9.超心理学にだけそれが認められない

「これは……?」


 床にばら撒かれた大量の封筒を呆然と眺めながら、楠見は誰にともなく問いかける。同時に部屋にやってきたウィルソン教授とマシューが、楠見の横に並んだ。


「やあ、すまんね」大して済まないとも思っていないような気楽な声を上げたのは、ロチェスター社長。「私が余計なことを言い出したばっかりに」


「いえ、ミスター。僕が不注意でした」

 床に這いつくばって封筒を掻き集めていた若い男が、テーブルの向こうから顔を出して言う。


「どうしたんです、いったい何が……」

 ぼんやりと言うウィルソン教授に、ロチェスターは苦笑いを向けた。


「いえね、ドクター。そこの学者さんが」先ほど実験に異議を差し挟もうとしていた否定派の研究員を顎で示し、「あんまりこの実験や彼女の能力に否定的なんで。ひとつ本当にカンニングができないものかどうか、試してみたいと思いましてね」


 そう言って床に向けた視線の先で。封筒を集める作業を手伝っていたブライアンが、応えるように立ち上がる。


「ミスターが受け手の役を体験したいと仰るんで、模擬実験をやっていたんです。不要になった、その箱の中の写真を使って。それで、一回終わって役を変えることになって、別の写真を取りに来たんですが」


「すみません。僕が躓いて、箱をひっくり返してしまって」

 まだ座り込んでいる研究者が、手に持っていた封筒の束を箱に放り入れながらそう言って、次の封筒を集め始める。


 その場を外していて後からやってきた見学者たちの何人かは、「なんだ、そんなことか」というような気の抜けた表情を浮かべた。

「いや、騒がせて悪かったね」ロチェスターも、さっぱりと笑う。


 一方で、さらに深刻な色を浮かべたのはウィルソン教授とマシュー。そして、この種の実験をよく知っている数人の研究者たち。

 マシューは険しい表情で、彼のボスに視線を向ける。

「どうします?」


「ふむ……」考え込むようにウィルソンは顎に拳を当てて、箱と、散らばった封筒を一瞥し。「予備の写真だけだね? 後半の実験のための写真は?」


「問題ありません。ここにそのまま」

 ブライアンが答えて、テーブルの上を指し示す。テーブルの上のトレイには、前半の三枚がなくなった以外は最初とまったく変わりなく、二枚の封筒が並べられていた。


「クスミ」ウィルソンは隣に立っている楠見へと目を向ける。「封筒と署名を確認してもらえるか。問題がなければ――」


「中止しましょう、ドクター」

 ここぞとばかりに、楠見は訴える。

「ターゲットの選定――いや、予備を含めて写真を用意するところから、やり直したほうがいい」


「おいおい」呆れたような声を上げたのは、ロチェスターだ。「使わない予備の写真の箱をひっくり返しただけだ。実験そのものに影響はないだろう?」


 楠見はロチェスターに向き直って、

「いえ、決められた手はずに少しでもイレギュラーが生じれば、不備や不正の余地ができます。問題なく行われたところまでで、一旦打ち切るべきでしょう」


「しかしね、きみ――」

「もともと実験は三回の予定だったんです。被験者も、長時間の実験で疲れていることですし、さらに回数を重ねる必要があるなら日を改めては……」


「きみねえ。……きみは、ここの研究室の学生かな」

 それまでよりも幾分声を低くして不機嫌そうに言ったロチェスターに、楠見は「しまった」と思う。どうやら他人に、しかも楠見のような一研究者の若造に意見をされたことに、腹を立てたらしい。

 見た目も実年齢も、居並ぶ人々の中で一番下の楠見。学部所属の大学生と変わらないのだ。


「彼は、認知心理学コグニティブの博士課程の院生です。次の論文が認められればドクターですよ」マシューが片手で楠見を示し、取り成すように言う。「今回の実験には、検証役として立ち会ってもらうように頼みました。超心理学者は、世間からは全員信奉者ビリーバーだと思われていますからね。実験が成功しても他分野の研究者からいろいろと突っ込まれるんですよ。そうでしょう?」


