平安ファンタジー小説「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕え或ハ近衛大将ノ大詐術」の「二十四 翠令、矢を射るコツを聞く」を投稿しました!
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393/episodes/16816927860836510222大内裏図について、その地図が資料として残っています。
私の近況ノートでも掲載しています。
↑これを掲載した時は内裏と左右近衛府の位置関係をマークアップしておりましたが、今回は「武徳殿」をマークアップしたものものを掲載いたします。
武徳殿は大内裏の中でも西の方にあります。拙作でも書きましたように右近衛府のそばです。なので、右近衛府に所属する白狼が武徳殿の辺りをうろついております。
武徳殿のWikipediaでの説明では「宮中で競馬などを観覧する際に用いられた」とあり、「武徳殿の東は馬場、宴の松原などが広がっていた」とあります。
現在の京都市内にも武徳殿という建物があります。
岡崎公園内にあり、府立図書館に行った際に周りを通りかかったことがありますが(通りに面したところに「武徳殿」の由来を示す掲示があったように記憶しています)、日本趣味が取り入れられた大規模な建物です。
平安時代の大内裏の武徳殿にちなんで、近代以降に建てられた武道関連の施設が「武徳殿」を名付けられた例は他にもあるそうです。あなたのお住まいの地域にもあるかもしれませんね。
上記のとおり、武徳殿の東に「宴の松原」という広場があります。
大内裏図を眺めていても思わせぶりというか……。大内裏の中心線を挟んで内裏と対称をなすように存在しています。
この立地から「内裏の建替用地」だったのでは?という説も唱えられてきました。
Wikipedia「宴の松原」の項目にもありますし、私が学生の頃にも聞いたことのある説です。
また、大内裏の図面を見てるとそう考えたくなるんですよね……。
ただ、Wikipediaによれば、それを裏付けるような発掘結果はないそうです。
確かに、現在でも京都市内の市街地の下です(市立の中央図書館の北のあたりで住宅とかが密集しているエリアです)ので大規模な発掘が出来る場所ではないですね……。
当分は謎のままでしょう……。
平安時代においても鬼や妖がでる妖しい場所とされていました。
拙作でもラストシーン近くで、「妖が出ると噂されている場所」として言及されます。
どうか、その場面までご愛読下さいますよう。