第五章 地下迷宮七人からくり物語 その2
華生とカナが通路を歩いていると、またまた右に曲がる角が見えてきた。
「これ、どんな構造になってるんだろう。ずっと右曲がりだけど」
「おそらく、グルグルと渦を巻いた螺旋状になっているのだと思います。回っていって、最深部である中心の部屋に『かわいいコック』があるのかもしれません」
「てことは、次の通路は長い通路だよね? 今までのパターンからすれば」
「そうなりますね」
「次はどんなのが待ってるんだろう」
華生とカナは期待と不安が入り交じりつつ、角を曲がった。
「ん?」
角を曲がった華生の目に飛び込んできたのは、予想通りの長い通路。通ってきた通路と見た目も変わらず、途中には何も見えない。
ただ違いがあるとすれば、今までの通路の中で一番長く感じるというぐらいだ。
「なんか長くない? 中心に向かってるんじゃあなかったの?」
「おかしいですね。中心から外に向かう構造だとしたら、最初の方の通路が長すぎると思うのですが……」
「まぁ、どっちでもいいや。行こうよ」
「そうですね」
華生とカナは並んで通路を歩く。何か起こるような気配は無い。
足音もほとんど立たず、静かな通路を進んでいく。
が、中間地点に近くなってきた所で、二人の肩がぶつかった。
華生とカナは足を止めてお互いの肩を見た後に壁を見る。
そこでようやく自分の身に起きていることが飲み込めて、二人は顔を見合わせた。
「ねぇ、カナちゃん。気のせいじゃないかもしれないけど、なんだか通路が狭くなってない?」
「ハナさんの気のせいではなく、段々と通路が狭くなってますね」
「通路が長ぁーく見えたけど、実は錯覚だったのかなぁ」
「感覚を狂わせる為、なのかもしれないですね。と、なると、この先は並んで歩けませんね」
「私が先に行くよ」
最初のボタンのような罠があれば、カナは簡単にひっかかりそうである。
それを避ける為にも華生が前を歩くことにして、さらに通路を進んだ。
結局、次の角までに何か起こるということは無かった。だが、天井は飛べば手が届くほどに低くなり、両側の壁は手を目一杯広げれば届くぐらい、通路は狭くなっていた。
「……狭い」
前を歩く華生が漏らす。
段々と迫ってくる壁に潰されそうで、圧迫感を感じていた。
「市営地下鉄の三号線が建設費を抑えるために掘る面積の小さいミニ地下鉄にしたっていうのを聞いたことがあるけど、これも同じような物なのかな?」
「それが理由では無いと思いますが、さっきのロープのところとは正反対ですね。これでは、何か起きても身動きが取れないですよ」
「それが狙い?」
「なんとも言えないですね。長距離を歩いたように見せかけて精神的に疲れさせる為かと思いましたが、槻田さんが歩く時も同じ感覚になるのではないかと思うと、違うような気がして……」
「大体、あのおじいさんもここ通るの?」
「そ、それは……」
カナは言葉に詰まった。その答えが分かる訳がない。
もし通ってたとしたら、なかなか熾烈な散歩コースだ。軽い運動どころの話ではない。
「ま、何も無ければいいけどね」
二人は角を右に曲がった。
次は短い通路である。狭い通路のまま、次の角まで続くようだ。
「やっぱ予算の問題か……」
二人が三分の一ほど歩いて来たところで、微弱な振動を感じた。
華生は足を止め、カナも華生に合わせて足を止めた。
「カナちゃん、何か押した?」
「いえ、まだ何も触ってないですよ?」
「……まだ?」
「いえ、触るつもりは無いのですが」
「なんか踏んじゃったかなぁ」
華生は足を上げて床を見てみるが、何かあるような感じはしない。
「ハナさん、前方!」
カナが前を指差した。華生は顔を上げて前を見ると、二十メートルほど先の床がゆっくりとスライドして開いていくのが見えた。
「なに? なにが出てくるの?」
床が開ききると、今度は下から巨大な物体がせり上がってきた。
通路の幅いっぱいに広がっている、ずんぐりとした巨大な木目調の身体。
そこから伸びる短めの四本足。
目から鋭い眼光を放つ頭には牛革が貼られ、立派な角が二本生えていた。
「……どうみても、牛さんですね」
「ああ牛だ」