 いくらか好意的な州立大学の研究員たちに目をやって、マシューは微笑む。突然振られた二人の学者が曖昧ながらも同意を示してくれて、ホッと息をつきかけた楠見だったが、ロチェスターはまだ面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「ならば知らなくても無理はないかもしれんがね。私はこう見えて忙しいんだよ。今日だって、どうにか時間を作って参加しているわけだ。仕切りなおしと言っても、次に来られるのがいつになるか」


 そこでわずかに間を置いて、研究室の面々を一渡り見回し、

を続けるかどうか、今日の実験をじっくり見て決めたいと思っているんだが」


 脅しをかけるかのように、「援助」という言葉を強調するロチェスター。それで叱られたように小さくなってしまった研究員たちに向け、ウィルソンはいつもの朗らかな声で、

「ひとまず皆、続ける方向で準備をしておいてくれ。箱の中の、予備の写真の枚数を確認しておくようにな」


 そう言うと、マシューの肩に手を置き部屋の隅へと連れて行く。そのままそこで話し出した二人。

 ロチェスターがまだ何か言いたそうな顔をしているのに楠見は気づいたが、反応する前に、「クスミ」と声を掛けてきたのはブライアンだった。


「ちょっと、外へ」目線でドアの外を示され、仕方なく廊下に出た。




「余計な口出しをするのは、やめてくれ」

 当事者の権威を誇示するかのように、ブライアンは顎を上げ、わずかに上背で勝る楠見を見下すようにする。

「いま俺たちの研究室にとってロチェスターがどんなに大切か、この実験にどれだけのものが掛かっているのか。きみだって、少しは事情を知っているんだろう?」


「分かっている。悪かったよ」

 とりあえず謝っておく。

 この手合いに、嫌われている楠見が何を言ったって無駄だし、意見でもしようものならますます頑なになるだけだろう。かといってそれ以上の謝罪や弁解などしては、たちまち自分の優位を顕示し始めるに違いない。相手にしないことだ。


 が、楠見のそんな姿勢が気に食わないらしく、ブライアンはさらに突っかかってくる。


「実験を中止するだって? きみにいったいどんな権限があると思っているんだ。付け上がるのもいい加減にして欲しいな」

「そんなつもりはないよ。段取り通りにできなくなったから、少し心配になっただけさ。この種類の実験がどんなに厳しい目で見られるかは、きみらのほうが詳しいだろう?」


「ああ。ああ、分かっているさ」

 これ見よがしにブライアンは大きく頷いた。

「俺にはな。何年この研究室にいると思ってるんだ。昨日や今日、ちょっと遊びに来ただけのきみよりも、ずっとよく分かっている! その俺たちが、続行しようと言っているんだ。部外者のきみに指図をされる筋合いはないね」


「ブライアン!」ウィルソンと話し合いを終えたらしいマシューが出てきて、声を上げた。「クスミに言いがかりをつけるのはやめてくれ。彼にはこちらから頼んで、立ち会ってもらっているんだ」


 いささか険のある口調で言うマシューに、ブライアンは不快げに眉を顰め、


「だけど、そのせいでロチェスターの機嫌を損ねちゃ、元も子もないだろう! せっかくここまでおだてて良い気分にさせてきたのに……。だから俺は立ち会いなんか必要ないって言ったんだ。大事な実験に部外者を絡ませるなんて――」


「大事な実験だから、証人が必要なんだ。今はロチェスターを納得させるだけでいいが、今後プロジェクトを展開させるには、この実験の正当性を証明してもらわなけりゃならない。ドクターと俺が決めたことだよ。きみの意見は聞いていない」


 ぴしゃりと言い切ったマシュー。ブライアンは気圧されたように一瞬絶句し、それから、大きく息を吐き出した。

「……そうかい。分かったよ」


 マシューに逆らってメンバーから外されることを警戒したのかもしれないし、それとも、まったく別のことを考えたのかもしれない。ただ、「分かったよ」と繰り返し、楠見ともマシューとも目を合わせずにそのまま室内に戻っていくブライアンの様子は、後から考えれば少し不自然だったような気もする。

