13.口頭試問
「ロボット工学三原則を暗唱してみせろ」
彼女に検死をさせるか否か。実技研修前の口頭試問のように、シュルツは彼女にいくつかロボット工学の基礎を答えさせることにした。
だが、MARIAにとっては唐突な質問だった。コーヒーの粉をドリッパーに入れながら、ぽかんとした顔をしている。
「え?」
「原文そのままで。意訳はいらない。当然、覚えているだろう?」
なぜ暗唱するのか分からないまま、MARIAはシュルツに従った。カナリアが歌うように澄んだ声で三原則を歌い上げる。
「わかりました。じゃあ――
第一条ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。
第三条ロボットは、前掲第一条及び第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。
以上です」
シュルツはうなずき、質問を続ける。
「では次に、ロボットの定義を。そしてロボットの形状別分類を述べてみろ」
彼の口調は、まるで教師のようだった。
「はい」
一方のMARIAは、優秀な生徒のようだ。ニコニコ笑って、よどみなく答える。
「一九四七年の国際連合ロボット協議会の定義したところによると、ロボットとは『頭脳の中枢に陽電子回路を搭載し、稼働後には人間の命令を受けずとも人間の意向に沿った自律動作を行うことが可能な機械』とされています。なので、つねに人間の指示を待っているタイプの機械は、どんなに優れた機能があってもロボットとは言いません」
シュルツは黙ってうなずくと、MARIAはふたたび歌い始めた。
「では次に、ロボットの形状別分類についてお答えしますね。あらゆるロボットは、外見で『モノ型』と『非モノ型』に分類できます。モノ型は、人間以外の物の形をしたロボット。非モノ型というのは、人間を模したロボットです」
答えながら、MARIAはコーヒーの粉をいつもどおりの十八.六秒きっかり蒸らしてから、ドリッパーに湯を注いだ。
「非モノ型には、具体的にはどのような
手早く丁寧に。いつも通りの流速でドリッパーにひと注ぎ。MARIAの手元から、かぐわしい香りが広がる。
「はい。『亜ヒト型』と『完全ヒト型』があります。亜ヒト型というのは、たとえば金属のボディで出来た、III-08-29-SULLAのようなロボットですね。手足や頭を持って、人間のような形をしていますけれど、人間そのものとはまったく違います。一方、完全ヒト型というのは――」
「君のような、ヒューマノイドのことだ」
シュルツが遮り、割って入る。
MARIAはほほえみのままうなずいた。
「ええ」
「完全ヒト型ロボットは、そのまま“ヒューマノイド”と同義だ。一九七五年にトマス・アドラー博士が世界で初めて開発に成功し、そして八年前の一九九〇年に、この連邦では全例廃棄が定められた」
「ええ。そのように、記憶しています」
なぜそんなことを突然問うんだろう、とでも言いたげだ。MARIAは淹れたてのコーヒーを、シュルツの前に置いた。
シュルツはカップに口をつけ、無言でそれを飲み始める。最後のひと口まで飲んでから、ため息まじりに言った。
「では質問は、次で最後だ。……私の職業を。“検死官”の業務内容とその目的を答えてみろ」
「ロボット検死解剖官――通称“検死官”は、ロボット保護法第24条第1項に定められる職務です。不可逆的損傷に陥ったロボットの中でも、とくに事件性のある症例を解剖し、頭脳を解析して死因をさぐります。死因が外傷性破壊である場合には、加害者情報を頭脳から引き出して、連邦刑事庁ロボット危機管理局に提出します」
「では検死官の仕事は、なんの為にある?」
「ロボットを守るために」
「それは違う」
シュルツは間髪入れずに否定した。まるで、MARIAの答えを予想していたかのようだった。
「? あら……? でも、書架の本にはそう書いてありましたけど?」
「そんなものは、建前だ。検死は、ロボットを安全な奴隷として使い続けるために行うんだ」
MARIAは紺碧色の大きな瞳をしばたたかせ、首を傾げた。
「どういうことです?」
「本音と建て前。ロボット検死には二つの局面がある」
立てた二本の指を一本ずつ折りながら、シュルツは説明を加えた。
「表向きの理由は、ロボット破壊犯を器物損壊罪に問うことだ。だが検死の真の目的は、ロボットの頭脳に起きうる異常を解明するところにある」
MARIAは静かに耳を傾けていた。
「ロボットには感情など存在しないというのが定説だ。だが頭脳の不具合によってロボット工学三原則に逸脱し、人間への“反発感情”を持ったと考察される事例がごく稀にある。……十四年前の
無意識のうち、シュルツは右腕をさすっていた。
「それでも人間はロボットに依存せざるを得ない。ロボット労働力がなければ、この社会は立ち行かないんだ。だから検死官という職業が生まれた。殺されたロボットの頭脳を調べて異常の有無を確認する。万一、異常があれば、頭脳をさらに徹底的に解明する。どのように造られどのような状況に置かれたロボットが、人間に“反発感情”を持ちうるのか。隅から隅まで記憶を洗い出し、ロボットの危険性を排除する。それが、
ロベルト・シュルツはMARIAに向けて、皮肉な口調でこう結んだ。
「……そんな私の職業を手伝うというのだから、君は非常に変わっている。本当に、私から検死を学ぶつもりなのか?」
MARIAはようやく理解した。これまでの会話は、MARIAに検死を手伝わせるかどうか判断するためのものだったのだ。彼女は緊張したようすで淡く頬を染めしながら、目を輝かせていた。
「はい。お手伝い、させてほしいです」
シュルツがうなずく。
「これまで社会のさまざまな業種で、人間からロボットへと労働力が置き換えられていったが。“検死”は今後も、人間がするべき業務でありつづけるだろう。そんな検死を、ロボットである君が行うというのだから、奇妙だな」
ため息をつきながら、重い腰を上げた。
「IV-11-01、君に明日から検死を教えよう。君は世界で初めての、ロボットの検死を行うロボットになる」
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