35.仇敵
《1998年11月14日 11:00AM 州都ヴェマラキア 当局本庁舎:41階大会議室》
“大量死事件”捜査本部の特別会議と銘打たれた会議の中で、当局主任捜査官が事件の概要を述べ始めた。会議室の末席に座ったロベルト・シュルツは、主任捜査官の言葉に耳を傾けている。
「原因未特定のヒューマノイド大量死は、十一月七日から十一月十三日の間に、合計三回起こっています」
主任捜査官は、資料を読み上げた。
「一度目は十一月七日午後五時二十四分。二度目は十一日の午後二時五十六分。そして最後には昨日十三日の午前0時四十二分――」
会議室後方に張り出された大きなスクリーンに、地図付きの資料が投影されている。
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「一度目、および二度目の事例はエルハイト市のみで発生。そして三度目では、エルハイト市と西側で接するヒルメリア市にも症例は及んでいます――死亡時刻は、いずれの個体も午前0時四十二分です」
地図にはヒューマノイドの死んだ場所がプロットされている。回数を重ねるごとに大規模になっていることは、明らかだった。事例は、エルハイト市内でもとくに西部に多いように見える。
その後の報告内容は、死亡したヒューマノイドたちが従事していた職業や、“大量死”の発生前後にエルハイト市周辺で起こった出来事の捜査結果に及んだ。
担当捜査官の説明がひとしきり済んだところで、
「関連性は見出せそうにないか――」
会議室にいた一人が、ぽつりとそうつぶやいていた。
束の間の静寂。そののち、主任捜査官はシュルツに視線を向けた。
「各個体の死亡所見について、検死解剖官ロベルト・シュルツ氏よりの報告です」
シュルツは静かな所作で立ち上がる。
「私が第六検死研究所をあずかる、ロベルト・シュルツです――」
軽い会釈ののちに、シュルツは言葉をつづけた。
「今回死亡した一〇八体の死因は、まったく同じです。いずれの個体も、“心臓”
「ロボット解剖学の見地からすると、今回の事件には不可解な点が一つあります。
スクリーンに映し出されたのは、“血液―心臓システム”搭載型ロボットの解体図だ。
解体図は、頭脳から出た“三原則逸脱”という異常信号を受け取ると、“心臓”の部品である調圧弁が開放され、ロボットが死ぬ仕組みになっていることを示していた。
「三原則逸脱という用語が、そのまま“人間への反逆心”を意味するものであることは、皆様ご存知のことと思います」
人間に危害を加えるな。人間に服従しろ。――ロボット工学三原則が定めるそれらの絶対条件に逆らうことを、“三原則逸脱”と呼ぶのだ。
「三原則逸脱は発生頻度百万分の一未満という、極めてまれな異常です。三原則逸脱が報告された事例は、世界でもまだ一千例に達していません。にもかかわらずこの国で、同時多発的に一〇八体ものロボットが、三原則逸脱と疑わしき死を遂げている……極めて異常な事態です」
苦い顔をして、シュルツは続けた。
「しかも不可解なことに、ロボットたちの頭脳には、三原則逸脱に関わるような記憶が保存されていないのです」
シュルツの言葉に、会議参加者の一人が首をかしげた。
「どういう意味だね?」
「三原則から逸脱して人間に反逆心を持ったために死んだのならば、当然、死ぬ前に人間との
シュルツはスクリーンに、一本の動画を映し出した。
「ひとつ、具体例をお見せしましょう」
レストランの厨房の様子が映っていた。カメラを目の高さで構えたまま動き回っているかのように、目まぐるしく映像が動いている。
「これは、ある一体のロボットの頭脳に保存されていた、死亡直前の視覚記憶です」
映像には手が映り込んでいた。肌色の皮膚に覆われた、“人間”の手。包丁で食材を切り、沸騰する鍋に入れ、ゆであがった物をすばやくザルにあげる二本の手がしっかりとスクリーンに映っている。――しかし。
いきなり画面が真っ赤に染まり、映像はぷつりと途切れてしまった。
「今の映像が、この個体の最期の瞬間……十一月十一日午後二時五六分です」
シュルツは言った。
「死亡直前だけでなく、さかのぼってこの個体が稼働し始めた瞬間からの記憶をすべてたどりましたが。結局、三原則逸脱に関するような記憶はありませんでした。一〇八体のヒューマノイドたちはみな同じように、前触れなく死んでいます。人間への反逆心を持って三原則逸脱を起こしたはずなのに、頭脳の中にはその証拠となる記憶が存在しないのです。……きわめて、不可解な状態です」
「――それで?」
当局局長ダリウス・ヴォルフが、低い声を差し挟んだ。
「それで、君はこの異常死の原因を、どのように考えている?」
「有効な仮説にはまだ、至っておりません」
表情も薄く、シュルツが答える。『有効な仮説に至っていない』――つまり。『何が原因なのか、私にはさっぱり分かりません』と答えたのだ。
狼のようなヴォルフ局長の目が、さらに鋭く細まった。
「シュルツ君。……君はこの会議の場で、自らの無能さを証明しに来たのか? 専門家としての見解を問うために、私は君に一週間もの猶予を与え、この場に呼んだんだぞ?」
局長の目つきは、獲物をいたぶる狼の目とよく似ていた。
――不愉快な男だ。
シュルツは侮蔑の言葉を胸の中にしまい込んで、用意していた通りの返答を口にした。
「無能のそしりを受けることは覚悟しておりました。しかし確証もないことを述べられるほど、私は厚顔ではありませんので」
淡々と、言葉を継ぐ。
「考えうる限りのことは自ら確認しましたが、現段階ではいずれも否定的です。全症例の生から死までの記憶を調べ、検査の正確性を担保するため他の検死官にも検証させました。また、“心臓”自体の欠陥による自然故障を疑いましたが……当局資料によれば、それも考えにくいと言わざるを得ません」
言い訳するなと揶揄されることは、重々承知だ。
だがこの一週間、出来得る限りの検討をしてきた。それらを列挙して可能性をひとつひとつ潰していくこともまた、真理に近づくためには有効なのではないだろうか?
だからシュルツは、自分のしてきた検討をひとつひとつ挙げていった。
「また、以下二件の検討は未完了であり、現在も情報収集を進めております」
伸ばした二本の指を、一本ずつ折りながらシュルツは説明を続けた。
「一件目は、類似症例の検索です。東アジアで過去に亜ヒト型ロボットの同時死現象があったことを確認しておりますが。故障とみなされ廃棄されていたため、現時点では情報が足りません」
残った指を折りながら、シュルツは説明を締めくくった。
「最後の一件。ヒューマノイドたちの記憶を、何者かが消去した可能性です。どの死体にも記憶消去の痕跡は残っておりませんでしたが、なんらかの新しい手法によって痕跡を隠ぺいしている可能性は否めません。この点については現在、カイネスベルク大学工学研究科に委託して調査実施中です。……わたくしからは、以上です」
深く礼をし、シュルツは席につこうとした。
――と。
「つまらんな、君は」
吐き捨てるような口調で、ヴォルフ局長がそう言った。狼のような鋭い瞳が、蔑むようにシュルツを突き刺している。
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