第三章 大人のための日曜日
第15話 かっこわるい追跡
「反応は間違いなくここで途絶えている」
上川を湖から引っ張りあげてくれた天城は、持っていたレーダーを示して言った。
「手持ちのレーダーでは追えないほどの距離に一瞬で移動されたんだろう」
「ってことは……どういうことなん?」
気絶していた一ノ瀬がむくりと起きる。
回復の速さも一ノ瀬の長所の一つだ。
「まず間違いなくなんらかのスキルだろうな」
天城と一ノ瀬の会話を聞きながら、上川は濁った池の水面を眺める。
空から見たとき、ここへ車が入っていくのをたしかに見た。
天城の話もそれを裏付けている。
問題はどうやって、ここから別の場所へ行ったのかだ。
「そういえば天城、車が消える前になにか投げ入れるのが見えたよね」
「ああ。だが、双眼鏡で見てもなにかはわからなかった。赤い、ビー玉のようなものだったと思うんだが」
「赤いビー玉……ビー玉?」
その言葉で連想できるものは一つしかない。
「飴だ! 俺、あの宮永って人に飴玉を渡された。それの色が赤だったよ!」
「飴玉? なんでそんなもんを」
「フィクションテクノロジーだって言ってた。あの人、俺たちの力みたいなのを調べている研究者なんだって」
「いや、待て。スキルの研究は国が認可した機関にしか許されていないはずだ。それに人間を対象にした実験のたぐいは国際法で禁止されている」
「誘拐犯が法律を守るように思う?」
「やれやれ、そうだな。で、フィクションテクノロジーだったか?」
「うん。俺がもらった飴玉は食べると一日は満腹でいられるらしいよ。人からもらったもの、っていう条件はつくみたいだけど」
「なるほどな。湖もそれと似た原理なんだろう。そこに飴玉を投げ入れたということは、それが別の空間につながるための条件か」
それなら一応の説明がつく。
追いかける方法もだ。
「じゃあ飴玉があれば……って、うえっち。それ食べちゃったんでしょ? 使えなくね?」
「大丈夫! 緊張しすぎて、丸呑みしちゃったからいけるはず」
「いけるはずって、もしかして……前から思ってたけどうえっち、結構捨て身だよね」
「内田さんがさらわれたんだ。できることならなんでもやるよ」
脳裏には先ほどの光景――トラックが消え去ったあのときのこと――がこびりついて離れないのだ。
胃袋をひっくり返すくらい、大したことではない。
湖のふちに立って、飴玉を吐き出そうとしてみる。
方法は特に思いつかなかったため、その場でまずは回転してみることにした。
「あぁ、うえっちが三半規管をいためつけている!」
「無難なやり方だな。指を突っ込むと、喉を傷つける危険もある」
「そういうことじゃない気が……まぁ、アマギンだし仕方ないか」
そんな声をBGMに、一人だけ罰ゲームのように回りつづける。
すると三十回ぐらいで気持ち悪くなってきた。
「う、うぷっ……い、いけそ……」
かろうじてそれだけ口にすると、湖に顔を近づける。
そして静かに胃袋をひっくり返し、飴玉を吐き出した。
すると水面にうつる景色が変わった。
先ほどまで木の葉に隠された空と太陽をうつしていたそこには、見知らぬ建物がぼんやりとうつる。
「やったな、上川」
「本当に飴玉だったんだ。うえっちが丸飲みしてたおかげだぁね」
「うぅ、まっすぐ歩ける気がしないぃ……」
「無理するな。ほら、肩を貸してやる」
天城に支えてもらったまま、上川は水面に踏み出した。
不思議と濡れる感触はない。
かわりに落とし穴を踏んだときのように、足元の感覚が喪失する。
一瞬の暗転。
床が回転して、異なる場所へ移動するような奇妙な感覚。
改めて立っていたのは先ほどとよく似た水面の上だった。
湖ほどの深さはなく、靴底を濡らす程度の水しかない。
ただし、周りの景色は一変していた。
空を覆う巨大なドーム状の天井。
その下にはいくつかの近代的なビルが立ち並んでいた。
大きいものは校舎の数倍はあり、それがこの空間自体の広さを象徴している。
目をこらせば地平線さえ見えそうだ。
水面の向こうにこんな場所があるとは、今この場に立っていても信じられない気持ちだった。
なによりも、出た直後に四体ものマネキンが立っていたのでは、驚くほうが先に立つ。
「そりゃ、見張りくらいいるよな!」
向こうが動くよりも先に、天城が手近な一体の顔面を蹴り上げる。
帽子をかぶった頭がスコンと抜け、倒れる。
「アマギン、あと三体!」
「上川はともかくイチは少しくらい手伝えよ」
「って、言われても!」
一ノ瀬も別の一体に体当たりをして、機能停止に追い込む。
「殴られてもパンツ一つ見れない相手じゃ、がんばれないっす」
「ったく」
天城が三体目を蹴り倒し、外した頭部を最後の一体にぶつけて沈黙させる。
上川が目を回している間の、あっという間の出来事だった。
「いやぁ、大変だった」
「お前、一体しか倒してないだろうが」
「うっへっへ。しっかし、すげぇ広いね、ここ」
一ノ瀬は広い空間にかけだしてから、響きを確かめるように大きな声を出す。
「うわっ、見てみ! 巨大ロボまであるよ、あれ! 建物から頭出てるって!」
一ノ瀬の指差す先には、十メートルほどの高さがある建物が見えた。
そのてっぺんからは人型を模したロボットの頭部が突き出している。
「ビルからロボ! 燃えるなぁ! テンション上がるなぁ!」
「やはり湖はワープゲートのような役割を果たしていたな」
同じ空間にいても、一ノ瀬とは異なり天城は冷静に周囲を観察していた。
「異なる空間をつなぐ力、いや技術か。それならトラックや大量のマネキンを特区に持ち込むのも簡単だっただろう」
「アマギン、ロボ! ロボだよ!」
「はいはい。上川、立てるか?」
「ああ、うん。もう大丈夫」
若干の気持ち悪さは残っているが、まっすぐ歩けないほどではない。
「なら、まずは文香のいる建物を目指すか」
「え、わかるの?」
「当然だ」
不敵に微笑んだ天城は、先ほどのレーダーとは異なる端末を取り出す。
その画面の中心には点が打たれ、その周囲を時計の針のように緑の波紋が動いていた。
「これは単純に対象との距離を算出する機械だ。これをたどればいい」
「あれ? アマギン、山にリュックを忘れたから準備ができてないって言ってたよね?」
「これくらいの装備ならいつも持ち歩いている。リュックに入っていたのは武器類だ」
「ぶ、武器って……なんか恐ろしいわ~」
「女子がまとめて捕まっている可能性はある。内田渚が心配だろうが、まずは文香のもとを目指すぞ」
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