目の前にいるのは、巨大な牛のからくり人形だった。
先ほどまでの通路の広さならさして大きくも見えないだろうし、避けるだけのスペースもあっただろうが、狭くなった通路いっぱいの大きな牛は、実際の大きさよりもはるかに大きく感じる。
「あれだけ大きいと、しばらく食事に困りませんね。所長も喜ぶと思います」
「食べれないよ!」
「食べられないのですか?」
「どう見ても人工の牛だよ! からくり人形。だいたい、どうやって持って帰るのよ」
「すみません。そこまで考えていませんでした」
そんな目の前にいる巨大な牛のからくり人形は、通路が震えるほどの大きな雄叫びをあげた後、頭を下げて角をこちらに向けてきた。
華生とカナはこの後に起こるであろうことが、頭の中でよぎった。
「ねぇ、カナちゃん。この後、どうなると思う? あまり想像したくは無いんだけど……」
「角を向けているということは、一つしか無いと思いますが……」
牛のからくり人形は、華生とカナ目掛けて突進してきた。
「ちょおおおおおぁぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
華生は思わず叫んだが、声を出したところで牛が止まる気配を見せるなんて、ある訳が無い。
牛の左右に回避できるようなスペースは無い。牛と壁の間に挟まれるだろう。
踵を返して逃げても、曲がり角まで逃げきれそうもない。牛のスピードの方が、明らかに早い。
パンチで仕留める──無理。
なんて考えている間にも、牛は凄まじい勢いでどんどんと迫ってくる。牛で轢死なんて、最悪の終わり方だ。歴史にも残らないだろう。
「どうすれば……」
ふと牛の方を見ると、牛の上に少し空間が見えた。左右は通路いっぱいでも、高さは通路いっぱいでは無いようだ。
「カナちゃん! 上!」
華生はそう叫ぶと、身体を水平にして両手両足を壁につき、そのまま登って背中を天井に張り付けた。カナも華生を真似て、天井に張り付く。
その直後、牛のからくり人形が二人の真下を猛スピードで通過していく。
「うぷっ……」
猛牛が引き裂いた空気の風圧をモロに受け、華生は顔をしかめた。
その風は、すぐに収まる。
牛が通過していった後、華生は頭を上げて牛を見送った。
スピードを落とさない牛のからくり人形が曲がり角に近付くと、壁が開き始める。牛がその中へと飛び込んでいくと、すぐに壁は閉まってしまった。
通路はまた静かな空間へと戻る。
「……行ったね。壁の向こうへ」
「行きましたね。どこへ行ったのでしょう」
「また前に戻ってきたりして」
「今のうちに、先へ進んだ方がよさそうですね」
華生とカナは両手両足を離して、床に降り立った。
「カナちゃん、大丈夫?」
そう聞かれたカナは身体のあちこちを見回した後に少し身体を動かして、華生の顔を見る。
「大丈夫です。あまりの勢いに、胸が持って行かれるかと思いました」
「ああ……そう」
華生は冷ややかな反応を返す。
別に華生も決して小さい方では無いし、カナがイヤミで言っているわけではないというのは、分かってる。頭で分かってはいるが、何か引っかかる。
おじさんは機能が詰まっているから大きくなったと言っていたが、本当に機能が詰まっているのか、それとも人間そっくりであるのか、チャンスが有れば一度確かめてみなければならないだろう。
それを実現する為には、ここから無事に戻らなければならないのだが。
「んじゃあ、行こっか。牛が戻ってくる前に」
華生が先に進もうとしたが、カナはその場にとどまっていた。
「からくり人形の牛さんを持って帰りたいのですが、いいアイデア無いでしょうか。ああいう珍しいからくり人形、所長が喜ぶと思うのです」
「……まだ持って帰るつもりだったの?」
華生はカナが意見を中々変えようとしない頑固な性格だと感じた。自分の意見を貫く人と言い換えれば、少しかっこいいかもしれない。
おじさんとは真逆だ。そこは似なかったらしい。
「なんとかして持って帰りたいです。どうにか出来ないでしょうか」
「無理無理。行くよ」
粘るカナを説得するのは無理と感じた華生は、カナの手を無理矢理引いて先へと進んだ。
「あぁ……愛しの牛さん……」
