第10話

「あれから10年ですか……」


 私は気だるそうに玉座にもたれ掛かります。腕を見ると、死んだあの日から変わらぬ体になってしまったのを自覚させられます。終わる事なき戦いの日々で姿だけ変わらないのは良い事なのかしら。ああ、私は何時の間にこんな所まで来てしまったのでしょう。最初の試練でドラゴンを倒したのがつい先日の出来事の様です。


 ダンジョン経営を始めて最初にやった事はダンジョンを作らなかった事です。人間の欲望は際限無いのです。ならそれを利用すれば良いと思い至りました。ドラゴンが居た地下10階の様な階層を作り、一定レベル以下で部屋を攻略すると高価な宝箱が出る様に仕込みました。


 一番安い宝は駆け出しの冒険者でも楽に倒せる難易度にしました。それ以降の部屋は難易度が徐々に高くなり、最後の部屋は事実上攻略不可能な難易度にしました。もちろん、レベル上限を超えた冒険者なら楽に攻略出来ます。そのため攻略そのものは可能だと錯覚させる事に成功しました。


 おかげで私のダンジョンとはとても呼べない階層は大人気でした。誰も細くて曲がり角がやたら多いダンジョンで夜を明かしたくは無いのです。モンスターが部屋にしか出ない安心安全設計で冒険者を引き込みました。後は損得分岐を調べて黒字になる様に難易度と宝箱の中身を調整するだけでした。


 サクラコが誘蛾灯を目指せと言っていましたが、その通りに出来たと思います。儲けた分でそのまま様々なものを購入しました。高い訓練施設のおかげで戦う事が禁じられていた私もレベル上げが出来ました。配下も全員強くなりました。


 ポチはランクSのフェンリルになり、馬なら一飲み出来ます。弾性が高い毛皮は枕として重宝しています。多少無理をして嫁を見つけて来たので私のダンジョンはポチの子供で溢れかえっています。冒険者が出入りしない別階層で我が物顔で走り回っています。マイラはランクAのグレーターキマイラになりました。全体的に大きくなっただけです。忠実な配下ですが、特筆する事が無いのが残念です。時たま、冒険者の階層にあるボス部屋に出没して破壊の限りを尽くしています。20年経った今でもグレーターキマイラがボス部屋に出るとは知られていません。カイキアスとキルシェは余り見た目に変化はありませんが、強くなったのは間違いありません。


 そんな生活を続けている間、冒険者の会話から世界の動きを調べました。8年前にマリアが第2王子をたばかりクーデターを起こした事には驚きました。それは陛下と第1王子が素早く対応して事無きに終わりました。第2王子は罪を許され遠くの領地へ追いやられました。教団へ配慮したのです。情報を掴み切れませんでしたが、王都には教団の信者が溢れかえってしまい第2王子と聖女を処刑すると更なる混乱を招く恐れがありました。陛下は聖女を遠方に追いやる事で信者も一緒に王都から追い出そうとしたのです。聖女の「私は帰ってくる」の一言でこの作戦は水泡に帰したそうです。


 教団は聖女が敗北した事を逆に利用して王国を人類の敵だと宣言しました。教団に追随する国はいませんでしたが、教団が独自に持つ軍が王国軍と戦争を始めました。クルムデアが背後にいるだけあり王国軍は苦戦しました。それでも防衛戦という特性を利用して数年は互角近くの戦いを繰り広げました。


 特に頑張ったのは父上です。娘を殺され息子を狂わされたのですから当然です。一時は教団の軍を王国領土から蹴り出せそうでした。陛下と主だった臣下が一致団結した様は壮観だと聞いています。国境近くの決戦で教団は聖戦士なる化け物を持ち出しました。イストーア様に聞いた限り生体魔導甲冑と言うものらしいです。その聖戦士が王国軍を蹂躙しました。


 それでも陛下と父上は歴戦の戦士です。立て直す事も不可能では無かったはずです。しかし決戦開始と同時に後方の王都が第2王子に落とされたと報告が来ました。来たと言うより第2王子の手勢が大声で喧伝したらしいです。それを聞いて一般の兵士は敗北したと勘違いしました。


 幾ら陛下でも心が折れた兵士を指揮しても勝てません。父上が聖戦士に決死の特攻を敢行し、陛下は手勢を率いて撤退しました。父上は結局聖戦士の手に掛かって死んだそうです。あれがかつての弟の成れの果てだと父上は知らずに死ねたのなら幸せだったのかもしれません。


