色々な文化が好きな私としては少し思うところがあります。もちろん、行為自体は非難されるべきものだとも思います。当然それは思うし、被害に遭った方のためにも色々なことをやらなければならないのだとも思うのだけれど、ただ、昨今のこの感じはちょっとどうかなあとも思うんです。不祥事によって人格だけではなくて、これまでその人が作ってきたものとか表現してきたものとか、そういうものまで全てを否定してしまうような風潮がちょっと違うのかなと自分は思います。今まで笑ったり感動していたものにいきなりNOの姿勢を示すことは、自分としてはちょっと難しいです。作品と作者の人格を完全に同一視はできません。
きっと今回の一件でまたいろんなものを失ってしまうんだろうなあと思います。あの味を出せる役者さんは大事にすべきだと思うんですけどね。
昨今の報道に違和感を覚えます。報道の受容者にも疑問を抱きます。少しずつ、人として守るべき白線が薄れて越えてしまうような人が徐々に増えているような気がします。けれど、相手もまた一人の人間であることを忘れてしまっている人が少なからずいると肌で感じます。罪があっても人間ですよ。忘れないでください。それが誰であっても、限度があります。気づくべきときではないでしょうか。気づいて、踏みとどまる一線をもう一度再認識するべきだと、私なんかは思います。人格の否定なんて、そうそうするもんじゃないですよ。
すぐに戻って…とかは難しいのかもしれません。けれど、もちろん色々とちゃんと解決した後、もう一度その芝居や喋っている姿を見たいと思います。いつになるかな。わからないけど。
私は文化っていうものを大事にしたいと考えています。平和じゃないと文化は生きられないとか、本気でそう思ってる人です。でも、平和であってもこういう形で失われるっていうか壊れるというか、そういうのは本当に残念だなと思うんです。そりゃあ人間だから完璧なんてものはないんだろうけど、人間だっていうなら再始動の機会を与えたっていいじゃないとも思います。その機会を与えない方がよっぽど人の所業じゃないと私なんかは思います。人の人生をそこまで邪魔する権限、誰も持ってないですよ。
ご批判ご意見あると思います。そのつもりで書きました。そのくらいの覚悟を持って書いたので、それと同じくらいの覚悟をお持ちの方がコメントなりなんなりしてください。
最後にもう一つだけ。誤解のないようにもう一度言います。今回の投稿は擁護するようにも見える発言ですが、別にやったことを肯定するってわけではありません。むしろそれは非難されるべきだと人並みに思ってます。ただそれが「正しい非難」であるのかなと疑問に思っている次第です。気をつけよう不祥事!