カナは角を曲がるまで、名残惜しそうに牛が消えた方向を見つめていた。
「……ねぇ、カナちゃん。今度はなにが出るんだと思う?」
「先ほど出たのが牛さんだったので、今度は豚さんか鶏さんかもしれませんよ?」
「肉限定なの?」
「牛の次に連想する物と言えば、豚か鶏ではないのですか?」
「うん。違うと思うよ」
角を曲がった華生とカナの目の前にあるのは、天井が垂直に下がっていて立って歩けないほどに低くなった通路だった。さっき出たような巨大な牛が出る可能性は無いだろう。ただ、何か出て来ても逃げられる可能性は低い。
「大丈夫なんかなぁ、これ」
華生はしゃがんで狭い通路を覗き込む。向こうの方からほのかな光が差し込んでいるのが見えた。
見たところ、しゃがんだまま歩いて抜けられそうではある。ただ、四つん這いになった方が、遥かに進みやすいだろう。
「とりあえず、進んでみよっか。カナちゃん、向こうに何かいそう?」
「少々お待ち下さい」
カナは狭くなった通路の前にしゃがみこみ、穴の方へセンサーを集中させる。
「──通路の向こうから走る足音が聞こえま……あ、途切れました」
「え?」
足音が途絶えた。
おそらくアシホの足音だとは思われるが、なんらかの理由で走れなくなっているという可能性がある。
アシホが罠にかかった。
ロープのあったところみたいに、足場が無くなった。
実はゴール。
理由は色々考えられるが、ここからではまったく分からない。
「カナちゃん、行こう。この向こうで何か起こってるのは、間違いない」
「はい」
華生は四つん這いになり、天井が低くなった通路を進み始めた。カナも同じようしてに後を追う。
光が差し込んでいる出口と思われる場所まであと半分というぐらいのところで、
「ハナさん。私、思うのですけど……」
とカナが声をかけてきた。
「なぁに?」
華生は前に進みながら聞く。
「ハナさん、お尻大きくないですか? 何か機能が詰まっているのですか?」
「なな、何言ってんの!?」
華生は顔を赤らめて、思わず進む足を止めてしまった。華生が急に止まったので、カナの顔は華生の大きなお尻にぶつかりそうになってしまった。
「ハナさん、急に止まらないで下さい。ぶつかりそうになりましたよ」
「い、いきなりカナちゃんが変なこと言うから」
狭い通路で華生が前を進んでいるので、カナから見える風景は華生のお尻だけなのだから、こんな感想が出るのも仕方無いかもしれない。
だが、この場で言わなくてもいいと思う。
「所長が言っていました。『お尻の良さが分かれば、立派な一人前の大人だぞぉ』と。私にはまだ、そのことが良く分かりません」
「うん。それは一生分からなくても大丈夫だと思うよ」
「私、一人前の大人になれないのでしょうか?」
「うーん……そんなことは無いんじゃないかな? でも、お尻分かんなくても、大人にはなれると思う」
「そうですか」
カナを作ったおじさんそっくりだと思う部分があったり、違う部分があったりと、まだまだカナについて知らないことが多すぎると実感しつつ、華生は再び前に進み出した。
結局、狭い通路内では何事も起こらず、出口が近付いていた。
「なんなんだろうね、この通路。意味もなく、天井が低いだけなのかな」
「槻田さんが運動したいのかもしれませんね」
確かに天井は低いが、横の壁はあまり狭いとは感じない。幅は先ほどの牛の通路と変わってないはずなのに、だ。
あのおじいちゃんでもラクラク通れるだろうなぁ。でも、違う気がする。絶対ここ通ってない──などと思ったところで、狭い通路を抜けた。
「あぁー、もう。汚れたっ」
華生は立ち上がって手と膝をはたくと、周りを見回した。
なにもかもが狭くなる前の通路に戻っているように見えた。
一つを除いて。
「あー、なるほどねぇ……」
見上げた華生の目に飛び込んできたのは、アシホを捕らえた網が天井からぶら下がっているという姿だった。
狭い通路を抜けた後、広くなったことで安心をして、駆け出した瞬間に捕まったのだろうということは、容易に想像できる。
「ひぃー。助けてぇー」
狭い網の中で泣いて懇願するアシホを見上げていると、
「よいしょっと」
後ろからカナの声がした。
