2024/06/06 サポーター限定記事でしたが、 公開から時間が経ったので一般公開にしました。よろしくお願いいたします。
では以下。
突然ですが、思いついたので書きました。お楽しみいただければ幸いです。
※拙作『みんなこわい話が大すき』に関し、若干のネタバレを含みます。
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「じどうかん、いや」
果穂がそんなことを言ったのは初めてだった。
近所に児童館がある。なかなか設備が充実しているし、時々は工作教室やミニコンサートなんかの催し物もあって、利用者は多い。かくいう私も、たびたび娘の果穂と利用している。
「なんでいやなの?」
「こわいひとがいる」
三歳児にしては、果穂はおしゃべりが達者な方だと思う。それでも大人のように筋道立てて話せるわけではないので、なんとか根気よく聞き出してみた。
どうやら、児童館に来る大きな子の中に、こわい子がいるらしい。
児童館を利用するのは乳幼児だけではない。近くの小中学校の授業が終わる時間帯になると、近隣の児童・生徒が訪れる。談話室で駄弁ったり、自習室で参考書を広げたり、なかには幼い弟や妹の面倒をみている子もいる。果穂もそういう大きな子たちにかまってもらうことがあるが、いじわるするような子なんかいただろうか? そんな子がいたらすぐに目につくし、ママ友間ですぐに情報共有されるはずだ。
私が首を捻っていると、果穂がたたみかけるように言った。
「まっくろなひとがいるの」
翌日の午後、児童館で遊んでいると、果穂が廊下の方を指さして「あれ」と言った。
「こわいひと」
示された方を見ると、カウンターのところに立つ女の子の姿が見えた。中学生だろうか、白いシャツに紺色のジャンパースカートを着ている。テレビに出ていてもおかしくないような、きれいな子だ。
「あのお姉さんがこわいの?」
果穂は何度もうなずきながら、私の後ろに隠れた。
カウンターで用事をすませた女の子は、私たちの前を歩いて通り過ぎた。私と目があうとぺこっと頭をさげ、「こんにちは」と挨拶する。果穂にはひらひらと手を振ってくれた。
感じのいい子だ。ちっともこわく見えないけど……。
そう思っていると、果穂がスカートを引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「まっくろ」
そう言って果穂は、さっきのきれいな女の子を指さした。
「だから何が……」
そう言いながらそちらに顔を向けると、女の子と目があった。
彼女もこっちを見ている。
まっくろ、ではけっしてない。でもその視線に、妙に惹きつけられる感じがした。頭の中に何かが入ってくるような感じがする。目が離せなくなる――
そのとき、袖口を引っ張られた。
「ママ、かえろ」
半泣きになった果穂だった。私は急いで仕度を始めた。
自転車のペダルをこぎながら、なんで逃げるように帰ってきてしまったんだろう、と今更のように考えた。
別に果穂の言う事を本気にしたわけじゃない。あの女の子が真っ黒に見えたわけでもなければ、なにか意地悪をされたわけでもない。
ただ、今になって女の子の服装が気になった。いかにも制服然としたあの格好は、このあたりでよく見かける中学校の制服ではない。
ちょっと離れたところから来ているのだろうか? でも、何のために? これといって特別な場所でもないのに――考えても納得のいく答えが出なくて、少しだけ怖くなった。
女の子の姿はその後も三回ほど見かけ、そのたび果穂に乞われて退出することになった。続くようなら困るな……と思っていたのだけど、いつ頃からか彼女の姿を見かけなくなった。きれいだと思ったその姿も、時が過ぎるうちにだんだん忘れていってしまった。