 だが、その違和感の正体を追及する間もなく、マシューは楠見に向かって「悪かったな」と肩を竦め手を広げた。


「俺のほうこそ。余計なことを言った」

「いや、当然のことだよ。ただな」


 少々言いにくそうに、マシューは目を逸らす。

「ブライアンやロチェスターの言うことも否定はできない。このチャンスを逃したら、たぶん次はない。論文で世間に認められるにも時間がかかるしな。今日この場で、ロチェスターから援助続行の口約束だけはもらいたいんだ――」


「分かってる」仕方なしに、楠見は頷く。「続けるんだな」


「ああ。予定通り十分後に開始する。後半のターゲットだけ、急いでチェックしてくれないか」


 頼み込むような口調で言われ、楠見は部屋に戻った。

 憤然とした態度のロチェスターと一瞬だけ視線が合い、予備の箱を確認していたらしいブライアンから憎々しげな表情で睨まれながら、トレイに載せられた二通の封筒を手に取る。

 自分のサインに間違いなく、載せたときと同じ状態になっているのを確かめ。それから、

「予備の枚数も確認を――」


 言いかけたが、箱の前に立つブライアンの視線が一層険しくなったのを見て、近づくのを諦めた。




 元気溌剌、といった様子でブースに入ったキャシーだったが、しかし四回目では目に見えて精彩を欠いた。

 ターゲットの写真とそこから読み取った情報の共通点は、好成績を挙げた二回目、三回目の半分にも満たなかった。精度に狂いはない。通常の被験者ならば、その半分、いや、さらにその半分でも当たれば好成績と判断されるレベル。それでも、ここまでの結果が驚異的だっただけに、居合わせる者たちの落胆は大きい。


 キャシーの疲労と負担が気がかりだったが、明らかに満足の行っていないロチェスターが「もういい」と言い出す気配はなく、挽回に賭ける研究員たちが中止を提案するはずもなく。こうなると、先ほどの流れもあって楠見には口出しがしづらい。

 せめてキャシーが限界を訴えてくれないものかと思う楠見であったが、その意に反し、彼女は上辺はどうにか気丈に振舞って最終回に臨んだ。


 そうして始まった最終セッション。

 キャシーの表情と口調が、それまでとは微妙に違うのに楠見は気づいた。どこがどう、とは言いがたい。そうだと思って見なければ分からないかもしれない、小さな変化――。だが、マシューの目を通して見えたものを淡々と挙げていくその語り口に、よどみがない。

 キャシーは能力の制御を失いかけているのかもしれない。

 見守りつつ、楠見はひたすらこの実験が早く終わることを願っていた。




『――左上方に向かって続く道。南国調の樹木が三本立っている。黒っぽいジープのような自動車。ナンバーは――』

 最終回を終え、ブライアンが読み上げるメモを聞きながら、一同はそれまでよりもさらに大きな驚愕に包まれていた。

 最高の成績を出した三回目よりもさらに詳しく、ターゲットに写る情景をキャシーは語っていた。マシューの目を通して、彼の見たものをテレパシーで受け取って。


「凄いじゃないか。さっきはどうして不調だったんだね」

 機嫌を直したらしいロチェスターが、逸り立ったように言う。

「いや、これまでの中で最高だ、そうだろう? 最後となって、肩の力が抜けたんじゃないかね。こうなるともう一、二回見てみたくなるが」


 ちらりとウィルソンに視線を送るロチェスター。冗談じゃない。そんな言葉を楠見は慌てて飲み込んだが、ウィルソンはそれこそ楠見の思考をテレパシーで受け取りでもしたかのように、苦笑気味に片手を上げてロチェスターを制した。


『以上――』ブライアンは言いながら、メモから顔を上げる。『三十八項目を挙げています。写真をご確認ください。後ほどチームで精査しますが、すべて正しければ、三十八項目一致ということで』


