二巻 22話 ハチロウ達の作戦とグラム宣言の真相 その2
「あいつもカンスト。隣の奴もカンスト。んでその隣は……lv.92か。って流石に違ぇわな」
アリーナの二階席。観客の誰もが会場の中心へと目を向ける中、ゲンさんは一人会場へと背を向けて値踏みをするように観客の顔を見渡していた。
アイのような少女と違い、サングラスを掛けたオッサンがそれをするとどことなく犯罪臭が漂ってくる。
だが熱狂の中にいる観客の誰もがそんなゲンさんに気付いてはいなかった。仮に目を向けられたものならそれこそ不審者として外に叩き出されていたかもしれない。
しかしそんなゲンさんが本当に観客の顔を一人一人値踏みしているかというと、実際のところそうでは無い。
正確には顔より少し上、目を細めることで意図的に表示することが出来るユーザー情報を見ていたのだ。
白い文字で頭上に表示される情報。名前、そしてレベル。
互いの許可があればここから更にHPや所属ギルドなど、所謂ステータスオープンによる細かい情報の表示が可能となるのだが、そうでなくともこのゲームでは最低限相手の名前とレベルは視認することの出来る共有情報となっていた。
ゲンさんはその二つの情報の中の一つ。レベルだけをひたすらに確認し続けていたのだ。
通常、人を探すとなると名前や顔を頼りとするものだが今回に限っては相手の素性は全く掴めていない。
否、叔父さんのことをよく知る孝太であれば名前や顔の作りにも多少の目星を付けられるかもしれないが、叔父さんがいるとしたらこっそりとこの世界に着ているはずなのだ。
そんな分かりやすい情報を残しているとは考えづらい。
では三人はレベルの何を頼りにして叔父さんを見付けようとしているのか。
このハチロウが自信たっぷりに提案した素性を知らずとも叔父さんを見つけ出せるという方法。
それは実のところ叔父さん一人を特定出来る手段という訳ではなかった。
正確には叔父さんを含む小数群。『新規参入者』を探し出す方法だったのだ。
このゲームは以前説明してきたように終わりを迎えたことで新規ユーザーは皆無となり、それでも残り続けた古参ユーザー達の意地と維持により、悲しくもレベル高年齢化の一途を辿っていた。
街中のどこを見渡しても歩いているのはお年寄りばかり。いや、カンストあるいはそれに近い値を誇った歴戦の猛者達ばかりとなっていた。
実際に彼らがこうしてアリーナ内を見渡している中でももちろんそんな高レベルが並び続けていた。
そんな中に飛び抜けて低い数字を頭に浮かべているプレイヤーがいれば嫌でも目立ってしまう。そしてそれは十中八九『新規参入者』となるわけだ。
考えてみれば簡単な話である。それはハチロウがアイやざくろちゃんを例に上げたように、彼女達もまたはその方法により発見され、話題となっていたのだから。
では次になぜ『新規参入者』の中に叔父さんが入っていると確信できるのか。これもまた答えは簡単だ。
叔父さんが使用していたアカウントはすでに別の人物によってログインされてしまっているからだ。
この世界に入ろうとするのならば、どうやっても新規アカウントを作らざるを得ない。
アリーナのあちこちに懐かしい顔が並ぶのを見て取れるように、今回の決闘を見るために久々に訪れたプレイヤー達は皆、もちろんのこと昔のアカウント、つまりは自身のキャラクターでログインしてきていた。
そうとなれば今この段階でアリーナに存在するのであろう新規アカウントはどんな人物となるか。
今回のお祭りを聞きつけゲームを始めようと思った変わり者、もしくは過去のアカウントを利用することに後ろめたさを覚えている過去のユーザー。
そしてログインしようにもアカウントが使用中となってしまっている叔父さん。ただそれだけに絞れるというわけだ。
つまるところ、ハチロウが自信満々に打ち出した叔父さんを探し出す方法。
それはレベルの低い新規参入者を探し出し、ひたすら声を掛けまくるという総当たり作戦だったのだ。
実際それでも新規ユーザーが想定より多かった場合、この作戦は空振りに終わる可能性は十分にあった。
しかし今のところ新規と思わしき人物は一人も見付かっていない。そうとなれば新規プレイヤーが見付かった場合、それが叔父さんである可能性は俄然高くなる。
「だめだなぁこりゃ。ほんとどこも年寄りばっかりじゃねぇか」
ゲンさんが手でひさしを作りながら辺りをぐるりと見渡す。
レベルの低い新規キャラクターはもちろんの事ながら、中途半端なレベル帯のキャラクターでさえ皆無だった。
それは所謂「いつもの面子しかきていない」という訳では無い。
実際あれだけの宣伝が功を奏し、観客の中には懐かしい顔ぶれはちらほらと見受けられた。
結局のところ、二人の決着に興味を示し、わざわざ数年来で戻ってきたプレイヤーの誰もが皆、その当時廃人と呼ばれた高レベルの猛者達ばかりだった、ということだ。