カナも通路を抜けてきたようで、立ち上がるとすぐにアシホの姿が目に飛び込んできた。
「ハナさん。トンネル出口は事故が多いので、気を付けて運転しないといけないのですが、人間が歩く時でも事故が多い物なのでしょうか……」
「いや……多分起こらないし、カナちゃん運転者みたいに言うけど、免許十八歳からだからね。あ、でも二輪は大丈夫なのか」
「二輪ですか? 飯塚の試験場で取ってきましたよ?」
近くにある運転免許試験場ではなく、わざわざ遠い筑豊運転免許試験場に行ったということは、実技も受けて運転免許を取ったということになる。近くの試験場での実技試験は、全て筑豊へ統合されてしまったからである。
「所長の秋刀魚で練習したので、一発で合格出来ました。でも、公道はまだ走ったことがありませんよ」
「いや、だからあれ秋刀魚じゃないから」
カナはもう完全にメグロを秋刀魚だと記憶してしまってるようだ。多分、これからもずっとおじさんのバイクを秋刀魚と呼ぶのだろう。
「あのぉ……」
上からアシホの猫撫で声が聞こえてきた。
「助けて貰えませんか? 助けてくれたら、何でもします。優しいお姉様に尽くします。だから、助けて下さい。えへへ」
「て言ってるけど、どうする?」
華生は、媚びへつらうアシホに不信感を抱いていた。
こういう場面で助けると、得てして裏切られる傾向がある。華生はその予感がしていた。
「助けてと言っているのですから、助けましょう。可哀相ですよ」
だが、カナは持ち前の優しさを発揮していた。
このままでは、意見は平行線を辿ることになるだろう。
「でも、この子も『かわいいコック』を狙ってるんだよ? ライバルだよ?」
「だからと言って、放っておくことは出来ないですよ。助けましょう」
「助けて、この子に『かわいいコック』奪われたらどうするの?」
「それでも構いません。困ってる人がいるのです。助けましょう」
「う……うん、分かったよ。助けるよ」
結局、真剣な目で訴えるカナの気迫に押されて、華生の方が折れてしまった。反発しているよりは、素直に従った方が先に進めると思った。
と、いうことで、二人はアシホ救出作戦に入る。
「とは言うものの、どうする? これ」
華生はアシホを見上げた。
アシホを捕らえた網は高い位置にあり、天井からロープでぶら下がっている。
手を伸ばしても、届くような場所じゃあ無い。
ハシゴや台のような類いがある訳でも無い。
ジャンプしても、なにか出来そうでは無い。
助けるとは言ってみたものの、助けることは困難に思えた。
「無理でしょ」
と言ってカナを見ると、カナは助ける手段を考えているようで、真剣な顔をして何かぶつぶつと呟いていた。
「カナちゃん?」
「……ハナさん、手伝ってもらえますか?」
と、カナが言う。
考えがまとまったようである。
「いいけど、どうすればいいの?」
「まず、腰を落として、掌を身体の前で重ねてください」
華生は最初脚を閉じたまま腰を落としたが、どうにも安定感が悪い。
脚を開いてから腰を落とし、掌を前に出して重ねてみた。
「んー…………こうかな?」
「それでいいです。私が跳び乗りますので、思いっきり押し上げてください」
「それで大丈夫なの?」
「……おそらく出来るはず──いいえ、やり遂げます」
華生はカナの強い眼差しに並々ならぬ決意を感じ、黙って頷いた。
手にグッと力を込める。
「やろう、カナちゃん!」
「ええ!」
カナは返事をすると、床を蹴って華生の手の上に飛び乗った。
「ふんっ! ぬぉぉぉぉぉおおおおおっ!」
華生は全力でカナを押し上げて、上方へと射出する。
気合いを入れた時に変な声が出てしまったが、この際なりふりなど構ってはいられない。
宙を舞うカナは、背面側へ回転しつつ捻りを入れた。
やがて天井に近くなる頃には、カナの身体は床とは水平なうつぶせの姿勢になっていた。
アシホより高い位置に行ったカナは、いつの間にか取り出していたナイフで天井と網を繋いだロープを切り、天井を蹴って勢いよく床に着地した。
それと同時に、網とアシホが音を立てて床に落下してきた。
「おぉー」
その華麗な救出劇に見とれ、華生は思わず拍手をしてしまった。
