ふたつめっ

 探偵帽に片眼鏡、時代遅れの太い葉巻を口にくわえたスタイル抜群の私が、にっとイカした笑みを浮かべて犯人を指さしている――。

「っていう絵なんだっ」

 藍は、昨日に続いてあっけにとられたまま、あかねと佳ノ子の顔を交互に見比べた。あかねは自信満々で、佳ノ子の方はやれやれとため息をついている。会長机の上には、あかねが作ってきた高品質な――だけど藍の想像とはぜんぜん違う、ほのぼのさのかけらも見当たらないチラシがある。数枚あって、どれもコピーでなく手作りしたものだというから、どれだけ時間をかけたのやら。

「だからねっ、ハンコ押して、ハンコ!」

「タバコ……タバコは校内禁煙にイメージに反するわ。じゃなくて、まずは今が昼休みだってこと、分かってるの?」

 佳ノ子がいくつもあるだろう言葉を押しこめて、順序立てた最初の疑問を口にする。

「あー、佳ノ子ちゃん私のことバカにしてるでしょ? 私だって時計は読めるよ!」

「……それで、これが探偵同好会の勧誘チラシ?」

「あかねちゃん、絵うまいよね。ちょっとびっくりしちゃった」

 藍は一言フォローを入れながら、チラシを一枚手にとった。色鉛筆で彩られた探偵の女の子は、バランスよくとてもかっこいい。藍は少し笑った。あかねは幼なじみ三人組の中でいちばん絵がうまい。お料理もじょうずで、あかねのそういうところに子供の頃からあこがれている。

「まあ、良いわ。じゃあ掲示許可を出すから」

 佳ノ子はまた大きくため息をしたあと、「認可」のハンコを朱肉に押しつけ、ポンポンとチラシに赤い印を置いていった。

「ほら、藍。それも渡して」

「あ、う、うん」

 聞き分けがいいのは、昨日あかねちゃんにキライと言われたからなのかな、なんて想像しながら、藍はチラシを手渡した。佳ノ子はそれにもハンコを押して、認可済みのチラシ全部をあかねに手渡した。

「くれぐれも騒ぎを起こさないように」

「もっちろん! 騒ぎを解決するのが、探偵のお仕事だもんね!」

「……そうね」

 あかねの笑顔にほだされて、佳ノ子にも笑みが宿った。そんな二人の姿を見ているとき、藍は幸せを感じる。心が通じあう景色はまるで爽やかな風のようで心地良い。

「ようしっ。藍ちゃん、さっそく貼りにいこうよっ」

「うん、そうだね。じゃあ佳ノ子ちゃん、また」

 佳ノ子は何も言わずにうなずいた。直後、藍はあかねに引っ張られ、つまづきそうになりながら生徒会室を後にした。

 各階に二つずつある黄緑色の掲示板を回るために、二人は昨日と同じように四階から始めた。三年生が珍しい二年生達の姿をほほえましく見ていて、藍は少し照れくさく思った。

「これって、作るのにどれくらいかかったの?」

 チラシの隅を画びょうで押しながら、藍はあかねにたずねた。紙は簡単に貫通するけれど、藍の力では中々板に穴が空かない。

「んー? 一枚、二時間ぐらいかな?」

「二時間……って、すごい時間だね。八枚あわせたら半日を超えちゃうもん」

 一日一枚描くとして、八日間続くかな、と藍は自分の姿を想像した。ダメだ。二日目の途中で、投げ出してしまいそう。

「そうかな? えへへ……あ、でも、文章考えるのは苦労したんだよ。いろいろ書いてみたんだけど、どれもしっくり来なくってさ。藍ちゃんに任せたら良かったなー」

「私もあんまり得意じゃないけど……。よし、できたよ」

 ようやく四隅が留まって、藍は何歩か後ろへ下がった。真新しい紙。タッチの柔らかな色鉛筆の絵。そして「探偵募集中!」の大見出し。

「うん、完璧だねっ」

 藍の気持ちを代弁したのは、隣で満足そうにうなずくあかねだった。ちょっとセンセーショナルかもしれないけど、あかねらしくていい。藍も、あかねとは少し違う種類の満足を感じた。

