20.来客(前編)
《1998年11月3日 9:00AM エルハイト市内 第六検死研究所》
IV-11-01-MARIAが初めて検死を学んだ日から一週間が経っていた。彼女は今日も、シュルツの検死を手伝っている。
毎日二十体前後の亜ヒト型ロボットの遺体が、シュルツのもとには届けられる。その遺体を運んでくるのも、人間ではなく当局所属の亜ヒト型ロボットである。
「今日は客が来るぞ」
その日の朝、食事を済ませたロベルト・シュルツはこともなげにIV-11-01-MARIAに言った。
「お客さま?」
MARIAは食器を下げながら、意外そうな声を出した。彼女がここに来て以来、客が来るのは初めてだからだ。
「お客さまって、ドクターのお友達ですか?」
「そんな生ぬるいものだったら良いがな。残念ながら、その逆だ」
シュルツは面倒くさそうに、こう言い放って席を立つ。
「これから来るのは招かれざる客。君の宿敵となる組織――“当局”の捜査官だ」
当局。
“連邦刑事庁ロボット犯罪管理局”という仰々しい名が、組織の正式名称だ。十四年前の
当局の発足理念は、人間を脅かすロボットを逮捕・解体することであった。しかしあのC/Fe事件以後、ロボットが人間に反抗したり危害を加えたりする事例は、国内で一件も起こっていない。それゆえ実際には、逃亡ヒューマノイドの捜索と、ロボット破壊事件の捜査が主な業務となっている。
「ロボットに関するあらゆる犯罪を取り締まる部局――ゆえに現在は、ロボット破壊を犯した人間を逮捕するのが連中の第一業務になっている。ふん、皮肉なことだ。『人間を傷つけるロボット』を裁くために生まれた組織であるにも関わらず、現実には『ロボットを傷つけた人間』を捕えることを生業としている訳だ」
いつも通りの冷めた
「当局には反ロボット主義の馬鹿が多い。ロボットを嫌悪する世論が連中を後押しするから、なおさら
言っているうちに、冷めた口調に憎しみがこもってきた。
「当局の馬鹿どもは、トマス先生を危険人物と認定して三年前に召喚した。そして今でも、先生を囚人のように監視し続けている。……クズどもめ。あのトマス先生が、危険だと?」
シュルツを見守りながら、IV-11-01-MARIAは質問した。
「そんな恐ろしい組織の人が、どうしてこの研究所に来るんですか?」
「私の精神鑑定を行うためだ」
「ドクターの精神鑑定?」
「検死官の頭が狂っていたら、検死にはなんの正確性もないだろう? 検死官を増員すれば済むことだが、専門性の高さから、まだまだ人手は十分とは言えない。そこで二ヶ月に一度、当局の捜査官が検死官の精神状態をチェックしに来る。くだらん問診のようなものだ。形骸化しきっているが――連邦政府はそれで、検死に最低限の正確性が担保されていることにした」
シュルツが、あざけるように冷たい笑みを浮かべていた。
「まったく。愚かな連中が思いつく事というのは、つくづく愉快だな。当局のクズごときに、私の精神を鑑定できるものか」
そんな彼の様子を見て、MARIAはますます不安そうな顔になった。
「わたしは、隠れていたほうが良いですよね?」
「いや。隠れる必要はない」
シュルツの答えに、MARIAが戸惑った。
「え? でも……」
「どうせ今後も当局は、足しげくここに来るだろう。下手に隠れたりせずに、堂々と家政婦のふりでもしていろ。そのほうが怪しまれない」
遅かれ早かれ、MARIAは他人の目に触れる。人間にしか見えないMARIAを敢えて隠そうとするのは不自然だ。それにMARIAを教育するには、実際に経験させるのが一番早い。シュルツは彼女と過ごしたひと月のうちに、そう理解していた。
「わかりました。でも……緊張します」
「心配いらない。君の頭脳に組み込まれた三原則が、潜在意識化で行動を統制している。自己防衛は、ロボット工学三原則の第三条だ。そして君が自分の正体を隠し通せば、トマス先生と私の身の安全も保障されて第一条が守られる。だから君は“本能的”に、身を守る行動を選び続けるだろう」
MARIAは硬い顔のままうなずいた。
「困難なときは私も手を貸す」
シュルツが言うと、MARIAは少し安心したように笑った。
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