「あいたたたたたたた…………。もうちょっと優しくしてほしいなぁ。お尻割れちゃうよぉ」
お尻をさすりながら立ち上がるアシホを見て華生は「元から割れてるでしょ」と言いたい気分だったが、そこは我慢した。
ただ、冗談が言える余裕があるのだから、アシホの身体は何ともないと思われる。それは少し安心した。
「でも、助けてくれありがとう」
そう言って、アシホは右手を差し出してきた。
その手に反応したカナは、思わずチョキを出していた。
「いや、別にアシホちゃんはジャンケンしたい訳じゃないと思うよ? 多分握手だからね」
「す、すみません。所長と咄嗟の判断力の特訓だーと、よくプリンを巡ってジャイケンをしているクセが出てしまって……」
咄嗟の判断が間違っている。これでは、特訓の意味がまるで無い。
と言うより、ジャンケンは咄嗟の判断の特訓になるのだろうか。
ジャンケンで出す手なんて、その場で思いついた物を出すか、手を組んで覗き込んだ時の隙間で決めるぐらいだろう。
あとは何も考えずに出すか、だ。
「あのぉー……」
アシホが小さな声で言う。
差し出していた右手は、怯えてるわけでも無いのにプルプルと震えていた。どうやら、手を出したままずっと待っていてくれたようである。
「あ、ごめんなさい」
その手に気付いたカナは、アシホの手とガッシリ力強く握手した。
「ボクは怪盗アシホって言います。お姉様、なんでも言って下さい。お姉様の為に尽くします!」
「私は怪盗からくりマンです。宜しくお願いします」
「あれ? からくりマンって前はなんか冴えない感じのおっさんだったような気がしたんですが、前からお姉様だったのですか? 雰囲気変わりました? それとも、タイで工事しました?」
「まぁ……気のせいですよ、アシホさん。私は昔から変わってはいません」
別に嘘は言っていない。カナは昔からカナだ。
昔を語れるほど、生まれてから年月が経っている訳では無いが。
今は二代目だというのは、隠すようなことでも無い。でも、説明すれば長くなる──カナはそう考えた。
「それでは、三人で行きましょう、アシホさん」
「待って、待って、待って」
華生はカナの腕を引っ張り、アシホとの距離を取って顔を近づける。
「ねぇ、ホントに連れてくの?」
華生はアシホに聞かれないよう、声を潜めてカナに聞いた。
アシホの声が最初に聞いた時とは違う作られた声であるのが気になっている。いつか掌を返す予感しかない。
「何か、問題ありますか?」
「うん。問題しか無いんだけど」
「そうですか? 私には、アシホさんが特に悪い人には見えません」
「いや……うん、まぁ、そうだろうね」
悪い人にしか見えない人を仲間にしたいかと言えば、答はノーだろう。
今は良く見せているだけの可能性もある。ただ、可能性の話であって、本当はいい人なのかもしれない。今すぐには結論を出せそうに無い。
「それに、私『お姉様』と呼ばれたの、初めてなんです。妹が出来た気分です。だから、アシホさんは絶対にいい子ですよ」
「そこ? 判断基準そこなの?」
カナの感性が理解できない。
「私は、アシホさんと一緒に行きたいと思います」
「うーん……」
華生は考える。
カナは頑固だ。
長年見ぬ振りして放置した換気扇の油汚れぐらい頑固だ。
自分の意見を曲げようとしない。それがほんの数分前に分かった。
ここはカナを説得することに労力を使うよりも、カナの意見に従って先に進んだ方が、解決が早いし楽な感じがする。
なにか起こったら、その時に考えればいいのではないだろうか。
「分かった。三人で行こう。ただし、なにかあれば……」
「大丈夫です。酷いことにはなりませんよ」
その自信の根拠がどこから来るのか、まったく分からない。
ともかく、意見はまとまった。
カナと華生はアシホの元に戻る。
「あの……お姉様、何かありました?」
アシホが不安げに聞いてきた。
「何もありません。アシホさん、先へ行きましょう」
「はいっ、お姉様!」
不安が取り除かれたアシホの表情がパッと明るくなり、元気よく返事をしてカナと共に先へと進み始めた。
「……ホントに大丈夫かね」
一方の不安が取り除かれない華生は、そう呟いて二人の後を追った。