「三十八項目だって?」すかさず声を上げたのは、例のアンチの研究者だ。「まさか、そんな結果があるもんか。信じられない。ちょっと写真を見せてください」


 それまでよりも一際疑り深い口調で言って、前列の者が手にしていた写真を奪い取ると険しい顔でそれを凝視し始める。

「まさか、そんな」


 ぶつぶつと口の中で何やらつぶやきながら写真を見つめる研究者に、ロチェスターは鼻白んだような目を向けた。

「先生も、これを機に認めちゃどうですかな。超能力はあるってことをね」


「そんな。馬鹿な話があるわけないでしょう。他人の考えていることが分かるですって?」

「それを証明するための実験だったんじゃないですか。何を今さら」

「ナンセンスだ。非科学的だ。トリックがあったに決まっている」


「どんなトリックを想定しているんですか?」

 別の見学者が、興味を引かれたように口を挟む。

「事前にターゲットを知ることができないというのは確認したし、実験中も無理でしょう。それ以外にどういう方法が?」


 信じるか疑うかというよりも、別の面白いテーマを見つけたというように話しかける見学者に、アンチは睨みつけるような視線を向けた。


「今それを考えているところですよ。私はそれを見つけるために、ここに来ているんですからね」言って、席を立つ。「だいいち、各回に差がありすぎるのも納得がいかない。中盤があれで、どうして最後だけこうなったのか」


 それこそが、本物のサイなんだよ。心の中で、楠見はつぶやく。調子のいいときもあるし、よくないときもある。どんな分野だって、それは同じだろう?

 せめて訓練された者ならばもっとコンスタントに好成績を上げるだろうが、キャシーは「才能のある素人」なのだ。


(けれど、超心理学にだけそれが認められない)

 いつものことだ。小さくため息をついたところでドアが開き、ブライアンとキャシーがやってきた。別のドアを開けてマシューも入ってくる。


 疲労の色はあるものの、さっぱりとした顔をしているキャシーに、ひとまず楠見は安堵した。


(大丈夫かい?)


 キャシーに向けて、そう問いかけてみる。彼女はそれを受け取ったのか、それとも楠見が終始、彼女の体調を気遣っていたことを思い出したのか、楠見と視線を合わせて微笑んだ。


「お嬢さん。素晴らしかったよ」ロチェスターは三、四度手を鳴らした。「きみの能力はよく分かった。こちらの頑固な学者さんは、まだ納得が行かないらしいがね。私は感服したよ」


「実験に何か、不審な点でもありましたか?」必死の形相で写真を睨む研究者に声を掛けたのは、ブライアンだった。あるはずないでしょう、と言うような、それは軽い口ぶりだった。「ここに、初回からすべてのターゲットが揃っています。どうぞ、心行くまでじっくりご検分を」


 冗談めかして言いながら封筒と写真の束を差し出したブライアンの手から、研究者はひったくるようにしてそれを受け取った。一枚ずつ手に取って検証する。周りの数人の研究者は、その様子を興味深そうに覗き込む。

 その傍らで、ロチェスターがキャシーを椅子に座らせて、出身地や家族、いつその能力に目覚めたのか、どうやって気づいたのかと言った一問一答の簡単な質問を始めていた。


 その様子を見るともなく見ながら。この間に、マシューやウィルソン教授と今後の打ち合わせをしておこうかと腰を浮かしかけたときだった。


「おい、これは――?」ターゲットを調べていたアンチが鋭い声を上げたのに、その場の全員の視線が集中する。ロチェスターもキャシーへの質問をやめて、そちらに目を向けた。


「どうかされましたか?」

 わずかに強張った顔で聞き返すマシュー。

 またいつもの、否定派のいちゃもんが始まったのだろう。そんな反応。さして重く受け止める様子もなく注目する研究者たちに、だがアンチはことのほか険しい顔を作り、五枚の封筒を扇のように広げて掲げた。