「探偵部の部員さんは、みんな探偵さんなの?」

「もっちろん! そうじゃないと面白くないよっ」

 チラシにも同じようなことが書いてある。藍はくすりと笑った。何かやるなら、楽しくなくっちゃ。

「……あ、活動場所、教室にしたんだね」

 最後に書いてある「主な活動場所」の欄には、「二年C組」と書いてあった。「C」の字だけ大きく書いてあって、不揃いなのがどこか可愛らしい。

「うん。部室はまだないけど、探偵として根城がないとかっこ悪いもん」

「ね、根城……そうだね」

 間違ってはないけど、その言葉がチラシに入ってこなくて良かったと藍は苦笑いした。

 四階で二枚、三階でも二枚を消費し、二人は二階まで下りてきた。二階は一年生の教室で、藍もここではそれほど緊張を感じない。

「お昼休みの間に、ぜんぶ貼れちゃいそうだね」

「うんっ。藍ちゃんが貼るのうまいからだよー。あんな風にまっすぐ貼るの、私じゃできないもん」

「そ、そうかな?」

 褒められるとうれしい。あかねに必要とされることが、藍にとっての喜びの種だった。

「そうだよっ。……あっ! ま、待って、藍ちゃん!」

 あかねが立ち止まって、それから掲示板とは違う方へと走っていく。廊下を走ってはいけないと信じている下級生の悪いお手本に……じゃなくて。藍は混乱した頭を整理しながら、一年生の教室の前にいるあかねの下へと歩いた。

「ろ、廊下は走っちゃダメだよ、あかねちゃん」

「藍ちゃん、見てっ」

 言われるがままに、あかねの指さす先へ視線を移す。一年A組の教室は、お弁当を食べる生徒でにぎわっている……のが筒抜けだった。

「窓が割れてるんだ。ねえねえ藍ちゃん、事件の香りがしないっ?」

「え、えっと……しなくはない、かな?」

 教室と廊下の間にある窓の一枚がない。あかねはそこに、何かがありそうだという予感を得たようだった。

「じゃあ聞き込み聞き込みっ! いっくよー!」

「えっ、ええーっ!?」

 藍の驚嘆の声も何のその、あかねは藍の手を引いて、ずかずかと一年A組の教室へと乗りこんだ。


 一年A組の生徒達は憩いの時間を平和に過ごしていた。まだ入学して間もないけれど、お昼休みはとても平和な時間だという確信は、もうほぼ全体に広がっていた。

「たのもーっ!」

 だからそこに、正体不明の二人組が現れたとき、騒がしかった教室は一瞬だけしんと静まりかえった。

「あ、あかねちゃん、ダメだよ。みんなびっくりするよ」

 藍は顔を真っ赤に染めて、あかねに言った。一年生が相手でも、こんなふうに注目されるのはとても恥ずかしい。救いは、止まりかけた教室の時間が、またすぐに動きだしたことだった。

「探偵部を知ってもらうためには、びっくりさせた方がいいでしょ?」

「それだと悪名が広がっちゃうよ……」

「うーん、それもそうだね。うん、今度からこっそり入るよっ」

 それもなんだか違うと思ったが、「たのもーっ!」で入るよりはずっといいので、藍は黙ってうなずいた。

「さてさて、事件はどこかなー? 事件はここかなー?」

 あかねがおかしな歌を口ずさみながら聞き込みをはじめる。一年生もようやく、「あれがうわさの河原あかね先輩らしい」と気付いてきた。あかねは校内の有名人だった。明るくて、鉄砲玉で、底なしに明るくて――その評は藍に言わせればあかねの三分の一も言い表せてはいなかったが、そのおかげであかねはいつも、好意的な視線で見守られている。一年生はまだ知らなかったけど、近く知ることになるんだろうな、と藍は思った。