三人は角を曲がった。
螺旋状で中心部に向かっているせいか、通路は段々と短くなっている。
この通路は、奥にある次の角がハッキリ見えるくらいの短い物だった。
だが、この通路も普通の通路では無さそうで、途中に仄かな青い光を放つ正方形のパネルが通路いっぱいに敷き詰められているのが見える。
「……なんなんだろうね、この大量のパネル」
「全部青……もしかしたら、賞金五十万円を獲得したのかもしれませんね」
「さすがお姉様! パーフェクトな答えです!」
「パネルは正方形に並ぶ二十五枚じゃないよ? 縦長の長方形に並んでるからね?」
これが赤、緑、白、青の四人で取り合うパネルだとは思わないが、ただの光るパネルが並んでいるだけだとも思えない。
こんな地下深くに有る通路の内装に凝っても、意味が無い。ある訳が無い。
三人は慎重にパネルがある方へと進み始めた。
パネルまであと五メートルぐらいのところで、真っ青だったパネルに手前の方から奥に向かってグレーのパネルが一列飛ばしで点在するように変わっていった。まるで、これを渡って向こうまで行けと言わんばかりである。
「これ、素直に向こうまで渡してくれると思う?」
華生が聞くと、カナとアシホは同時に首を横に振った。
「だよねぇー」
「お姉様に危険なマネはさせられません。ボクが行きます!」
そう言って、アシホは一歩前に出た。
「大丈夫ですか? 危なくないですか?」
「だからこそ、ボクが行くんです。ボクが、安全を確かめてきます」
「なんて勇気のある人なのでしょう」
カナとアシホを見ながら、華生は「いえ、私がやります!」と手を上げて名乗り出るべきだろうと思ったが、その流れで行くと「じゃあ、私がやるよ」「どうぞどうぞ」と自分が行くはめになってしまうので、言うのはやめておいた。
わざわざ、危険地帯に突っ込む必要はない。むしろ、自分が危険にさらされることなく、このパネルの仕掛けが分かるチャンスだ。
非情かもしれないが、自分で行くと言っているのだから、自己責任だ。
「では、行って来ます、お姉様」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「メイド喫茶?」
華生はそう言った後に気付いたが、カナは普段おじさんの家でメイドをしている。
お嬢様というワードは一度言われてみたいので、お嬢様と言われたアシホが少し羨ましく思えた。
そんな風に思っている間にも、駆け出していたアシホがパネルに近づいていた。
迷うことなく、グレーのパネルを踏んでいく。何も考えていないだけかもしれない。
一枚、二枚、三枚──軽やかなステップで踏まれるパネルに変化無かった。
だが四枚目。
このパネルは踏むと同時に青へと変化した。左右にある壁がパネル一枚分、音を立てて中央に向かって移動してきた。
「ひゃっっ!」
アシホは迫り来る壁に驚いたが、パネルの上を駆け抜ける足を止めようとはしなかった。
今この瞬間、立ち止まってしまえば壁に挟まれてしまう。そんな光景が頭をよぎる。
ここで止まる訳にはいかない。
「うわぁぁあああぁあああぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぅぁ」
叫びながら全力で駆けていくアシホが踏んでいくグレーのパネルは、時折青に変わる。その度に左右の壁が轟音とともに動き、通路が徐々に狭くなっていく。
焦る気持ちを抑えつつ、アシホは前へ進む。
そして──
「通り抜けれたぁ!」
アシホはその壁がしまってしまう前に、パネルのあるエリアを駆け抜けることができた。
「アシホさん、向こうまで行きました。でも……」
通路の幅は当初の半分以下の狭さになっていた。
その狭い通路を抜けた先で、アシホは肩で呼吸をしている。
パネルの手前にいる華生とカナには、小さなアシホがより小さく見えた。
青いパネルの中に混じるグレーのパネルは、当初より少なくなっていた。列によっては、グレーのパネルが一枚しかないところもある。
これには華生も(しめた!)と思った。アシホがハズレパネルを踏んでくれたおかげで、華生たちがハズレを引く確率がぐっと下がるからである。