 第1王子は途中で逸れましたが、陛下は王都まで無事に撤退出来ました。未だ完全に落ちていない王都を見て奪還に踏み切りました。第2王子を今度こそ討ち取りましたが、聖女は不在でした。これが聖女の作戦だったのです。数日後、聖戦士とともに聖女が王都を攻めました。第2王子のせいで城門は壊れ篭城する事は不可能でした。陛下はそれでも勇敢に戦い、城を枕に討ち死にしました。


 第2王子の子供を身篭っていると宣言した聖女が女王になり、教団がこの国を治めるようになりました。今から4年前の事です。反対派は未だ活動中ですし、第1王子が生きているという噂も絶えません。それでも着々と準備を整えた教団はグランドダンジョン攻略を宣言しました。


 上手い手です。グランドダンジョンを攻めるのに邪魔立てすれば教団はその国を人類の敵と指定します。王国がどうなったか見れば、他の国が表立って対立しないのは誰の目にも明らかです。そんな中だからこそ、私が対立する事にしました。


「そんな姿を臣下が見たらどう思うか」


「カイキアスですか。相変わらず気配を殺して近付くのですね」


「この程度は気付いて貰わないと困る」


「大丈夫でしょう」


「その自信が何処から来るのかさっぱり分からん」


 カイキアスは相変わらず厳しいです。私のダンジョンを守る最強のモンスターとしての矜持でしょうか。それに教団に宣戦布告をした今、いつ敵が攻めてくるか分かりません。こんなだらけたダンジョンマスターでは不安なのでしょう。


「少し夢を見ていました」


「予知夢か?」


「いえ、過去の夢です」


「つまらん。それでは姫様の役に立たないでは無いか」


「心配性ですね」


「……」


「大丈夫、キルシェは勝ちます。貴方が鍛えたのでしょう?」


「当然だ。どこぞの聖女に遅れを取る事などありえん」


 ダンジョンから出られないカイキアスはキルシェの勝利を信じるほかありません。それは私も同じです。外に出る方法を探したのですが、未だ見つかりません。イストーア様も「自分で見つけろ」の一点張りです。ダンジョンマスターとしては新人の私が外に出て何かあっては困るという思いが強いのでしょう。それならそれでやれる事をやるのみです。幸い、人語を話すキルシェと足が早いポチは出入り自由です。


「お姉さま、聞こえますか?」


 キルシェの顔が壁一面に映し出されました。有り余るDPを使い込んで購入した遠見の水晶です。これでキルシェの近くから戦況を見る事が出来ます。


「キルシェったら相変わらずね。こっちからの声は聞こえないのに」


「うむ、姫様は元気そうで何よりだ」


 私とカイキアスがそう言っているとは気付かずにキルシェが周りを映し出します。


「ポチ、挨拶よ!」


「ワン!」


「良し良し。えーと、見ての通りポチは元気です」


 ポチにはキルシェ騎乗用のハーネスが取り付けられており二人が揃えばまさしく人馬一体なるぬ人犬一体になる。二人を止められる存在などそうはいない。私のダンジョンでもカイキアスだけです。


「駄犬が! 姫様を舐めるなぁ!」


 カイキアスが怒り狂っています。過保護なんだから。


「落ち着きなさい。二人は昔から仲が良いのは知っているでしょう?」


「それはそうだが……」


「それにポチにはキルシェには言えない仕事を任せているのですから」


「仕方が無い」


 言えない仕事。それはキルシェの身に危険が迫れば全力で逃げる事です。キルシェは私に似て責任感が強い子に育ちました。戦場では百戦百勝はありえません。必ず何処かで負けます。負け戦でも総大将であるキルシェが無事なら再起出来ます。しかしキルシェはその性格から最後まで踏み止まるでしょう。それはいけません。キルシェが生き延びるために私は喜んで嫌われ者役を買いましょう。


「こんな感じの軍になりました」


 キルシェが配下の軍勢を映します。ゴブリンにオーク、少数のオーガもいます。キルシェはハイゴブリンプリンセスのために亜人系モンスターの女王になれるのです。彼女に無条件で忠誠を誓うのは弱いゴブリン程度です。少しでも強いモンスターとはキルシェが戦いの果てに屈服させました。


「何時の間にこんなにも悪い虫が姫に集ったのだ?」


「キルシェはここ5年は王国を中心に大陸中を走り回ったから」


「許さん!」


 カイキアスを宥めながら軍勢を確認します。キルシェを嫁に欲しいなんて言うモンスターがいれば当然八つ裂きです。私が何も言わずともポチがゴミを処分するでしょう。


 キルシェ軍は総勢4万3千みたいです。ゴブリン2万5千、オーク1万5千、他3千と言ったところかしら。私も敵もゴブリンはどうしようもなく弱いと知っています。私はゴブリンが数さえ揃えば強い事を知っています。この認識の違いが重要な要素になりそうです。オークはゴブリンより強いはずですが、命令を聞かないので適当に特攻させて使い潰す事になるでしょう。他3千がまさしく主力。聖女と聖騎士を討ち取るのは彼らの仕事です。


