第18話 別行動


「イチ、彼女は無事か?」

「大丈夫、ちょっとお星さまが見えてるだけだよ」


 本来ならば重傷に至る仙石の拳を、一ノ瀬のスキルによって気絶にとどめた。


 あのスキルは周囲の力も巻き込んでコメディにできる。

 さっきの爆発で天城や上川が無事だったのと同じことを、白髪の少女に向かってやってもらったのだ。


 間違いなく天城の作戦は成功した。

 長い説明で相手を挑発し、感情を乱せば能力が使えなくなる。

 また、天城を攻撃してきた場合には仙石と一ノ瀬で無力化する。


 色々と文句を言ったものの、やっぱり天城はすごいと上川は素直に思った。


「しっかし、委員長の一撃は強烈なのね。しかも狙うのが顔面って。こわー」

「それなりに手加減したわよ。本気だったら、壁ごとぶちやぶってるわ」

「大丈夫ですか、恭平さん」

「ああ、これくらいは平気だ。それより文香、髪の毛が大変なことになっているぞ」


 解放感から場になごやかな空気が流れす。

 上川も、無事に白河たちを助けられてよかったと思う。

 しかし一つだけ不思議なことがあった。


 ここにいるべき人が、一人足りない。


「内田さんはここにいないの?」


 上川の言葉に、一緒に監禁されていると思われていた白河と仙石は暗い顔になる。


「その、内田さんは……」

「彼女は自分から付いて行ったわよ」


 投げつけるように仙石が答えた。

 その説明をうまく理解することができない。


「えっと……つまり、あの宮永ってやつに連れて行かれたってこと?」

「自分から付いて行ったって言ったでしょ。だからどこにいるのかもわからない」

「そっか。ありがとう。なら自力で探すよ」

「ちょっと、上川。あんた、あたしの話聞いてなかったの? 難聴スキル?」

「ちゃんと聞いたよ。だけど、それで内田さんに会わない理由にはならない。どうしても、直接会って話がしたいんだ」

「待った、うえっち」


 仙石を避けて出口に向かおうとすると、今度は一ノ瀬が立ちふさがった。

 常にない真剣な表情をした友人を前に、思わず足を止めてしまう。


「なぁ、うえっち。オレたちの予想が正しかったら、内田さんはセカイ系ヒロインなんだぜ? わかってる?」

「それは聞いたけどさ、正直よくわからないよ」


 セカイ系とかなんとか言われても、そういう分類を気にしたことはない。

 人に接するときも、ライトノベルを読むときもそれは同じだ。


「だろうと思ってさ。一つ教えとくよ。セカイ系ヒロインと接するときには一つ、大切なルールがあるんだ。セカイ系の主人公は基本的に誰もがそれを守ってる」

「それは?」

「相手の機嫌を損ねないようにすること」


 冗談のような答えに聞こえたが、一ノ瀬の顔はあくまでも真剣だった。


「相手は世界をどうこうできる力を持ってるんだぜ? そんな相手にやるべきなのは、周囲の人間が総出でご機嫌取りをすることだけだ。だから、内田さんが『来るな』って言ったなら、それには逆らうべきじゃないんよ」