「最後の一枚だけ、別のペンで署名されたように見えないかな? ――ミスター・クスミ?」


 椅子を蹴るようにして、楠見は立ち上がる。そして、アンチの掲げる五枚の封筒を受け取って広げ、一枚ずつ確認する。

 彼の言う通り、五回目のターゲットの入っていた封筒の、封緘に掛かるようにされた「R.Kusumi」のサインだけが。微妙に、別のペンで書かれたような。


 周りの者が覗き込む中、マシューとウィルソンが駆け寄ってきて封筒を確かめる。

 最初に封をしたときにサインしたロチェスターの秘書以外、全員が同じ場で、同じペンで署名したはずなのだ。にもかかわらず、それは。ペン先の太さ、わずかコンマ数ミリほどの差であろうが。近づいてよく見れば、違うようにも見えた。そうして――


「クスミ?」

 マシューが見たこともない深刻な表情で、五枚目の封筒を楠見に差し出す。


 その署名に目を落としながら、楠見は一瞬考える。


 問題ない。これは自分の署名だ。単なる筆圧の差だろう?

 そう言えば、この実験は終わる。ロチェスターは援助を続けるだろう。ウィルソンの研究は安泰だし、マシューは学会のヒーローだ。そうしてキャシーは――。


 ――けれど。

 そんなごまかしは、通用しない。


 研究室は、沈黙に包まれていた。

 全員が、次の楠見の言葉を待って。息を詰めて、視線を向ける。


 小さく息を吐き出し、楠見は差し出された封筒を手に取るともう一度だけその署名へと目を落として。マシューへ。それからウィルソンへと視線を向けた。


「俺の署名では、ありません」


 しんとなった研究室。愕然とした表情のマシューと、じっと動きを止め深い息をついたウィルソン。

 いたたまれない気持ちで視線を逸らして、楠見は五枚の封筒を広げた。

 よく似せてはある。一枚手に取っただけでは、違和感はない。開封時に署名を確認していながらマシューが気づかずに開けたのも、無理はない。だが。五枚並べて見比べれば、それは明らかに違う筆跡だった。


「どういうことですかな。ドクター?」

 低く、ロチェスターが訊ねる。


「不正だ。不正があったんですよ!」アンチが息巻くように叫ぶ。「彼女はターゲットの写真をあらかじめ知っていた。あるいは送り手の彼がね。事前にやりとりがあったんだ!」


「無理でしょう」

 それよりは落ち着いた声で、ほかの見学者が言う。

「彼がペーパーナイフで封を切るところは、モニターを通して我々も見ていました」


 何人かが同意するように頷いた。

「ええ。たしかに実験の直前までは、封がされていましたよ。中身を知るのはどちらにしろ無理だ」

「録画を確認してみればいい」


「いや」アンチは引かない。「カメラ越しですよ。ごまかそうと思えばできるでしょう。口を切ってある封筒を、開封する振りをしただけかもしれない」


「それにしたって、じゃあその前の四回はどうだったって言うんです?」

「そこは……」

「署名に不可解な点があっただけだ。不正を働いたというには根拠が薄いんじゃないですかね」

「そうですよ、これで決め付けるだけでなくて、トリックを見つけてもらわないと。あるんなら、ね」


 見学者たちの間でも、意見が割れる。少々分が悪くなってきたと見たアンチは、「いや」と大きく首を横に振った。


「不可解な点があった。これだけでも、実験に何か細工をしたと疑うには十分ですよ。これからじっくり調べて、必ずトリックを見つけます」

 その意見のほうに頷く者も少なからずいて。アンチはわが意を得たように、両腕を大きく広げた。


「だって、こんな非科学的な現象が起こるはずはないんですからね。超能力なんか、存在するわけがない」


 研究者たちが口々に自論を表明し、賛同や批判が飛び交う。

 その中で。

 今この実験室の中に充満し氾濫するのが自分に関する意見なのだとは理解できない様子で、キャシーは顔に、微笑みに似た曖昧な表情を浮かべて固まっていた。

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