この記事はギガントアーム・スズカゼ第六話の書き上がった最新分を掲載しているものです。
これまでの話は下記リンクから読めます。
https://kakuyomu.jp/works/16817139556247117561◆ ◆ ◆
口角を上げるミスカBとジット。
やがて、ジットは口を開いた。
「一つ違う点があるとすれば。僕が警戒しているのは暗殺だけでなく、スパイ行為もです。むしろそちらの方が重要ですね」
防御の要を失い浮足立つグラウカ達。その隙を逃さず、スズカゼは切り込んでいく。
「スパイ……エルガディア魔導国と繋がりのある者が、ウォルタールの乗組員内に居ると?」
「ええ、十中八九。そもそもエルガディア魔導国に通じる者達は、アクンドラのみならず世界各国に結構な数が居た筈ですよ」
「……根拠は?」
「今のイーヴ・ラウスの有様が、そのまま答えです。たった一国による、類を見ない程に大規模な魔法作戦。幾らエルガディア魔導国が魔法先進国とは言え、単独でこれ程の事が起こせるでしょうか」
「それは……」
「ギガントアーム・ランバの調査を一人でやっていたのも、元をたどればそのためです。どこで、誰が、どのような形のアンテナを張っているのか。慎重を重ねると、ああなるしかなかったのですよ」
成程、とミスカBは思う。ジットが部下達へ意図的に遮断していたのは、ミスカの人となりだけではない。恐らく自分自身の動向や目的すらぼかしていたのだろう。そうでなければトーリス戦時、もっと早くウォルタールが駆けつけて来た筈である。
しかし、だからこそ。
「分からないな」
「何がです?」
「本当にスパイがいるのかどうか、だ。アナタの事だ、乗組員の選出にしても相当に吟味を重ねたのでは?」
「んん……そう出来れば良かったんですけどね」
ここで初めて、ジットは言葉を濁した。モニタ越しのスズカゼは、それとは対照的な大暴れを続けている。
「どうあれ。フォーセルさん、そして加藤さん。お二方との出会いと、そこから繋がるギガントアーム・スズカゼの制御状況、及び強大な戦闘力。これは僕にとって予想外の状況です。それは必然、スパイにとっても同様でしょう」
「つまり?」
拳打。射撃。蹴撃。跳躍回避。飛び蹴りからのパイルバンカー。胴体に大穴を穿たれたグラウカが吹き飛び、別のグラウカと激突、爆散する。
「この状況を最大限に利用します。現状、スパイもまたこの状況に戸惑っている筈です。恐らく、いえ、間違いなく我々以上に」
「それは、確かにそうだろう。僕の立場で例えるなら、キーン達との通信を封鎖されているようなものだ。コイツはうまくない」
「そうでしょう。よって、我々はこのままエルガディア魔導国に敷設された巨大六角形の一つへと接近。可能な限りの情報収集を試みます」
「やれやれ、なんとかなったな」
その時、一仕事終えたミスカAがミスカB達へと振り向いた。部屋のモニタとスズカゼのセンサーに映る敵影は、いつの間にか全て無くなっていたのだ。
「そっちの状況を知りたい。今同期を」
「いや、もう少し待ってくれ僕」
リスクは高い。
だが断る理由もない。
この状況を打開するためには、まず安定したエルガディア・グループとの通信確立が必須だ。その為には遅かれ早かれエルガディア魔導国と戦う必要がある。当然その際の戦力は少しでも戦力が多い方が望ましい。
例えその戦力内に無視できぬ異物《スパイ》が混じっていたとして、そいつも結局表向きは味方だ。状況を加速させ、敵方との情報共有を分断する事で、協力を強制させる。寝返ったと敵に思わせる事でリスクを踏み倒せる。ティルジット・ディナード四世は、そう踏んでいるのだ。
「ふむ。悪くない方針だ」
「……あれ? よく見たらここ俺の部屋じゃない?」
「それはそうだろう。加藤の記憶を参照して作られた仮想空間だからな」
唯一気に入らない点があるとすれば、状況の主導権をティルジット・ディナード四世が握っている事だろう。彼が潜在的な敵国アクンドラの者だから、というだけではない。ウォルタールの乗組員から不安要素を排除しきれていないからだ。
理由は分からない。だがアクンドラ本国から押し付けられたのだ、という察しはつく。それはつまりアクンドラ本国内部にスパイが浸透しており、かつティルジット自身の立場も微妙なものであるという予測に繋がる。やもすれば、それを打破するための武勲として今の調査作戦を提案したのかもしれない。
仮にそうだとすれば、ウォルタールに長く留まるのは危険だ。今提案された以上に無茶な作戦へ駆り出される可能性が高いのだから。
最も現状、そう簡単にウォルタールから離れられられる状況ではない。だとしても、決別のタイミングは常に伺っておく必要がある。ミスカBはそう結論する。それから、もう一人の自分と同期する。
「……成程な」
ミスカは、改めてジットを見やる。当面の間、仲の良いフリをしなければならない相手。視線の色から察するに、向こうも同じ事を考えているか――などと思考するミスカとジットの間へ、一本のペットボトルがどかりと割って入る。
「は」
「え」
「ん? どうしたんだ二人とも」
ちゃぶ台に胡坐をかく一郎は、コップをミスカとジット、それから自分の手元に置く。それから黒っぽい液体で満たされたペットボトルの封を切る。
弾ける炭酸。しゅうしゅうと音立てるカラメル色を、一郎はコップへと注いでいく。
「なんか知らんけど、小難しい事終わったんだろ? なら一息ついて乾杯しようぜ」
ニッ、と笑う一郎。毒気の全くない笑顔。ミスカとジットは、顔を見合わせる。
それから、少し笑った。
「それは、まあ」
「正論、ではありますね」
「だろ?」
地球でも指折りに有名な飲料は、三人の喉を潤した。
それはその後の三人にとって、忘れられない味となった。