第16話 爆発オチ
天城は倒れたマネキンからロングコートを引き剥がす。
それを羽織ると、襟を立て、帽子をかぶった。
「なにしてんの、アマギン」
「変装。敵の本拠地に乗り込むんだから、これくらいはしておけ。ほらお前たちも」
「え~……オレ、髪つぶれるから帽子やだなぁ」
「心配すんな、イチ。帽子をかぶっても身長は高く見える」
「チビではない! ナポレオンと同じくらい身長あるから!」
「いつもそれ言うけど、俺ナポレオンの身長が何センチなのか知らないんだよね」
笑いながら、上川もコートを羽織る。六月にこんな暑苦しい格好をするとは思っていなかった。
めったにかぶらない帽子もかぶると、これで変装は完了だ。
「絶対低く見えるわー、チビじゃないのに。低く見えちゃうわー」
身長を気にする一ノ瀬は不満げに帽子を頭にのせ、コートを羽織った。
裾を少し引きずっているのは指摘しないでおいた。
三人でマネキンっぽく見えるように一列になって進んでいく。
先頭はレーダーを手にした天城で、最後尾は一ノ瀬だ。
「ところで、上川。連中は内田渚を狙っていたようだが、彼女のスキルがどういうものか知らないか?」
「詳しくは知らないけど、さっきトラックを消したのは内田さんだったと思う」
先ほどの光景を思い出す。
頭上から迫るトラック。
内田が発した拒絶の声。
そして車は消えた。
「え、あのときのアレって内田さんがやったん!?」
「消す、か。テレポーテーションでどこかに飛ばしたとかだろうか?」
「いや、バラバラになってたような気がする。トラックが端から砂みたいになって、それからさらに細かくなっていくような、そんな感じ」
「ほえ~……そりゃ大した力だぁね。なら最初から使ってくれればよかったのに」
「違うな、イチ。状況から考えるに、内田渚は能力を使えなかったと解釈するべきだ」
天城は真剣に考えだしたようで、若干歩みが遅くなる。
「トラックを消したなら、能力は単純に分解する力だと考えていいだろう。あらゆる部品、ガソリンといった液体も含めて、跡形もなく分解できるというのは恐ろしいな」
「だったら分類はバトル系ヒロインかねぇ? ラノベ特区のバトル系スキルは時々アメコミばりにすごいやつあるし」
「そういえばあの宮永って人が言ってたよ。内田さんの能力は特区の中でも珍しいって」
「しかし、それを内田渚は使ってこなかった。強力すぎることも加味して考えれば能力を制御できないと思っていいだろう」
「えっと、強力で制御不能、そんで珍しいんだっけ。それなら分類は、ん~と」
ふざけたように一ノ瀬は人差し指でくるくると空気を混ぜていたが、ふとその動きが止まった。
振り返って見ると、顔にはぎこちない笑みを浮かんべていた。
「……まさかとは思うけど、セカイ系ヒロインってことは……ないよねぇ?」
「セカイ系? それってどういう話?」
「うえっち、知らんの? 昔流行ったんだぜ。まぁ、最近はあんまり見なくなったけど」
一ノ瀬がうっとうしそうに帽子をさわりながら続ける。
「厳密な定義はオレも詳しくはないけどセカイ系のヒロインには特徴があるんよ。それが、個人で世界を危機に陥れることができる存在ってこと。だから、セカイ系。ヒロインと世界と、どっちをとる? みたいなやつ」
「世界の危機? 魔王が世界征服するみたいなもの?」
「いや、もっとすさまじいイメージ。もしも内田さんがセカイ系なら、全世界をチリにしてしまえるくらいの規模かなぁ」
「それってマジですか、イッチー」
話の規模があまりにも大きい。
一瞬、砂漠のようになった地球を一人で歩く内田の姿を想像してしまう。
それでも絵になりそうなくらい綺麗なのだろうけれど、一人きりでは寂しい気がした。
「もちろん大マジよ。だから、珍しくて、強力っていう点で言えばセカイ系ヒロインしかいないわけで。そこに制御できないとまでくれば、これはもうほぼ確定だね」
丁寧な説明を受けてもイマイチ理解できなかった。
それでも内田が自らの能力を好ましく思っていないことだけはわかっている。
あの暗い表情を思い出せば、疑問を挟む余地などない。
「心配しすぎるなよ、上川」
先頭を歩く天城が、首だけ振り向いて言う。
「相手にとってそれだけ重要ってことは、丁重にもてなされているに違いない。文香たちも無事だろう」
「うん。あ、そうそう、天城。白河さんが天城のことすごく褒めてたよ」
友人を喜ばせてやろうと言ったのだが、途端に天城の表情が凍りつく。
