Chapter 2.“C”と“Fe”
14.“血”と“心臓”
ロボットは道具だ。
ロボットは奴隷だ。
だから絶対、人間に逆らうことは許されない。頭脳の中枢に“ロボット工学三原則”が組み込まれているので、そもそも反逆しようという考え自体が生まれないようになっている。
それでも、もしも?
――もしもロボットの頭脳に欠陥があったら。人間を憎んだり、殺そうとしたりするのではないか?
実際、極めてまれではあるが、頭脳の欠陥により“三原則”に無視するような異常行動を取るロボットというのが発生する。
人間の命令を無視したり、危害を加えようとしたり。精神回路のそのような異常には、“三原則逸脱”という名がついている。
国際機関の発表では、三原則逸脱の発生頻度は百万分の一未満とされている。なぜ三原則逸脱が起きうるのか、現代科学ではいまだ解明できていない。
――ほら見ろ。ロボットはやはり危険だ。“三原則逸脱”とやらが起きたら、奴らは人間に反逆するかもしれないじゃないか。
そんな批判がそこかしこから聞こえてきそうだ。
しかし。万が一、三原則逸脱が起きたとしても、心配はいらないのだ。
ロボットが絶対に反逆を起こさないよう、ロボットの“心臓”には第二の安全装置が仕掛けられている。人間への反発心を持った時点で、ロボットの“心臓”は止まり、“血液”が沸騰して死ぬようになっているのだ。
――“心臓”? “血”? ロボットに、そんなものが存在するわけないではないか!
古い時代の人間ならば、そんなふうに指摘したかもしれない。
だが現代社会で、ロボットに“心臓”があり“血”が流れているというのは常識だ。頭脳で発生した信号を全身の稼働部位へと伝達するのが、ロボットにおける“血液-心臓システム”である。
ロボットの“血”と“心臓”の役割は、人間の循環器系とは本質的に異なるものだ。“疑似血液”と“調圧還流ユニット”というのが、それぞれの正式名称である。
疑似血液は赤色透明の低粘性流体で、その実態はガリンスタンを主成分とする流体金属の中に液胞状微細マシンをコロイド分散させたものだ。
全身へと張り巡らされた特殊ポリアミド樹脂の血管様チューブに充填されており、頭脳からの信号を全身へ伝達する役割を担っている。
この疑似血液は、原始的な導電駆動システムに比べてロボットの運動性能を飛躍的に向上させ、人間を超える微細な動きを可能とさせた。
そして“心臓”――すなわち調圧還流ユニットは、血管様チューブ内圧を調節して疑似血液を還流させるためのポンプである。
大気圧条件における疑似血液の沸点は摂氏マイナス四度であるために、一般的な環境では瞬時に沸騰してしまう。
それを防ぐために“心臓”は、血管様チューブの内圧を亢進させて“血液”の沸点を上げているのである。
“心臓”は、ロボット内部の恒常性を保つために必須の組織だ。この組織により、血管様チューブの内部は普段、五気圧・摂氏三十七度で保たれる。“血液”の信号伝達性能は五気圧・摂氏三十七度で最高となるためである。
“血液”がロボットの体を動かし、“心臓”がその“血液”を沸騰から守る。それが近代ロボットの駆動システムだ。
ロボットがこの世に初めて生まれ出でたのが、一八九六年。
“頭脳”の中枢である陽電子回路が開発されたのが、大戦の傷跡癒えぬ一九四六年。
そして“血”と“心臓”が初めてロボットに搭載されたのは、一九六〇年。
時代を経るごとロボットは進化を続け、思考精度・運動性能ともに人間を凌ぐようになっていった。
「いつか我らはロボットに駆逐されてしまうのではないか?」――そんな恐怖があるからこそ、人間たちはロボットを恐怖して罵るのだ。
「ロボットなんて、冷たい鉄クズに過ぎないのだ」、と。
だがロボットは、すでに『冷たい鉄クズ』ではない。ロボットにも“血”が流れている。奇しくも人間の体温と同じ、摂氏三七度の“血”が。
ある点では人間に近づき、またある点ではすでに人間を越えた
ロボットに対する恐怖を誤魔化すために、人間たちは、いつもこう言う――
ロボットは道具だ。
ロボットは奴隷だ。
頭脳が彼らを束縛している。
万一頭脳が異常でも、人間を害する前に“心臓”が止まる。
だから絶対、ロボットは人間に背くことなどできないのだ。
――と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます