二巻 21話 ハチロウ達の作戦とグラム宣言の真相 その1
人で溢れかえった一階席の間を二つの影が疾走する。
一つ目の影はその小柄さを生かし、観客の隙間を縫うように走り抜ける。後ろに続く影はドタドタとぶつかる度に謝りながらもその影を必死に追いかけている。
『ダメ。ここにもいないみたい。ゲンさんそっちはどう?』
小柄な影――アイは通話をしながら観客席の手すりに背中を預け辺りを見渡した。目を細めて一人一人をじっくりと観察する。
『こちら2階席。こっちもまだそれらしい奴は見当たらねぇ』
アイは歓声の中でもゲンさんの声が聞き取れるようにと耳に手を当てる。話を聞いている間も観客席へと視界を滑らし続ける。
『了解。とにかく探し続けるしかないね。また何かあったら連絡する』
アイはそこで通話は切った。次の目標地点を定めてすぐにでも飛び出そうとする。
と、そこに息を切らしながらもようやくもう一人の影――ハチロウが姿を現した。
まだ初めて間もないというのに膝に手を突き、肩で息をしている。あちこちでぶつかったせいか髪も服装も心なしかよれていた。
「次はあっち探すよ」
アイはそんなハチロウに休む間を与えず次の地点を指差す。反応がないことに困り顔を作りつつも「先に行くね」とハチロウへと背を向けた。
しかしそのまま人混みに飛び込もうとしたところで、ふと後ろ髪を引かれるようにその足を止めた。
そして意を決して勢いよく後ろを振り返ると、下を向いたままでいるハチロウの手をぎゅっと掴む。
ハチロウがハッと顔を上げる。アイは安心させるように小さく頷きを見せる。
「こっち」
そうしてアイは掴んだ手を引っ張っていく。二人は連れ添ったまま再び人混みの中へと紛れていった。
観客席の中を走り回り、何かを必死に探す三人の影。
一体彼らが何をしているのか。それを知るには彼らが立てた作戦の全貌を知る必要がある。
決闘が避けられないとなったあの日。彼らはグラムの正体がバレないようにする方法に必死に頭を捻らせていた。
そしてその議題は知っての通り、次々と矛先を変え迷走の一途を辿っていた。
そのまま瓦解してしまうのかと思われたあのとき、孝太から大胆な案が打ち出されたのだ。
曰く「もういっそ叔父さんにグラムをやって貰おう」というものである。
確かに叔父さんはこのゲームとキャラクターを孝太に託していた。
しかしゲームを貸し出す条件が昔と同じであるならば、それは『クリアし終えたゲーム』のはずだった。
つまり叔父さんはこのゲームが終わっていると認識しているに違いない。
だが知っての通りこの世界は今も続いている。
叔父さんのライバルであった
クリア通知と同時にこの世界を去ってしまった叔父さんはきっとそのことを知らない。
そしていざそれを知ればどのような行動に出るか。
――ゲームを取り戻して自分でプレイしようとするんじゃないか。
それが孝太の考えだった。
その意見に三人はすぐに賛成した。
そしてそこから更に計画は練られ、末に出されたのが例のグラムの宣言だったのだ。
大会の延期と大会の宣伝。
延期は孝太が叔父さんへと連絡を取るための期間。宣伝は直に連絡が取れなかった場合に、間接的に話題を知ってもらうための保険だった。
そう、「大会を盛り上げてくれ、」というグラムらしからぬあの発言。正にノジールが疑っていたようにちゃんと裏の意図があったのだ。
実際、孝太の父親が「どこで何をしているか分からん」と言っていたように、リアルの世界で孝太は叔父さんに連絡を取ろうとしたものの上手くはいかなかった。
或いはゲームを託したであろうタイミングで連絡を見越してわざと身を隠していたのかもしれない。
そんな訳で本命は早々に失敗してしまっていたが、その分、宣伝という『保険』の成果は上々だった。