「関係ないよ、イッチー。ここがどこで、内田さんがセカイ系ヒロインだろうがなんだろうが、関係ない。俺は単に会って、話をしたいだけだから」


 それだけしか今は頭にない。

 細かいことは会ってから考えるつもりだった。


「へへ、まぁそうだわな。うえっちはそういうやつだよ」


 一ノ瀬はいつものようにヘラヘラと笑う。その顔を見て上川もまたほっとした。


「じゃあ存分に行って来い。もしフラれても、骨は拾ってやんよ!」

「ありがとう、イッチー。じゃあ、俺行ってくるから!」


 道をあけてくれた一ノ瀬にそれだけ言うと、廊下に飛び出しかけて立ち止まる。

 白河さんの誤解をまだといてなかった。


「そうだ、白河さん」

「はい?」

「内田さんへの手紙、書いたの天城じゃなくて俺だから!」


 これで誤解もとけるだろう。

 あらためて、上川は廊下へと飛び出した。


 ***


「あ~、もう! どうして行かせちゃうのよ、一ノ瀬!」

「どうしてもこうしても、恋する男にはあらゆる障害が通用しないものなのだよ。相手がたとえ世界でもさ。ふっふっふ」

「なにそれ、意味わかんない」


 どうやら仙石は心底呆れているようだ。


 天城としては上川がどうしたいのかは一ノ瀬と同様わかっていた。

 違うのは忠告をする気がないというところだけだ。

 おれはあいつの分までこれからのことを考えてやれば、それでいい。


「やれやれ、じゃあここからは役割分担をしよう。仙石、イチと文香を連れてここからの脱出手段を探してくれるか」

「それは構わないけど、脱出手段って具体的にはどんなもののことなのよ?」

「なんでもいい。車でもバスでも、なんならロケットだって構いやしない。このヘンテコ空間から全員で脱出する手段を見繕ってくれ」


 あの水面による空間移動の条件はまだはっきりとはわかっていないが、なんにしても全員をのせる移動手段はあったほうがいい。


「全員でって言ってもねぇ……上川はどうするの?」

「ほっとけ。たしかに、あいつは基本バカでヘタレでマヌケのダメハーレムだ」

「一息でめちゃめちゃけなしたわね……」

「けどな、上川はここぞというときには絶対にはずさない」


 たとえばラブレター。

 たとえば内田が連れ去られるときの行動。


 上川ならきっとうまくやる。

 友人のそういった部分を天城は信頼していた。


「恭平さんはどうするんですか?」

「おれは別にやることがあるんだ」

「じゃあ私、一緒に行きます」

「ダメだ。仙石やイチと一緒のほうが安全に決まってる」

「イヤです。だって、恭平さん一人じゃ寂しいでしょう?」

「寂しいって……お前」


 バカげた理由だ。

 でも、白河はあくまで真剣に自分のことを思いやっているのだとわかる。


 なにより子供の頃から、天城は白河のこの目に弱かった。

 まっすぐ見つめられてしまうと、どんなことでもダメだとは言えなくなってしまう。


「やれやれ……わかったよ。じゃあ、文香はおれと来い。おいイチ、ニヤニヤすんな。さっさと行け、アホ」

「へいへーい。グフフ」

「なに気持ち悪い笑い方してんの。ほら行くわよ、一ノ瀬」


 ニヤニヤ笑いの一ノ瀬は仙石にひきずられるようにして、部屋を出て行った。


「まったく……さて、おれたちも行くか」

「あの、恭平さん。その、彼女はこのまま置いていくんですか?」


 白河が気づかっていたのは、未だ仙石の一撃から目覚めない白髪の少女のことだった。


「ま、このままここに置いていくわけにもいかないよな。仕方ない」


 気絶した少女を背負うと脱いだ上着で自分の体にしばりつける。

 こうしておけば、目が覚めてもとりあえずの対策にはなるだろう。

 天城が裸足のままでいればなおさらだ。


「もう忘れものはないな。じゃあ行くぞ」

「はい」


 天城の先に立って、一歩踏み出してから白河は困ったように振り返った。


「え~っと……それで、恭平さんはどこに向かうつもりなんでしたっけ?」

「とりあえず、コントロールルームみたいなところを探すつもりだ」

「コントロールルーム、ですか?」

「ああ。見てみろ」


 廊下に取り付けられた監視カメラを、うつらないよう隠れたまま指さす。


「ああいう映像を管理している部屋がどこかにあるはずだ。そこからなら、上川がどこをほっつき歩いているのかも、あいつがどこを目指さないといけないのかもわかる」

「ふふっ……さっきはあんなこと言ってたのに、やっぱり心配してるんですね」

「まぁ、その、なんだ。あいつが輝くのは本当にいざってときだけなんだよ。今もあいつが闇雲に施設を走り回って迷子になっている姿が、目に浮かぶようだ」

「上川さん、そういえばさっきお手紙のことを言ってましたね。私、勘違いしてました」


 誤解がとける。

 期待する天城に向かって、白河は満面の笑顔で続けた。


「恭平さんは上川さんにラブレターの代筆を頼んだんですね!」

「あぁ……そうくるか」

「でも、やっぱり自分の想いは自分の言葉で伝えるのがいいと思いますよ」

「いや……まぁ、うん……」


 はっきり説明しようにも、新しい勘違いを生まない説明をどうすればいいのか。

 天城にはまだ考えつかなかった。

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