアは喫茶店でクリスが叫んだ言葉を思い出していた。


『僕は、親に捨てられたからロボットに甘えている訳じゃない!』


 ベイカーは、クリスのことを嘲った。

『クリス。お前は、親に捨てられた寂しさをまぎらわすために鉄クズに甘えるだけだ』


 ……寂しさを埋め合わせるために、他のだれかに代わりを求める。


 クリスは反発した。ベイカーは侮蔑した。でも、それはそんなに悪いことなのだろうか?

 寂しいままでは、誰だって心がつぶれてしまう……立ち直るために、自分の心を支えるために、代わりを求めて何が悪いのだろう?


 ――だからお父さまも、“わたし”を必要としたんだわ。


 IV-11-01-MARIAは形見ロボットだ。製造依頼者のアドルフ・エレットは、孤独を癒すために亡き娘マリア・エレットの模造品を造らせた。


 ――わたしは、偽物。本物の“マリア”じゃあない。でも、それでもかまわない。


 たとえ間に合わせの模造品に過ぎないとしても。それでもわたしには意味があった。父がわたしを、心の底から必要としてくれたから。わたしも父を、大好きだったから。


 ――そうよ。たとえドクター・シュルツが信じてくれなくたって。わたしと父は、“心”でつながり合っていた。


 神がかった早業で、彼女はついにロビィの修理をやり遂げた。

「できた!」

 一心不乱。全神経を集中させて成し遂げた修理であった。


 ……だから。

 クリスが物陰からこちらを盗み見ていたことなど、まったく気づかなかった。


 * * *


 かしょ。

  かしょ。

   かしょ、かしょん。


    うぃ~~~~~~~~~ん。


 子ども向けのロボットアニメに出てきそうな珍妙な音を立てて、ロビィはついに眠りから目覚めた。

「ロビィ!!」

 クリスの声に反応して、ジャガイモ頭がぐりんと動いた。グリーンピースのように青くて小さな二個の目が、ちかちか光ってクリスを見つめる。

 とことことっとこ……とて。

 不器用な足取りでロビィはクリスに駆け寄って、五歩目で転んでモニョモニョ動いた。

「あら……?」

 修理が不完全だったのだろうか……マリアは不安になったが、


「すごい。すごいよ、マリア! 元通りだ!」


 涙を浮かべて、クリスはロビィを抱き上げた。マリアは胸をなでおろす。


 ロビィには発声機能もないし、知能も運動性能も最低限度と言ったレベルだ。アンティークのおもちゃのような――悪意的に言い換えればガラクタのような――ロビィだが、それでもクリスにとっては、かけがえのない友達なのだ。

「直せて、良かった……」

 幸せに浸りながら、マリアはしみじみつぶやいた。

 ロビィを肩に乗せて遊び始めたクリスに向かって、彼女はひとつの機器を差し出した。

「これ、ロビィの付属品よ。部品が足らなかったから、研究所の部品、勝手に使っちゃった」

 片手で握れるサイズの、液晶画面付きの受信機だ。電源を入れると、画面にエルハイト市の地図が表示された。画面中心には、赤い点が点滅している。

「衛星測位システムが実装されているみたいよ?」

「なにそれ」

「えっと。ロビィの居場所が、地図でわかるの。ほら、ここのボタンで地図の縮尺を変えられるみたい」

 ……ハイテクなのかローテクなのか、理解に苦しむロボットだった。

「うわぁ、すげー」

「良かったわね。これがあれば、もしロビィが迷子になっても探してあげられる」


 何はともあれ、一件落着だ。

 ……マリアはふと、クリスの視線を感じた。


「なぁに? クリス」


 クリスは、まじまじとマリアを見つめていた。彼女のすぐ目の前まで来て、いきなり両手で、彼女の頬をなではじめた。

「ど、どうしたの?」

 まるで、手触りを確認しているかのようだった。

 クリスは、しばらく黙り込んでいた。ずいぶん長くためらってから、


「あのさ。マリア」

 覚悟を決めたような顔で、クリスは言った。


「自分でも、おかしなこと言ってるのかなって思うけど……マリアって……もしかして、ロボットなんじゃないかな?」


 マリアは凍り付いていた。

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