第9話
以下、面倒なので起こった事柄を箇条書きに列記しておく。
僕の冷たい視線に耐えかねたのか、ヒデさんがそそくさと帰ろうとした。
すると、よせばいいのに未来がクスクス笑いながら(ニシシシシではなく、この笑い方の未来は多分に悪意を含んでいる)『合法ロリ』の意味をあかりちゃんに伝える。
「私ロリじゃありません!」怒ったあかりちゃんの声を背に受け、半泣きの表情で店から飛び出すヒデさん。
「おまえは何を言っておるんじゃッ!」これは未来に向かって怒り出した爺さんの声。
「人の娘に対してなんてことをッ!」爺さんに乗っかって怒り出すおばさん。
慌てて未来との間に入り、二人をいなすあかりちゃん。
笑いながら受け答える未来。
さらには、「店長に文句あるヤツは俺が許さねエッ!」と、的外れなことを言いつつおっさんがしゃしゃり出てくる。
店内は五人の蜂の巣をつついたような喧騒に包まれる。
以上の事が、ものの数分で起こった。
あぁ、うるさいうるさい。
五月蠅い。
僕は……。
僕は、腹がへった。
ハングリーマン・イズ・アン・アングリーマン、腹が減ると怒りがわきおこる。
タイシャ、代謝、生物の本能。
衣食住とはいうが、まずは食だ。
人はパンのみに生きるにあらず、神の口から出る一つ一つの言葉による。
だが残念なことに御言葉でハラはみたされない。
どうして神はこんな不完全な形で人をお創りになられたのか。
次に生まれ変わるなら植物がいい。
母の好きだった月下美人になりたい。
日光浴でハラを満たすなんて最高だ。
ディオゲネスの夢。
ゲノム編集により葉緑素を持つ人類の登場。
原罪なき人間の誕生。
かくて、食糧問題解決。
ゴッドブレスユー、神の祝福のあらんことを。
アーメン。
あれ!?
まずいな、思考が暴走してる。
僕は……。
なんだっけ?
僕は……ハラがへってるんだッ!
「支度時間です!」
腹にありったけの力をこめて叫ぶ。
鬼気迫る声だなと他人事のように聞いている自分がいる。
尋常ではない大声に全員がこちらに顔を向けて動きを止める。
「昼の営業終了時間を過ぎています。みなさんお食事もおすみのようなので、申し訳ありませんがすみやかに退出をお願いします」
狂気じみた高音をミックスした僕の声に気おされたのか、あかりちゃん一家と数人の客は毒気を抜かれた様子で店外へと出て行った。
去り際に爺さんが「馳走になった」と未来の顔を見ずにつぶやく。
満面の澄んだ笑みを浮かべた未来が、静かに深く一礼する。
『うわっ、あの爺さんがデレやがった』というのが僕の正直な感想。
最後にあかりちゃんがブツブツ言っている母親の背中を押しつつ、「すみませんでした」と頭をさげながら店を出ていく。
「あとでメールいれといて!」
未来の声に「はい!」と答え、あかりちゃんは手をふりながら去っていった。
ニコニコと手をふり返しつつ、「トロ、ジン。オメーらのまかない、食うの含めてあと十五分切ってるからな」と、顔は笑顔のままの未来がボソッと凍りつくような声音でつぶやく。
即座に反応したおっさんが厨房へとダッシュする。
見る間に茹で麺機のテポに麺を一玉入れると菜箸でかき回し、続けざまに北京鍋に火を入れて鍋を洗うおっさん。
後を追いつつ、さて何にするかと考える。
十五分……、食事の時間も含むから練習しときたかった試作のタイピーエンは無理だ。
僕は半玉をテポに入れると、おっさんのとなりに入った。
早く仕上がり、しかも胃袋を満たしてくれるメニュー。
よし、決めた。
アレに……ん!?
隣を見るとおっさんがいない。
鍋を見ると塩ラーメンのスープが出来上がっている。
おっさんはセンターに移ってネギを取り出したところだった。
手元には氷の入った小ボウル。
どうやら未来がやった白髪ネギの油通しをやるつもりのようだ。
こういう所はおっさんを密かに……あまり言いたくはないが……尊敬している。
しかも今回を含めると二度目だ。
あの爺さんとのゴタゴタの最中。
あかりちゃんオーダーの餡かけチャーハンを見て、ヒデさんが同じものを追加注文したのだ。
おっさんはそれを一人で調理している。
洗い物をしつつ、おっさんは未来の動きを見ていたのだ。
もっとも出来ばえは未来に遠く及ばない代物だったが。
おっさんと視線が合う。
『どうだ、スゲーだろ』と言わんばかりのドヤ顔をされる。
あぁ、いい大人がする顔じゃねーだろ。
ハラ立つなー。
ホールを見ると、未来がニヤニヤとした表情を浮かべつつ、こちらを見ながら掃除している。
一瞬ムラムラと沸き起こった対抗心に試作のタイピーエンを作るかと考えたがすぐに却下する。
時間がない、冷静になれ。
大きく息を吸って、意識しながらゆっくりと長く吐く。
ん、落ち着いた。
今日のまかないは……。
元気回復、肉ニラ玉だ。
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