それはある日のこと――、
「あ、アンちゃん丁度よかった。トレスちゃん見なかった?」
大きな袋を抱えながら、エリベルは訊ねる。
『トレスですか?いえ、見ていませんが、どうしたんですか?』
「ダンジョンの新しいトラップを考えたんだけどね。その実験をトレスちゃんに手伝ってもらおうと思って」
『成程、そうですか。分かりました、それでは、私もトレスを見かけたら、声を掛けておきましょう』
「ええ、助かるわ」
そこでアンは、エリベルの抱えた袋に気付く。
それは継ぎはぎだらけのボロボロの大きな袋だ。
『ん?その袋は何が入っているのですか?』
「ああ、これ?トラップの実験に使う素材よ。あり合わせだけど、工夫次第で結構使えるトラップになるのよ」
よどみなくエリベルは答える。
まるであらかじめ用意しておいた様な回答だが、まあいいかとアンは思った。
踵を返そうとした瞬間、エリベルの抱えていた袋に肩がぶつかり、袋の縫い目から中身が零れ落ちてしまった。
「あっ」
『ん?』
袋から零れた素材を見る。
『これは……土蟲の肝の干物と、エルドサボテンの実ですか……』
どちらも魔術の素材として使われるものだ。
ただ、その用途は通常の魔術とは少し違う。
『確か……どちらも、強い催淫作用や幻覚作用がありましたね。……これを何に使うつもりだったのですか?』
「えっと……そ、そりゃあダンジョンのトラップに使うために決まってるでしょう!これを使えば、冒険者の油断を誘えるわ!」
成程、確かに一理ある。考え過ぎだったか。
そう思ったが、またもボトッと袋から何かが落ちた。
それは手枷と目隠し用の黒い布。それもお子様サイズの小さなものだ。
『……これも実験に?』
「え……ええ、勿論よ!子供の冒険者だって居るかもしれないし……」
目を逸らしながら、エリベルは言う。
………怪しい。もう、確定的に明らかに怪しい。
『……エリベルさん。トレスを探していたのは、本当に実験の協力を仰ぐためですか?』
「え、ええ!もももも勿論じゃないの!とっとととと当然よ!」
ブンブンと大袈裟にリアクションを取るエリベル。
すると、今度は懐から羊皮紙の束が落ちた。
『ん……?これは?』
「あっ、それは」
素早くアンはそれを拾い上げ、目を通す。
軽く十枚以上はある羊皮紙の束。
見出しにはデカデカと、こう書かれていた・
――トレスたんペロペロ調教計画書。
『……………』
「……………」
気まずい沈黙。
「―――っ!」
次いで、エリベルはダッシュで逃走した。
それはもう綺麗な陸上フォームで。
『あ、待ちなさい!くっ、無駄に素早い!子蟻達よ!変態が逃走中です!直ぐに捕えなさい!』
その後、アンと子蟻達、更に千手をはじめとしたゴーレム達の必死の活躍によりエリベルを捕縛。
計画は実行に移される前に頓挫したという。