Chapter 3.忘れじの恋

24.不可解な死

《1998年11月4日 8:00AM エルハイト市内 第六検死研究所》


「まるで眠っているみたいなのに。……それでも、この二人は死んでいるんですか?」


 今朝届けられた亡骸のうち二体を見つめ、戸惑うようにMARIAが問いた。シュルツは黙ってうなずいている。


「信じられません。無傷ですし、とても穏やかな顔をしていますし……」

「外観だけでは何も分からん。だから検死官わたしが必要なんだ」


 床に横たわるその二体は、ヒューマノイドの亡骸だった。たしかに一見すると、MARIAの言うとおり人間が寝ているように見える。

 この二体は、人間にまぎれて逃げ続けていたヒューマノイドだ。昨日の日中、それぞれが突然に赤い蒸気を吹きあげて倒れたのだという。人間にしか見えない彼らを病院に運ぶため、救急車が呼ばれたそうだ。だが搬送中に人間ではないと気づいた救急隊員が、届け先を病院ではなくロボットの整備工房に変更したらしい。


「この人たちはもう、直せないんですか?」

「ああ、だからこその“死”だ。この二体は、“心臓死”――つまり調圧還流ユニット“心臓”の故障による疑似血液の沸騰現象で死んだのだろう」


 ロボットの死には二種類ある。それはすなわち、頭脳の死と“心臓”の死だ。


 “心臓”は、疑似血液の圧力を高く保ってロボットの体を機能させている。“心臓”が止まると疑似血液が沸騰し、ロボットは死ぬ。


「“心臓”故障の原因を探るのが、この二症例では重要だ。故障原因として予想されるのは、老朽化による自然破損、もしくは――」

 シュルツの瞳に、鋭い光が射していた。

「三原則逸脱による、心停止だ」


   ***


 その日の検死をすべて終え、ロベルト・シュルツは険しい顔で検死報告書レポートを作っていた。眉間にしわを寄せ、いかにも不愉快そうである。


「ドクター? コーヒーをお持ちしました……」


 控え目なノックの後にIV-11-01-MARIAが入ってきた。MARIAはコーヒーカップを置きながら、シュルツに尋ねた。

「……ドクター。あの二体の心臓は、どうして壊れたんですか?」

 シュルツは答えなかった。いや。答えられなかったのだ。

 検死解剖で分かったのは、あのヒューマノイドたちの死因が“心臓”調圧弁バルブの開放による“心臓死”だったということだ。そこまでは予想の範疇だった。だが、なぜ調圧弁が開放されたのか、その理由を見つけられなかった。


「――分からん」


 銀の髪を苛立たしげに掻きあげて、シュルツは報告書を睨む。

「彼らの頭脳を探ってみたが……三原則に逸脱するような記憶は、何ひとつ見つからなかった。君もその場で私を補佐したのだから、知っているだろう?」


 三原則に逸脱するような記憶。それはつまり、人間の命令を無視したり、人間に危害を加えたりしようとした記憶を意味している。

 シュルツがそれを見逃すはずがない。頭脳回路の最外層に保存されている記憶だけでなく、脳幹付近の最も古い記憶まで、もれなく確認したのだから。


「はい。じゃあ整備不良が原因で、自然に壊れてしまったんですね?」

「だが。二体同時というのは気がかりだ」


 あの二体は、死の直前まで何事もなく動いていた。人間に素性を疑われることもなく、また、人間を憎むこともなく。人間の演技をし続けいつも通りに働いている最中だった。なのにいきなり死んだのだ。二体同時に。“心臓”の調圧弁が破損して。


「……不可解だ」

 こんなことがあるだろうか。

 仮に自然破損だったとして、なぜ二体同時に起きた?


 頭脳の記憶をたどってみたが、あの二体は稼働年数も経歴も異なっていた。

 では、“心臓”の部品自体に問題があったのだろうか? 工場で生産された時点で、何か欠陥が潜んでいた可能性は? あの二体の部品が、偶然同じ工場で、同じロットで製作されていたと仮定してみてはどうだろう?


「しかし。私には調べようがないな」

 シュルツが調べる権限を持っているのは、死んだロボットの記憶と体だけだ。そのロボットの部品がいつどこで作られたかなど、調べようがない。

 不可解な点が残されているというのに、検死報告書の上では『“心臓”調圧弁破損。ただし三原則逸脱兆候は検出されず』で終わってしまう。釈然としない思いがこみ上げてくる。

「――IV-11-01-MARIA」

 理解できない“死”が起こっている。ならばその死は、IV-11-01-MARIAに起こる可能性もある。

 突然シュルツに見つめられ、MARIAは驚いたように目を見開いた。


「昨日君は、胸が灼けつくように苦しいと言っていたな? それは灼血感という、“心臓死”の前駆症状かもしれない。……念のため、君の“心臓”も確認しよう」


 MARIAはおびえた顔をした。

「え? ……わたしの、“心臓”を?」

 シュルツはうなずき、隣りの椅子を引き出した。


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