17.記憶の棺
「わたしの記憶を、消す?」
不安そうな顔で、MARIAはシュルツの言葉を繰り返す。
「あぁ。
シュルツがMARIAを連れて行ったのは、二階の第一検査室だった。
この大部屋には、大きさも種類も様々な機材が整えられている。部屋の片隅には人間の背丈くらいの、黒い繭型カプセルが横たえられ、接地面から周囲の壁へと赤いケーブルが伸びていた。
鈍い光沢を放つそのカプセルを見下ろして、シュルツはMARIAに説明した。
「これは“
MARIAは繭を見つめて暗い顔をした。
「……棺みたいですね」
「棺というのは、あながち間違った表現ではないな。繭は、ロボットに疑似的な死を与える装置だ」
彼女はますます深刻そうな顔になった。
「頭の中を操作されるなんて、なんだか怖いです」
「その恐怖も、所詮は疑似的な感情だ。ついでに消してやる。処置を始めよう、繭に入れ」
MARIAは一歩後ずさった。おびえた瞳で、シュルツを見つめる。
「でも……わたし、せっかく教えてもらった検死を忘れなければならないんですか? トマス・アドラー博士が、わたしに検死を学ばせることをお望みなのに?」
恩師の名を出され、シュルツがひるんだ。
「わたし、あなたにもう迷惑をかけません。検死だって、ちゃんとお手伝いできます。だから、記憶を消さないでください」
IV-11-01-MARIAは必死に訴えた。
ずいぶんと長いこと考え込んでいたシュルツは、
「ならば自分がロボットだとよく理解することだ。感情だのなんだのと、二度と言うな」
「…………わかりました」
落ち込んで肩を落とした彼女に追い打ちをかけるように、
「さっき君は、君と私の違いはどこにあるのかと言っていたな? 教えてやる。
言われた瞬間、IV-11-01-MARIAは少しだけ不満そうに眉をしかめた。
第一検査室から出ようとしたシュルツの背中に、彼女はやんわりと声をかける。
「あの……ドクター。ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「あなたがわたしをこの研究所に置いてくれるのは、トマス・アドラー博士からそうお願いされたからですよね」
「もちろんだ。それ以外にはありえない」
「だったら、あなたもロボットだということになりません?」
やんわりした口調の中に少しだけ
「何を言っているんだ、君は」
「だって。あなたもアドラー博士に“服従”しているじゃありませんか」
言われると、シュルツは一瞬目を見開いて、それから顔を曇らせた。MARIAの意図に気がついたからだ。
ロボットは、人間の命令に服従する。
シュルツは、アドラー博士の命令に服従している。
だったらシュルツも、ロボットなのか。――と。
つまりは三段論法の真似事で、一矢報いたつもりなのだろう。
シュルツは反論する言葉を探そうとして……やめた。
「……口が減らないロボットだな」
『もう迷惑をかけない』と言った矢先に、なぜこのロボットは口答えするんだ。うんざりしながら吐き捨てて、シュルツは第一検査室から出た。
IV-11-01-MARIAは、やっとシュルツに言い返せてすっきりしたような顔だった。
* * *
「出かけるぞ」
第一検査室でのやりとりから一時間ほど経ったころ。シュルツはふいに言い放った。
「あら、お出かけですか? いってらっしゃ――」
「何を言っている。君も来るんだ、IV-11-01」
「え?」
いきなり言われて、IV-11-01-MARIAはきょとんとしていた。
「そろそろ君を外に出すタイミングだと思っていたところだ。ロボットが世の中でどんな扱いを受けているのか、君は知らないのだろう? ならば見て学ぶべきだ。知ることができれば、先ほどのような不分別な言動も控えるに違いない」
ソファから立ち上がると、シュルツは身支度を整えるため自室に引き返そうとした。掃除中だったMARIAをふり返ると、
「君も支度しろ。早くしないか」
そう言い放って、さっさと踵を返した。
「は、はいっ」
MARIAもエプロンを外して、あたふたと部屋を出て行った。
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