「あの窓は、すこし前に廊下の掃除当番が割っちゃったんです」

 あかねが二番目に声をかけた女子生徒は、お弁当のふたを閉じながらそう言った。

「あやしい……事件の匂いがする……!」

「いや、割っちゃったの用務員のおじさんなので、多分それはないと思います」

「う……それは、あやしくないね」

 齢九十の可愛い用務員さんを思い浮かべて、藍は苦笑いした。最近は階段を上るのも大変そうだから、うっかりして窓を割る姿も簡単に想像がつく。

「誰も、けがしなかった?」

「あ、はい。明日には新しい窓が来るらしいです」

 藍を上目遣いに見て女子生徒は答えた。

「それならよかった。……リボンはどうしちゃったの?」

 藍は重ねてたずねた。佐野松高校の女子制服には愛らしい桃色のリボンがセットで付いている。藍もあかねも結んでいるそれが、女子生徒の胸元にはなかった。

「これは、今日の体育の授業のときに、教室に置いてたらなくなっちゃいまして」

「……あやしい。あやしいよ、それはっ!」

 窓が事件にならずに落胆していたあかねが、復活してびしっと女子生徒を指さした。

「え、えっと……?」

「ぜったいに事件だよ! 詳しくっ、詳しく話してっ!」

「あ、あかねちゃん、びっくりさせちゃダメだよ。……ゆっくりでいいから、良かったら話してくれないかな?」

 おののく女子生徒に、藍はそう言って柔らかく笑った。そうしていると相手が落ち着いてくれると、藍は自分で分かっていた。

「その、体育の時間に教室に置いておいたリボンが、帰ってきたらなかったんです」

「あやしいっ……じゃなくてっ。えっと、体育の時間って、何時間目?」

「二時間目です」

 あかねの瞳に輝きがともる。楽しいことを見つけた時の目だと藍は思った。

「ようしっ。私達探偵部が、この事件を解決します!」

「た、探偵部?」

 女子生徒はまた困惑して、あかねの隣に立つ藍を見て助けを求めた。

「あはは……。えっとね、校内の困りごとを解決しよう、っていう活動をしてるの」

「私が部長でーす!」

 あかねは満開の笑みで右手を上げ、それから女子生徒の両手をがしっとつかんだ。

「え、えっと、それじゃあ……お願いします」

「うん! その代わり、探偵部に入ってくれないかなっ?」

 ぶんぶん、と腕を上下に振る。あかねの笑顔に押されて、女子生徒もすこし笑いながら、

「か、考えておきます」

 と、答えた。

「じゃあ藍ちゃん、『リボンの神隠し事件』を解決するために、さっそく聞き込みをはじめよっ」

「う、うん、そうだね」

 チラシは間に合わないな。藍はそう思いながら、次の生徒に声をかけようとするあかねの背中を追いかけた。




「サトミちゃんのリボンの居場所、誰も知らないみたいだったね……」

 聞き込みをしばらく続けたあと、二人はいったん廊下に出て、情報を整理していた。

「うーん。リボンに名前は書かないから、もし見かけても、サトミちゃんのだって分からないんじゃないかな?」

 リボンを失くした子の名前はサトミだと分かったけど、それは何の手がかりにもなりそうになかった。

「教室にあったリボンがなくなったんだから、私はぜったい! 誰かが盗んだんだと思うんだよね」

「うん……でも、リボンなんてどうするのかな?」

「自分のがなくなって、代わりにとか?」

 あかねは続いて、いくつかの推理を口にした。だけどどれも情報不足で、想像の域を出ない。

「続きは放課後だね。もうすぐ授業はじまっちゃうよ」

 藍がにこっと笑いかけると、あかねもそうだね、と笑った。二人で喫茶店に行くのも良いけど、こういう時間をすごすのも楽しい。

「……あれ?」

 柱の陰から女の子が自分達を見ているのに藍は気付いた。さっき、一年A組の教室にいた子だ。話を聞かなかったけど、もしかして何か言いたいことがあったのかな。しかし、藍が歩み寄ろうとすると、女の子は脱兎のように教室へ引っ込んでいってしまった。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。戻ろ、あかねちゃん」

 あの子は何だったんだろう。あかねと手をつないで歩きながら、藍は一年A組を振りかえって首をかしげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

せーので始める探偵部っ 今夜の山田 @yamada_tonight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る