無表情を無理に作ろうとするから、逆に感情が読みやすい。
「ど、どうしたの?」
「いや……大した問題じゃないんだが、文香が勘違いをしていてな。多分、その言葉はお前じゃなくて内田渚に言ったんじゃないか?」
「うん、そうだったけど」
「やれやれ、やっぱりか」
はぁ、と天城が重い溜息をつく。
「昨日、女子寮に忍び込んだとき文香に会ったんだ。それでちょうどいいから、内田渚の部屋番号を聞いた。その結果、文香におれが内田渚のことが好きだと勘違いされてしまった」
「ぶふっ!」
背後で一ノ瀬が噴き出す。
笑いがこらえられなかったのだろう。
「アマギン、気の毒……くくくっ」
「そういうのは笑わずに言え。それと、マネキンにさらわれた内田渚を追いかけている姿も見られている」
「あー、そりゃお姫様が勘違いしても仕方ないわ。アマギン、最高に気の毒だわ」
そこでまた一ノ瀬が「ぐふっ」とくぐもった笑い声をもらす。
上川としては笑いごとではない。
「ごめん、天城。俺のせいで」
「いいや、オレが悪いんだ。状況だけを切り取ってみれば、勘違いされても仕方がないからな。あまり気にするな。そのうち、誤解もとけるだろう」
「気にするよ! だから俺がちゃんと白河さんには説明して、誤解をとくから!」
話せばすぐにわかるはずだ。
打ち明けるのが恥ずかしい話なのはそうだが、天城の気持ちを思えば放置しておくことはできない。
「まぁ、雑談は終わりだ。もうすぐ着くぞ」
上川の言葉には答えず、天城は正面の建物をあごで示した。
その白く巨大な建物は病院を上川に連想させる。
正面には見張りの立った入り口があり、その脇には地下駐車場に通じているであろうスロープもあった。
「文香たちはこの中だ」
「じゃあ、早速潜入しようぜ!」
「待て、イチ。いくら変装をしていても、正面から入るわけにはいかないだろう」
「じゃあ、どうすんのさ」
「入り口は作ればいい。行くぞ。まずは侵入できそうな場所を探す」
見張りのいる入り口を避け、建物の周囲をぐるりと回る。
すると、突然天城が足を止めた。
「窓があるな」
「そりゃあるけど……小さいよ」
天城の見上げる先には二メートルほどの高さに小窓がつけられている。
数センチ開いてはいたが、たとえ全開であっても頭しか通らないだろう。
「悪いが、二人で中を覗いてみてくれるか?」
「それはいいけど。じゃあイッチー、肩車するから見てよ」
「がってん!」
自分よりも小柄な一ノ瀬を肩車して、上川は立ち上がった。
頭上の一ノ瀬が、両手を窓に伸ばす。
「お、おぉ……なんかトイレみたいだよ。しかも、残念ながら男子トイレ。便器と個室が並んでる。人影はなし。マネキンはトイレ使わんもんね。個室の扉も全開よ」
「よし、ありがとう。それなら、侵入するのはここでいいだろう」
「ここでいいって……」
一ノ瀬を地面に下ろしながら、上川は問いかける。
「あの窓から侵入するのは無理があるよ」
「わかってる。だから、今からこの壁を爆破するんだ」
「……え? なんだって?」
聞き返したのは難聴スキルで聞こえなかったからではなかった。
むしろはっきりと聞こえたからこそ、聞き返したのだ。
「爆破するんだよ」
天城はレジに表示された金額を読み上げるような気軽さで、同じ内容を繰り返す。
「横穴をあけて侵入すれば、相手の対応も遅れる。爆弾を用意しておいて助かった。ほら、離れろイチ」
「ひー、お助けー!」
天城は自分の後頭部に反対側の手を突っ込むとそこから、指先ほどの大きさしかない怪しげな装置を取り出した。
そしてそれを壁に手早く取り付け始める。
後ろから見るとなにかの職人のようでもあるが、作業内容は破壊工作だ。
「やっぱりレーダーと一緒で、白河さん関連のアイテムなんだろうね」
「ああ。前に文香を連れ戻すとき、洞窟で岩盤を除去するのに困ってな。それで、一つくらいは爆発物を持ち運ぼうと思ったわけだ。威力はそれほどでもないと聞いているが、おれたちが通り抜けられる程度の穴はあくだろう」
「へ、へぇ……ちなみに、爆弾はどうやって入手したの?」
「昨日見ただろ。おれ宛の宅配便。この爆弾はあれの中に入ってたんだ」
あっさりと驚愕の事実を明かされる。
開けると爆発するかもしれないとは言われたがまさか本当に爆弾が入っているとは思っていなかった。
「そんなん通販で売ってくれんの? アマギンってただの高校生だよね?」