先を見ると、呼吸を整えたアシホがこっちを向いていた。
「アシホちゃん待ってて! 今そっち行くから!」
華生が上機嫌で呼びかけると、
「分かりました!」
と元気な返事が返ってきた。
「それじゃあ行こうか、カナちゃん」
「はい、ハナさん」
二人が踏み出そうとした瞬間、目の前のパネル群が全て青に変わる。そして新たな配列で、グレーのパネルが浮き上がってきた。
「えー、それリセットされるのぉー?」
ただし、壁は動く気配が無い。
どうやらパネルだけが、リセットされたようである。
「いやいや、無理でしょ」
華生はパネルの先のアシホを見る。
アシホも二人が来るのを無理と感じたのか、
「──さよなら」
と言って、踵を返して先へと進んでしまった。
「あーっ!」
と華生は叫ぶが、アシホは振り返ることもなく、徐々に小さくなっていって角を曲がり、視界から消えてしまった。
「絶対追いついてみせる」
裏切られたことは別にどうでもいい。華生の想定内だ。
ただ、ここまで来たのに終わってしまうのが、悔しかった。からくり人形は誰が盗ろうが関係無いが、最後までたどり着いてみせる──その一点が、華生を突き動かしていた。
「でも、どうするのですか? ハナさん」
カナはパネルを踏まないように手を伸ばして壁を叩く。中身の詰まった重い音が聞こえた。見た目はハッタリで、実は挟まれても大丈夫なんてことは無さそうである。
「挟まりそうになったら、両手両足を壁についてパネルを踏まないようにしてでも進むのですか?」
カナは壁の表面を撫でる。今までの通路の壁とは違って、つるつるとした手触りのいい表面をしていた。さっきの牛の時と違って、この壁に両手両足を突いて身体を支えようと思うと、相当な力が必要になるだろう。
「キツいと思いますよ?」
カナは自分の意見を素直に述べてみたか、華生の目は真っ直ぐとパネルの向こうしか見ていなかった。
華生は目をゆっくり閉じて、心を無にする。
「──こういう時はゴチャゴチャ考えず、自分を信じて突き進むのみ、だ!」
華生が目を開くと、グレーのパネルの一部が白い光を放つように見えた。パッと見、光らないパネルより光るパネルの方がが少ないように感じる。
「見えた! カナちゃん、ついて来て」
「は、はい」
駆け出した華生の後を、カナがついていく。
華生は光らないグレーのパネルを踏んでいく。最初は少し不安だったが、数枚踏んだところで光るパネルがハズレだと確信をした。
「……行ける!」
そこからパネルを踏む足は、力強くなった。
自信を持った華生にはもう、怖い物なんて無い。あとは突き進むだけである。
パネルエリアを抜ける頃には勝ち誇った顔で拳を大きく突き上げており、一回もハズレパネルを踏むことなく、ゴールを切った。
「──勝った……」
「何にですか?」
華生の後ろについて同じパネルを踏んできたカナが、パネルエリアを抜けると同時に聞いてくる。
「自分に、かな?」
「そうですか。よく分かりませんが、なぜハズレのパネルが分かったのですか?」
「んー…………勘」
華生はそれ以外に答えようが無い。
なんとなく分かった。ただ、それだけだ。
「分かりました。カンピュータですね?」
「うん。それ、おじさんの世代の言葉じゃないよね? もうちょっと上だよね?」
「八百威のおじさまに教わりました」
「もうちょっと、違うこと教えて欲しいよ……」
カナがこのまま古いことばかり覚えていたら、いつか中身がおっさんどころかおじいさんになっているのではないかと、華生は危惧する。
「ハナさんはカンピュータで、私はコンピュータ。最高の組み合わせだと思いませんか?」
「別に」
華生は素っ気なく答えた。
「それより、先へ行こう。アシホに追いつける可能性が出てきた」
「そうですね。アシホさんが心配です」
「心配、いる?」
「いりますよ」
「いらないよ」
「いりますって」
「いらないって」
華生とカナは言い合いながら、次の角を目指して歩き出した。
姪泥棒とメイドロボ 城戸一色 @kid1
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