 キルシェ軍は王都の南東に布陣して、再建された南門と東門に攻撃を加える準備をしています。雑な作りの攻城兵器をモンスターの膂力頼りに使います。人間にとっては重くて持てない岩でもオーガなら片手で放り投げられます。オークが破城槌を持って突撃すれば城門は簡単に破壊出来ます。第2王子の一件が終わって城門を修復したみたいですが、以前のに比べると紙の様です。王都は落ちます。そして陛下の王都は私が取り返します。


 王都の防衛戦力は1万と少しです。王都は教団がグランドダンジョンを攻略する際の中継地点として使っているので、兵力を常に置いています。しかし教団がグランドダンジョン攻略を宣言した手前、王都に大軍をのさばらせておけません。仕入れた情報によるとグランドダンジョンに数万、他国を牽制するために数万他所に配置しています。今から一月の間はどんなに急いでも王都の救援には来られません。


「お姉さま、では攻略を開始します」


「キルシェ、10日以上時間を掛けては駄目よ」


「はい」


「それと聖女と聖戦士は無理に狙わないで」


「いいんですか?」


「二人が生きたまま王都失陥となれば教団に激震が走るわ。今回は王都を優先して」


「分かりました」


 キルシェの万が一があってはいけません。無理に強い敵を倒す必要はありません。個人的な思いは別にして、大局を見失っては勝てる戦いも負けます。なんらかの方法で聖女が私の存在を知っていれば、それを利用する事も検討しないといけません。前線から離れている余裕がある分良かったのかもしれません。聖女が目の前に現れたら全てを忘れて斬りかかると思いますから。


「全軍突撃! キルシェの名の下に王都を落とせ!」


 キルシェの号令で軍勢が動き出します。王都の軍も慌しく動いている音が聞こえます。城壁のレンガが個別に見えるほど近付いた時、城門の上に人影が現れました。


「悪しきモンスター達よ! 聖女たる私がここにいる限り、貴方たちに勝利はありません」


 マリアの声を聞いて兵士達が気勢を上げます。聖女の力でしょう。それでも奇跡はおきませんし、おこさせません。マリアを狙って矢が放たれます。何人もの兵士が体を盾にして彼女を守ります。


「自動防御の欠点よ」


「他人に頼りすぎるからだ」


 私とカイキアスがダンジョンで呟きます。聖女を狙えば聖女を守るために兵士が動きます。だから聖女だけ狙えば兵士は勝手に死んでいきます。聖女を守るために他が疎かになり、その結果守るべき城門は手薄になります。


「オークが破壊した城門から王都に攻めなさい!」


 キルシェが素早く命令を伝えます。マリアは指揮経験が無いのか出遅れます。


「聖戦士よ! 悪を討つのです」


「聖戦士は無視して王都を落とす事を優先!」


 マリアが命じ、キルシェが応戦します。守ると言う事は意外と難しいのです。ダンジョンを守って10年の私が言うのだから間違いありません。今まで攻める事しかしなかったマリアと教団が防衛戦の指揮など出来ません。例え指揮は出来ても、兵士の士気は維持出来ません。城門が破壊された時点で勝敗は決しているのです。


 その後2日ほど王都内で乱戦が続きました。キルシェの勝利で終わり、王都は廃墟と化しました。これで教団はグランドダンジョン攻略の中継地点を失い、グランドダンジョン攻略は下火となりました。聖女と聖戦士は落ち延びました。キルシェが追撃したいと言いましたが、私と現場に居たモンスターが反対したので断念しました。マリアは守る兵が少なくなれば少なくなる程、聖女の力が及ぼす影響が強くなるみたいです。少数で逃げている聖女にキルシェが主力をぶつければ、主力の方が壊滅するでしょう。マリアを討つにはそれ相応の準備と策が必要になりそうです。


 かくしてグランドダンジョン最大の危機は回避され、私とマリアの長い戦争の日々が始まりました。どっちが勝つのか、それともマリアの寿命で水入りになるのか。それはこれからの戦い次第になりそうです。今は無事に帰って来たキルシェとポチを出迎える準備です。

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ダンジョンマスターな悪役令嬢 朝寝東風 @asane

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