知っての通り、住民一丸の努力もあり、決闘のニュースはネトゲのニュースサイトに載るに至っていたのである。
この宣伝はグラムのイメージかい離と大事な決闘を見世物としてしまうというリスクがあったが、それは途中でゲームを放り投げた叔父さんに罰として受け入れて貰うつもりだった。
くしくも出来るだけ目撃者を少なくしたい、というノジールの目論見と彼らに作戦は、互いに裏の意味を持ちながらもその性質は全くの真逆だったというわけだ。
その結果は知っての通り。孝太陣営へと軍配が上がりノジールは苦汁を呑まされることなった。
しかしそれで孝太側が勝利を収めたかというと、現実はそう上手くいかなかったのである。
大会までの二週間の猶予。ノジールが待てども暮らせども軍畑から連絡が入らなかったように、彼らにもまた叔父さんからの知らせが届くことは無かったのだ。
本命も保険も失敗に終わった。
これで彼らの策は終わりを迎えたかと思いきやそうではなかった。
叔父さんに決闘ことは伝わらなかったのか。それとも伝わった上で黙りを決め込んでいるのか。
彼らは後者に賭けて、保険とも呼べぬ最後の策に出ていた。
それがグラムの三つ目の発言と今の状況である。
決闘の視聴を会場にいるアクティブユーザーのみに限定し、録画や中継を禁止するという一件意味を理解しかねるグラム最後の発言。
住民の誰もがアクティブ感を大事にしたいのだろうという理由に疑問を持ち得なかったが、その実ちゃんとした裏の意図があったのだ。
叔父さんはその実プライドが高い。
だからもしかしたら一度預けたゲームを取り戻すことに抵抗があるのかもしれない。
それでも自前のキャラとライバルがどうなったのか。そして貸し出した相手である自分がどんな行動を取るのか。きっと今の状況を知れば興味を持つはずだ。
そうであるならば確認したいと思うに違いない。
そんな状態で視聴をアクティブユーザーのみに絞れば、別アカウントを作ってでもこっそり見に来るんじゃないだろうか。
それが彼らの考えた策とも呼べぬ最後の作戦だった。
しかしそれだけではまだこの作戦の条件は整っていない。仮に新規アカウントで入ってきたとしても肝心の叔父さんを見つけ出す方法が全くなかったのだ。
多くのゲーム同様、このゲームもまた複アカ同士での情報の引き継ぎは皆無だった。
新規作成と何も変わらない。ステータスもアイテムも連絡先も全て真っ新な状態からのスタートとなる。
つまり手がかりとなるものが一つもないのだ。
「確かにステータスも真っ新だ。でもだからこそ、そこに探し当てられる可能性があるんじゃないか」
作戦会議の最中、しかしそこは解決済みだと言わんばかりにハチロウが威勢良く机を叩く。
「新規か複アカかなんて関係ない。とにかくめぼしい奴らを総当たりで探せばいいんだよ」
「だからそのめぼしいやつってのをどうやって探すんだって話だよ」
ゲンさんがツッコミを入れる。ハチロウはそんなゲンさんの瞳をじっと覗き込む。
「確かにそいつが複アカかどうかなんてすぐに分かりようが無いっす。でも俺らは複アカかどうか分からなくても、新規で作ったキャラクターを見分ける方法だけはちゃんと知っている。そいつらに片っ端から尋ねれば良いんすよ」
「だからその方法をだな」と言いかけるゲンさんにハチロウは指先を突き付ける。
「ゲンさん。分かるでしょう。ここにいるアイ。そして最近話題のあの子。彼女らがどうして見つかったのか。目立ってしまったのか。その理由を考えれば――」
それを聞いた瞬間、ゲンさんの顔に明かりが灯る。その変化にハチロウは強く頷きを返した。横に座るアイと孝太はぽかんと口を開けたままだ。
「そうっすよ。その方法とは――」
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