元々ゲームのコンセプト上、他のゲームに比べガチプレイヤーの割合は多かった。
それでもゲンさんやセルのようにゲーム内の他の要素に惹かれたり、或いはルーニープレイを楽しんでいたプレイヤーも少なからずいたはずなのだ。
しかし結局久々に顔を見せたのはこうしたガチ勢の連中ばかり。
あの頃自分と同じ視線で遊んでいたプレイヤー達は何処にいっちまったんだろうな、とそんな思いがゲンさんの胸の隙間を微かに抜けていった。
「つっても。ランカーに載らなかった連中の名前や顔なんてそれこそ関わりでもしてねぇ限り、覚えてもねぇんだけどなぁ」
とそんな愚痴が思わず口から溢れた時、辺りの喧騒が一段とその激しさを増した。
辺りを見渡せば興奮して立ち上がる者や紙吹雪を飛ばす者もいる。
何事かとアリーナの中央に目を向けると、堅く閉ざされていた東門がようやくその口を大きく開けたところだった。
それと同時に司会が対戦者の名を高らかに告げている。
「遂に始まるってわけか。こっちもぼやぼやしてらんねぇわな」
ゲンさんは次のポイントを目指そうと人混みの縫い目を探す。そして一歩を踏み出そうとしたとき、歓声の中に驚きと困惑の声が混じり始めたことに気が付いた。
「なんだ?」
その場で足を止め、再びアリーナ中心へと振り返る。
その声がグラムに向けられたものであるならば非常に不味いのだ。中身が違うことが観客にバレれば、試合中に叔父さんを探し出すという作戦が根本から瓦解してしまいかねない。
ひやひやしながら確認したところ、どうやら声は東門側、正確にはそこから現れた小柄な影に向かって投げかけられているようだった。
その影は全身を黒いローブのようなものですっぽりと覆っていた。そのため顔や姿を確認することは出来ないが、それでもそれが長身の
神聖な決闘の場に部外者が、と思えばこのざわめきの理由にも納得が出来る。そもそも非合法な手段に出ている孝太陣営には少々心苦しいところではあったが。
しかし今のゲンさんはそんな思い以上に、その影に対してある種の錯覚を覚えていた。
「あの身のこなしは――」
野を越え山を越え、仲間達と
揺れる稲穂畑の向こう。夕日が作り出す全面の赤と
その間で健気に飛び跳ねる小さな影を遠目で眺めながら、ゲンさんと仲間達は頬に一筋の雫をしたらせる。
今日の夕日はやけに眩しいなと、仲間達と口々に言い合った――赤い世界での断片。
そんな大事にしまい込んでいた記憶の中の飛び跳ねる影と、今目の前のローブの動きとが頭の中で共鳴し、フラッシュバックしたのだ。
「おいおいおい、んなまさか」
ゲンさんは動悸を荒くしながら
胸が苦しいのではない。服の下、首から下げるコミュニティーの会員証を押さえ込んだのだ。
ハチロウ達にも黙っていたその会員証ナンバーは1桁。それはそのコミュニティーにおいて創世メンバーの一人であることを示していた。
ゲンさんは今一度ローブの影を視線で追う。
その正体を確かめる方法は簡単だった。
目を、目さえ細めればローブで姿を隠していたとしてもその名前を表示することが出来る。
現にゲンさんのシステムには同胞達からのメッセージが次々と飛び込んできていた。
その鳴り止まないアラートはローブの正体が誰であるかを明白に物語っていたが、しかしそれでもゲンさんは今一度自分の目で確かめずにはいられなかった。
それがコミュニティーの一員にしての、いや一ファンとしての使命なのだ。
ゲンさんは名前を表示するため、ゆっくりとその目を細めていく。すぐにその必要は無くなった。
遂に小柄な影がそのローブを上空へと高らかに投げ捨てたのだ。
表れたおかっぱ頭の少女に会場はとどよめきを一層に増す。
しかし放心するゲンさんの心にはそんな雑音は届かなかった。その瞬間、ゲンさんの世界は時間が止まったように静寂に包まれていた。
夢ではない。ずっと追い続けていた一人の少女。それが今こうして目の前にいる。
――時よ止まれ、汝は美しい。
ファウストにそんな一節があるが、ゲンさんにとってはその言葉の前後は逆だったようだ。
――汝は美しい、時よ止まれ。
今やゲンさんにとって世界は、目の前の少女とその大きな瞳に映り込んでいるのであろう自身だけのものとなっていた。
そんな時を止めたゲンさんを余所に少女は動く。
ゆっくりと会場全体を見渡し、最後に目の前の獲物へと視線を止める。
そしてその美しい顔から獰猛な八重歯を覗かせて、高らかに台詞を言い放つ。
「―――」
その瞬間、ゲンさんは確かに見た。
――時よ止まれ、汝は美しい。
その台詞は主人公が悪魔メフィストに魂を捧げる契約を意味していた。
そう、だからゲンさんは確かに見ていたのだ
己の魂が悪魔によって酷くあっさりと食われていくその様を。
最終回を迎えた世界で 川島ラタ @gyonikuso-se-ji
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