第17話 VS.念力少女
「……まいたみたいだな」
通風口を闇雲に這い進んだ結果、銃声は遠のいていた。
そこまで来てようやく天城は、ほっと息をつく。
この狭い空間を動きまわるのは思いのほかつらい。
「オレ、うえっちのデートを尾行しただけでこんなことになるとは思ってなかった……」
「俺はせっかくの日曜日がこんな風になるなんて思ってなかった……」
「おい、二人ともしっかりしろ。そろそろ降りるぞ」
すっかり肩を落とした友人たちに声をかけつつ、出口と定めたフタに手を伸ばす。
レーダーの反応は近い。
先ほどとは異なり、ドライバーを用いて慎重にフタを外し、下に落とす。
かすかな音を立てたが、それでも近づいてくる足音は聞こえなかった。
「よし」
ふちに手をかけ、頭から身を投げ出す。
それから腕を支えにして空中で姿勢を整えると足から着地した。
「うぎゃ!」
「さっきは気にならなかったけど、結構高いね」
続く一ノ瀬が頭からびたんと落ちてきて、最後の上川は足からこわごわ降りてきた。
天城は手に持ったレーダーを確認し、目の前の扉を指さす。
「文香はこの中だ」
「よし、行こうイッチー! そんで早いところ帰ろう!」
「がってん! 今が何時かは知らんけど、オレもうなんか眠くなってきた!」
「あ、おい。ちょっと待て」
その制止の声よりも早く、上川と一ノ瀬は扉を開けていた。
「げっ」「あ」
教室ほどの広さがある部屋の中には人を浮かせる能力を操る少女と、それによって宙をただよう白河と仙石の姿があった。
「失礼しましたー」「しましたー」
扉を閉める。
友人たちは二歩ほど後ろに下がると呆然とつぶやいた。
「なんであの子が一緒にいるんだろう……」
「眠気がとんでいってしもうた……」
「だから待てって言ったのに」
やれやれと無意識に口からこぼしながら、かぶりを振った。
「あの仙石をおとなしくさせる方法なんて、そう数があるわけないだろ。野蛮なことをしないという体裁をとっている以上、無力化するには宙をただよわせるのが一番だ。おれが向こう側でもそう指示する」
「アマギン、もっと早く言ってよ」
「言おうとしただろ。それより問題はどうやってあの女を無力化するかだ」
狭い通路を通り抜けたことでこわばった身体を、伸びでほぐす。
女子たちを救出するには、あの能力者と戦うことは避けられないだろう。
とはいえ上川と一ノ瀬、そしてもちろん天城のスキルも荒事には向いていない。
「そうだアマギン、煙玉! 煙玉を使えば委員長たちを助けられるんでない?」
「もうない。あのとき持ってたのは、ロケットに使った残りだ」
「じゃあ、さっきの爆弾は? もうないん?」
「ない。仮にあったとしても、使ったら後ろの連中にも被害が及ぶだろ。お前のコメディスキルで守ったら、肝心の相手にダメージを与えられないしな」
一ノ瀬のコメディスキルは周囲に効果を及ぼすことができるが、代わりに指向性はない。
敵であれ味方であれ、一定範囲内にいれば一緒にダメージを無効化してしまう。
「それに、あの女の能力を考えろ。どんな手段でも遠距離攻撃だったら逸らされる。近づこうとすればその間にこっちが浮かばされる」
なにせ向こうは指を動かすだけで能力を使えるのだ。
考えれば考えるほど正面からの戦いでは勝ち目がないことがわかる。
かといって無策ではなかった。
橋であの能力を見た時から対策は常に考えてきたのだ。
「それでも一応、今のところ向こうの能力を封じる方法は二通り思いついている。どちらも特別な道具はいらない。今からでも実行できるだろう」
「え、マジでか、すげぇアマギン! で、どうやるの?」
三人は扉の前にかがんで、お互いに声のボリュームを少し落とした。
「いいか。どんなスキルであろうとトリガーは感情に直結してる。そこを利用するんだ」
「感情って言うけど、天城。あの子、ずっと無表情だったよ」
「無感情だって一つの感情だろう。推測するに、あの女の能力はお前らと発動条件が逆なんじゃないかと思う」
「アマギンの話わかりにくいわ~。結論をおっしゃって」
「まったく。つまり無感情であることがスキルを使う条件なんだろう。だとすれば、あの女を怒らせるなり笑わせるなりすれば能力は使えなくなるはずだ」
「おぉ! なるほど、にらめっこみたいなもんね。笑うと負けよってことで」
「まぁ、その認識でもいい。これが一つ目だ。それで二つ目のほうだが……」
「よし、そういうことなら任しときんしゃい!」
力強く一ノ瀬が立ち上がる。
やけに自信ありげだが、力こぶを作って見せている姿に天城は不安しか感じない。
