36.役立たず
「つまらんな、君は」
吐き捨てるような口調で、ヴォルフ局長がそう言った。狼のような鋭い瞳が、蔑むようにシュルツを突き刺している。
「ロベルト・シュルツ検死官。君は、あの“危険人物”トマス・アドラーの弟子なのだろう? あの老人の発想力には、目を見張るものがある。だが、君はどうだ? ただ事実を挙げ連ねているだけではないか。トマス・アドラーの秘蔵っ子が来ると聞いて、どのような若者なのかと期待していたのだが。本当につまらない」
つまらない、つまらないと連呼して、局長はシュルツを挑発しているかのようだった。
感情を煽ろうとする局長の物言いに、シュルツはひっそり眉を寄せた。
「シュルツ検死官。私は君と、腹を割った議論がしてみたかった」
局長はまるで手招きするかのような仕草で、自身の右手を伸ばしていた。
「君を呼ぶにあたり、あらかじめ君の経歴を調べておいた。なかなか愉快な経歴を持っているじゃないか。
なぜこの場で、そんなことを言い出すのだろうか。
シュルツにとっては、やすやすと触れられたくない話題であった。
「……おっしゃるとおりですが」
シュルツの答えを聞いて、ヴォルフ局長がうなずいた。
「ならば君は、この私と同類だ」
同類? シュルツは、首を傾げそうになった。
局長の意図が分からない。
「私も若い頃に心臓を損傷し、以来この胸には全置換型のロボット心臓が埋め込まれている」
ヴォルフ局長は自分の拳で、左胸を打った。
「私はロボットが嫌いなんだ。ロボットが――とりわけ
狼が、誘うように笑ってみせた。
「“仲間”ゆえに、君には腹を割った独創的な意見を期待したい。なにか、君ならではの
こんな男に仲間呼ばわりされたくはない――シュルツは、そう思った。
上席に座るヴォルフ局長と、末席で直立しているシュルツ。視線がぶつかり、息の詰まるような沈黙が流れた。
「……誠に恐縮ですが。今の私には、この場で提示できるような
局長は、大声をあげて嗤い始めた。
「揺さぶれば、なにか面白い推論を聞かせてもらえるのではないかと期待したのだが。残念ながら、期待外れだったな」
深く頭を下げながら、シュルツは嘲りの声を浴びていた。
「ロベルト・シュルツ。君は役立たずの凡人だ。トマス・アドラーは天才ゆえの危険人物だが。君が危険視される日は、永遠に来ないだろう」
局長は、シュルツの退席を命じた。
「“獄中”のアドラー博士に、なにか伝えておきたいことはあるかね?」
去ろうとしたシュルツの背中に、局長は嘲笑しながら声をかけた。
「結構です。大変、失礼いたしました」
深く礼をしたのちに、“役立たずの凡人”ロベルト・シュルツは会議室から退出した。
* * *
《1998年11月14日 12:00PM エルハイト市内 第六検死研究所》
「……わたしって。本当に、役立たずだわ」
IV-11-01- MARIAは、仰向けに寝転がって物憂げに溜息をついていた。
体がだるくて、動く気が起きない。ソファに横たわったまま、もう五時間もだらだらしていた。
――わたし、どこかおかしいのかしら。こんなこと、今までなかったのに……
いったいいつから、自分はこんなふうに調子が悪くなったのだろう? 思い出そうとした途端、頭がずきずきしてきた。一層だるくなって、考えるのも億劫になった。
「こんなんじゃあ、わたし……ドクター・シュルツのお役になんて立てないわ」
MARIAは、テーブルの上の新聞に手を伸ばし、ごろごろしたまま読み始めた。
一面記事は、ヒューマノイドの大量死事件だった。昨日の夜中に、また起きたらしい。人間にまぎれて暮らしていたヒューマノイドたちが、原因不明でバタバタと死んでいく……まるで怪奇現象だ。街中が大騒ぎになっているらしい。
「……怖いわ」
MARIAはぽつりとつぶやいた。
なにが原因だか分からないなんて。本当に、おそろしい。
――今度、同じような事件が起きたら。もしかして、わたしの“心臓”も止まってしまうのかしら。
そう思った瞬間、背筋がぞくりとした。
最近、ドクター・シュルツはとても忙しそうにしている。もしかして、この事件と関係あるのだろうか。
――最近? 最近って、いつからだったかしら。
頭がモヤモヤして、考え続けるのが苦痛になってきた。
もう、いい。難しいことを考えるのはやめよう。
一つのことに集中できない。だるくて面倒で、何をするのも気が重い。
ふぅ。と、ため息をついて、MARIAは新聞のページを一枚めくった。
そのとき。
「………………あ、」
今までふらふらと彷徨っていたMARIAの瞳が、ひとつの記事にくぎ付けになった。
エルハイト市内の州立美術館に、とある彫刻が展示されているという記事だ。
「これって……?」
焦点の定まらなかった彼女の瞳が、みるみるうちに輝いていく。
記事の写真をじっと見つめているうちに、頬がほの赤く染まっていった。
「この彫刻って……もしかして……!」
その新聞を握りしめ、IV-11-01-MARIAは飛び起きた。
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