侘山 寂（Wabiyama Sabi）

　部屋のどこかには、朝の光、外の空気、作業の跡が少しずつ残っている。 　それらは過ぎてきた時間と今の動作、そしてこれから続く生活のどれとも切り離されていない。

仕事は惰性で続けている。 やめたいわけじゃないが、この先に何かがあるとも思えない。 家族との関係も、友人とのつながりも、薄くなって久しい。 決定的な不幸があるわけではない。 むし…

「食べて、寝て、起きるだけの3日間。 　世界一シンプルな休暇を。」

最奥の小部屋。 薄暗い壁に、ひとつだけボタンが埋め込まれている。 くすんだ灰色。 少し緑が混じった鉄の色。 青さは一滴もない。 それでも会社のマニュアルには「青いボタン」と書…

でも、もう終わるなら。 喉が震え、一度も形にできなかった本音が、ようやく滲んだ。

「……時間を食ってるのか？」 机の端に、指先ほどの半透明の生き物がいた。 目も口もわからない。 ただ震えるたびに、秒針がひとつ戻る。

だから、形のあるもののほうが安心できた。 影はいつも、僕を否定せずについてきた。 ただそこにあるだけで、救いだった。

この港の船は、生きている。 喋らないし、視線もないけれど、“乗せてくれる気があるかどうか”は見ればわかる。

「見て、昨日買ってもらったの！」 友達がゲーム機を掲げると、部屋のカーテンが揺れ、その揺れの縁が薄く明るく見えた気がした。 友達の母親が笑って言う。 「喜んでるときは、だいた…

大人たちは言った。 「あの子は、本当に大人みたいだ」

言われるまま動くつもりはなかった。 期待に従う気もなかった。 この先をどうするかは、僕が決める。 それだけは確かだった。

この世界は、生まれたときから平面だった。 立体を知らない僕らは、指先で滑らかなガラスをなぞりながらその中にすべての現実を見てきた。

「幸福が飛んでくる。」 私を見て、そう言う人もいるらしい。 けれど、幸福はどこからも飛んでこない。

本任務の目的は、地球外文明との接触および交流可能性の調査。 異なる知的生命体との相互理解を通じ、将来の恒星間支援・共存体制構築に向けた基礎資料を収集すること。

感情には光度がある。 「感情光学（Emotive Optics）」では、発話直前に生じる微弱な光を“ルーメンスレート（lmR）”という単位で測定する。

朝になると、街の空気がやわらかく金を帯びる。 窓を開ければ、遠くの塔の鐘が低く鳴り、人々は指先を掲げて、一斉にリングを光らせた。

砂は青かった。 風に舞うたび、陽光を反射して小さな虹を生んだ。 この地では、その砂から作られるガラスが主産業だ。

荷物をまとめたとき、これだけはどうしても捨てられなかった。 琥珀色の香水瓶。 彼女が最後につけていた香りだ。

AIが社会のあらゆる判断を担うようになってから、人間には「特化」が求められるようになった。その結果、生まれたのが「出世孤立制度」。孤独に耐えられる人間こそ、最適化社会を導く存在と…