「通販じゃない。知り合いからって言っただろ。文香を連れ戻す過程で色んな人と知り合う機会があってな。そういう人に頼むんだ。お金はもちろん払うけどな」
「それにしたって限度があるんでしょうが! 煙幕といい爆弾といい、なんなの! もうアマギン一人でアクション映画ができそうなんだけど!」
「とかなんとか話しているうちに設置が終わったぞ。お前ら離れてろ。あと、イチがいるから大丈夫だとは思うが息はするなよ。熱風で気管が焼けただれるぞ」
「怖いんだけど! 言うことがやたら怖いんだけど!」
「いたい、いたい! 抱きつかないでよ、イッチー!」
「やれやれ、いくぞ」
警告に従い、数メートル避難する。
それを確認した天城が爆弾を起動してから、こちらに駆け寄ってきた。
壁に取り付けられた爆弾が赤く点滅を始める。
その予備動作はこちらの恐怖感をあおってくる。
上川は一ノ瀬と抱きあうようにして、来るべき瞬間を思い身構えた。
ピー、ピー、と甲高い電子音がまるでカウントダウンのように鳴り響く。
そして爆発。
壁が壊れる爆音。
目の前が真っ白になるような、強烈な閃光と吹き飛ばされそうな爆風。
喉が焼けそうなくらい周囲の空気が熱せられる。
熱風にあおられて、尻もちをついた。
巻き上がった煙が晴れると、壁だけでなく便器や個室までもが吹き飛んだ建物の内側が見えた。
「ごほっ、ごほっ……どうなってるんだよ、天城……」
「や、やれやれだ。これはおれも想像してなかった……すごい威力だな」
「オレいなかったら、死ねるレベルじゃない? そうなったらもうただの大がかりな自殺でしょ、これ!」
三人とも一ノ瀬のスキルで無事だったが、全身がすすにまみれ、口からは黒煙が吹き上がる。
見た目に似合わず、車の一台くらいは跡形もなく吹き飛ばせそうな威力だ。
「何の音だ!」
建物の内外から怒鳴り声と無数の足音が近づいてくる。
放心している暇もない。
あわててすすを払いながら、立ち上がった。
「うわ、やばい! 天城がバカみたいな音出すから!」
「ええい、うるさい! とっとと忍びこむぞ」
「もう全然忍んでないけどね。あー、オレさっき回復したばっかなのにまた気絶しちゃうぞぉ」
こげくさいロングコートと帽子を脱ぎ捨てて、巨大な壁の穴から内部に侵入する。
砕けた陶器が散らばる床を踏み越え、ほとんど用をなさないトイレの扉を蹴破り廊下に出た。
だが、足音は左右どちらからも聞こえていた。
もちろん背後からも。
上川はヒントを求めて周囲に目を向ける。
「天城、あれ!」
天井近くに、ギリギリもぐりこめそうな通風口がある。
フタはついているが、追手と戦うよりかはマシだろう。
「通風口か。でかした、上川!」
天城がポケットからペンチを取り出すと、通風口のフタを引き剥がす。
ネジを外すたびに激しい音がしたが、さっきの爆発音に比べれば小鳥のさえずりのようなものだ。
そうして十秒とかからずに通風口のフタが床に落とされる。
「よし、行くぞ!」
「がってん!」
天城が通風口にもぐりこみ、その後に一ノ瀬が続いた。
上川も最後に跳躍して、通風口に逃げ込む。
そこは高校生男子がもぐりこむには冗談にしても狭い空間だった。
四つん這いで動いても頭や肩をそこらじゅうにぶつけてしまう。
光は部屋の灯りが下からわずかに差し込んでくるのみのため、とても暗い。
「あ!」
「どうしたの、イッチー」
「これ、もしかして女子も一緒だったらスカートによってステキイベントに発展しうるシチュエーションじゃね? くそー、なんで男ばっかりなんよ!」
「俺、こんなところでラッキースケベしたら大変なことになりそうだから、男ばっかりで良かったよ」
「あのさ、お前ら一応言っとくけど、さっきのところフタ閉めてないからな。それとここはダクトだ」
「知ってるよ? でもさすがにここまでもぐっては来ないっしょ」
「もぐってはこなくとも――」
天城の声をかきけすように、下からの銃弾が一ノ瀬の鼻先をかすめて頭上にささった。
「いー……!」
前髪を何本かかすめとられたショックで一ノ瀬が口をパクパクとさせる。
実際には撃たれなかった上川も、驚きで頭を天井にぶつけてしまった。
「下から撃ってはくるぞ」
「は、はよ言え!」
「前進! 天城もイッチーも急いで! 俺、最後尾なんだから!」
三人は銃声が響く中、大急ぎでダクトを這いずりまわった。
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