「ここで、オレが本来のコメディ系主人公らしさを見せてやんよ!」
「スキルと性格はまったく関係ないぞ。関係あったら、お前もっと面白いはずだろう」
「む、むごい! くそぅ、汚名返上だ。ここで一発、オレがおもしろ人間であることをアピールさせてもらうぜ!」
「イッチー、おもしろ人間って言葉がすでに面白くない人の使う言葉だと思うよ」
「う、うえっちまで! えぇい、見てろよ! オレが華麗に女子たちを助けてくるから!」
根拠のない自信に満ち溢れた一ノ瀬が、堂々と扉を開け放つ。
「どーも、どーも。はい、じゃあ一発ギャグやりまー……って、うわああ!」
一ノ瀬の言葉が終わる前に、早々と彼の身体は宙を浮き、仙石たちのほうへとまとめられてしまった。
「上川」
「うん」
上川と協力してぴしゃりと扉を閉める。
「せめて聞いてくれよ! こんなの話が違うぞ、アマギン!」
「なにやろうとしてたのよ、あんた……」
扉の向こうから一ノ瀬の抗議の声と、あきれかえった仙石の声が聞こえた。
一ノ瀬の一発ギャグに期待していたわけではなかったが、これは想定外でもある。
「そうか、たしかに相手が素直にイチのネタを聞いてくれるとは限らなかったな。これは考えてなかった」
「話を最後まで聞かなかったイッチーも悪いけどさ、天城って肝心なところが抜けてること多いよね。なんていうか二手先は読んでるけど、一手先を読んでないっていうか」
「過ぎたことは言っても仕方ないだろう。次の作戦で挽回するぞ」
「次はなにやるの? 二人で漫才でもする? 俺やだよ」
「いや、二つ目の方法を採用する。上川、靴を脱いでおけ。靴下もな」
「ついに靴を武器にして戦うのかぁ。なんか心もとない」
不満をもらしながらも上川は素直に従ってくれる。
天城も靴と靴下を脱いで、廊下に転がした。素足で踏みしめる廊下は固く、ひんやりとしている。
「あれ、靴で戦うんじゃないの?」
「武器ならもっとマシなものを考える。いいか、上川。これから作戦を言うぞ。一回かぎりしか使えないからな、心して聞いてくれ」
声の音量をさらに落とし、耳を寄せてきた上川に作戦を説明した。
「え、それだけでいいの?」
「ああ。じゃあ手はず通り頼むぞ」
「うん。がんばるよ」
拍子抜けした様子の上川をそのままに、扉を開けて中に入る。
室内では、天体のように浮かんだ白河と仙石、そして一ノ瀬がただよっている。
白髪の少女はその中心にいた。
できるだけ余裕があるように見せようと、軽い調子で片手をあげてみる。
「よぉ、しばらくぶり」
「恭平さん!」
「アマギン!」
「三バカの二人目が来たわ。なに、天城。あんたも一ノ瀬と一緒に捕まりに来たわけ?」
「まぁ、男ばっかで固まっているよりかは、華やかになるだろうさ」
「侵入者発見。捕獲する」
すでに三本指を立てたままだった少女が、四本目の指をこちらに向ける。
その指が天を指そうとも、天城の足は地面についたままであり、浮かび上がることはなかった。
誰にも気取られないよう、天城は安堵する。
どうやら、仮説は間違っていなかったようだ。
「……なにをしたの」
初めて、チカと呼ばれている少女に感情の揺らぎが生じるのを確認した。
しかしその程度では能力が解除されることはない。
すっと息を吸い込む。
仮説がいかに正しくとも、それだけでは意味がない。
ここからおれは、この子を倒さなくてはならないのだから。
「違和感は最初に君が内田渚を誘拐するときからすでにあった。あのとき、君は上川も一緒に浮かせたな。けど、それは妙だ。あいつはただのダメハーレムで、君たちの探している珍しい能力者ではない。なのになぜ上川まで一緒にさらったのか」
実際、上川はその後天城たちと一緒に駐車場へと置き去られた。
必要でなかったのは明白だろう。
天城がしゃべっている間にも少女は何度か指を動かし、こちらを浮かせようと試みているようだった。
それは一度として成功しない。
「それを知るためにまず、煙玉を使った。白煙を直接操作できるのかどうかが知りたかったんだ。あのとき彼女がどうやって煙幕を退けたか、覚えてるかイチ?」
「えーっと、たしかトラックを落として吹き飛ばしたよね?」
「そうだ。風圧を使った。それで煙そのものは操作できないということがわかった。また内田渚が浮いたとき、そして今現在文香が浮いている姿を見て確信した」
「私ですか?」
浮かんでいる白河の長い髪は縦横無尽に膨らんでいる。
それは静電気によって逆立った姿にも似ているが、それよりも別の力の不在を想像させる。
「ああ、今の姿から察するに人を浮かせているのは無重力状態を作っているようにも見える。つまり空中での物体操作は重力の方向を操ってやっているんだろう」
自分が浮いたときにその推測を立てた。
だから友人たちに協力してもらい、作用反作用の法則で上昇を試みたのだ。
それが成功したことも仮説の正しさを補強している。
「さて、ここで最初の疑問に戻る。なぜ上川も連れ去られたのか。結論はこうだ。君は上川を一緒に誘拐しようとしたのではなく、一緒にさらわざるをえなかった。なぜなら、あいつは意識を失っても内田渚の手を放さなかったから」
「どういうことなの、天城? あんた、いちいちまわりくどいわ」
「やーい、アマギン。委員長にまで言われてやんの」
「やれやれだ」
話している相手よりも友人たちのほうがゆっくりと説明させてはくれないようだ。
この長さもまた作戦のうちなのだが、仕方がない。
「重力操作は生身の肉体が触れているものも一緒に操作してしまうんじゃないか? だからあのとき上川も一緒に連れ去った」
一ノ瀬のコメディスキルと同じだ。
対象の指定を厳密におこなうことができない。
「そして、今その推測が正しいかどうかを試してみたわけだ」
天城は片足をあげて、足の裏を少女に向けた。靴と靴下は脱ぎ捨てたため素足である。
「トラックを持ち上げることはできても、この施設ごとオレを無重力状態に放り込むのは無理だろ? つまりこうして裸足でいるかぎり、おれは君の能力の対象にならない」
結論を告げると、少女の表情がかすかに険しくなったような気がした。
「……それでも、排除することは可能」
とん、と少女が軽く地面を蹴る。
それだけでまるで月にいるかのように、数メートルも跳び上がった。
天井近くまで達した少女はくるりとこちらに足を向け、急速に落下してくる。
まずい、と思ったところで避けられるような速度ではない。
「くっ……!」
重力加速度がのった蹴りは、とても華奢な体から生み出されるとは思えない重みがあった。
とっさに腕を交差させて直撃を防いだが、勢いを殺しきれない。
あまりの衝撃に上体が倒れ、地面についていた足が浮いてしまう。
不意に発生する、地面と壁が入れ替わるような感覚。
そして、落下。
重力操作。
そのことを理解するころにはもう廊下の壁にまで真っ逆さまに落ちていた。
頭をかばいそこねて、目の前に火花が散る。
くらんだ視界の中で、空中で静止していた少女が再び落下してくるのが見えた。
今度は防御が間に合わない。
「う、がっ……!」
胸部に少女の靴がくいこみ、肺から空気が強制的に絞り出される。
その痛みに意識をもっていかれそうになる。
「対象を相手に限定する必要はない。私自身も対象となる」
「な、なるほどな。けど、それは想定の範囲内だ」
重力を操れば、立体的な軌道が可能になる。
実演されたとおり、落下を操作できるなら攻撃力も飛躍的に向上するのだろう。
それは意外なことではない。
「つかまえたぞ」
少女の足を片手で掴み、もう一方の手で廊下の手すりを掴んだ。
こうすればこれ以上どこかに向かって落ちるのは避けられる。
「わからない人。一度操作した重力変化は私が解除しないかぎりは有効」
つまり、と少女が掴まれていないほうの足で天城のあごを蹴りあげられる。
口の中が切れて、一気に口腔内に血の味が広がる。
「私の有利は揺るがない」
「ぐっ……わかってる。だから、せいぜい我慢しろよ」
「え?」
「いっけぇ!」
突然聞こえた上川の声に少女が振り向く。
だが、もう遅い。
すでにこっそりと部屋に入った上川が、無重力状態の仙石と一ノ瀬を廊下側に向かって押し出した後だ。
「いくわよっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、委員長!」
思わず笑みがもれる。
「暴力系ヒロインの一撃は、かなり痛いぞ」
「おりゃああああ!」
仙石の拳が、振り向いた少女の顔面に炸裂する。
聞くだけでこっちまで痛くなりそうな強烈な音が響きわたる。
思わず殴られていないのに顔をしかめてしまった。
「か……っ……」
小さなうめき声をあげて少女が気絶する。
能力が解除され、重力操作の対象となっていた各々がほとんど同時に床にどさりと落ちた。
「やれやれ……あー、きつかった」
手すりを掴んだままずるずると座り込み、大きく息をはく。
鉄棒をさわったあとのような血のにおいが鼻について不快だったが、安堵感のほうが勝った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます