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外伝 才能限界クソザコナメクジ一般現地冒険者の憂鬱③


 冒険者ギルド。
 それはオモイカネが国に働きかけて立ち上げた冒険者の管理と支援を目的にした組織である。ある種の超人である冒険者を野放しにすることは治安の問題上ありえず、ギルドの類似組織はどの国にも存在する。
 なお日本における実態はオモイカネの資本と人材が大量に投下され、半ば牛耳られているという有り様。事実上日本国の看板を掲げたオモイカネの傘下組織と言っていいだろう。
 行政の癒着がどうこうと一時期真っ当な指摘を食らいもしたが、主に札束と才能UR人材で黙らせたあたりオモイカネ工業も後ろ暗さバリバリのブラックメガコーポであった。

「今日は~、ギルドで~、お仕事~♪」

 とはいえ調子はずれな歌を歌うユウキのような末端の冒険者にとってそんな裏事情は関係がない。真っ当に組織運営されているならなおさらだ。
 そして取った手段はさておきオモイカネによるギルドの運営は現場の冒険者にとってもまともで適正なものであり、文句を言う声は少ない。ただしギルドが主に取り扱うオモイカネ製のアイテムがどれも高額である文句は常に絶えない(なおオモイカネ以外の品質が怪しい廉価製品を買って痛い目に遭うまでがワンセットだ)

「お銀さんと~、お仕事~♪」

 ユウキの向かう冒険者ギルド東北第二支部が建てられたのは福島県K市の市街地の中心部。
 首都圏からのアクセスも整備され鉄道や東北・磐越自動車道が縦横に交差するなど交通の便がよいK市は「人」「モノ」「情報」が繋がる東北地方第二の経済都市。
 特産は米と養蚕。特にダンジョンに起源を持つ特殊な蚕が生み出す絹は一部アイテムの原料となり、オモイカネ工業とも大量の取引がある。
 K市はオモイカネにとっても日本にとっても重要な都市であり、ギルドの大支部設立にうってつけだったのだ。
 そんな大都市の中心部に建てられた巨大なビルは丸ごとそのまま冒険者ギルド支部である。オモイカネ資本の巨大さが伺える。
 見上げる程の巨大ビルにユウキは学生服のままルンルンとした足取りで正面から入っていく。

「あら、名瀬さん。お帰りなさい。今日は依頼?」
「お久しぶりです! 今日は放課後短期バイトで来ました!」
「店長……じゃない、支部長は3階のBarにいるわ。よろしくね」
「はい!」

 ビルに入り、1階奥の総合受付に座る馴染みの事務員さんと挨拶を交わすとエレベーター……ではなく階段を3段飛ばしで駆け上がる。無暗にパワフルなユウキはつい身体を使う方へ行ってしまうのだ。
 そうしてあっという間に駆け上がった先のギルド支部3階。主に冒険者用の受付階として作られたスペースの一画へ向かう。そこは公共施設らしからぬ雰囲気の空間だった。
 Bar《ブルーローズ》。昼はカフェ、夜はBarとして冒険者向けに建てられたギルド併設店だ。
 支部長の完全な趣味で細部まで拘って作られた店内は落ち着いたシックな雰囲気を醸し出しつつ、全体的には明るく清潔感がある内装に仕上げられていた。雰囲気のある上品な喫茶店に似た、落ち着いているが敷居は高くないという塩梅だ。店主の人柄が伺える。

「お銀さんこんにちは! お店の手伝いに来ました!」
「あらユウキちゃん、今日は来てくれてありがとう。歓迎するわ」

 開店前の《ブルーローズ》の扉を開くとチリンチリンとベルが涼やかな音を鳴らす。
 ユウキが入って来た勢いのまま元気よく挨拶すると、お銀と呼ばれた店主がしっとりと低く落ち着いた声音で答えた。

「急なヘルプに入ってくれてありがとね。バイト君が急遽体調不良になったものだから人手が足りなくなっちゃって」
「いえ、全然大丈夫です! ほんとなら夜の方も手伝えたらよかったんですけど」
「アナタはまだ未成年だからね。気にしなくても大丈夫よ。それにお掃除みたいにお願いしたいお仕事はたくさんあるわ」
「頑張ります!」

 細身だがしなやかに鍛えられた長身をバーテンダーの正装、白いシャツと黒いベスト、スラックスに包んだ”男”に向けてユウキは笑顔で答える。
 そう、”男”だ。
 中性的に整った顔立ちと背中で纏めたウェーブのかかった長髪が妙な色気を漂わせているが、間違っても女と見間違えることはあるまい。
 彼女(性別は自称)の名前は酒井銀二。お銀、お銀さん、銀姐さんといった愛称でギルド所属の冒険者から慕われる東北第二支部の支部長だ。
 いわゆるオネエ。本人曰く男の身体に乙女のハートを搭載した新人類である。

「それじゃ早速だけど掃除をお願いできる? 昨日一通りはバイト君にお願いしたんだけど忙しくて細かいところはやり切れていないのよ」
「分かりました! 道具はいつものところですよね?」
「ええ。それじゃお願いね。あ、ソファーのところは動かさなくていいわ」
「? はい。ソファーですね」

 お銀はその面倒見の良さと実力から周囲に乞われ、支部長に就任した経緯を持つ。実際ギルドの母を名乗り所属冒険者へ親身に相談に乗る姿勢とLv.42の『職業:暗殺者』という折り紙付きの実力はその言動に眉を顰める反対者を黙らせるに十二分の実績となった。
 この《ブルーローズ》もまた半分は彼女の趣味であり、もう半分はギルド所属の冒険者が彼女に愚痴や相談を吐き出す場所という側面があった。

「ふんふんふふーん♪」

 それからしばらくユウキはは鼻歌を歌いながら床掃除をしたり奥から在庫を補充したりと忙しく立ち働いていた。流石は冒険者と言うべき馬力で次から次へと仕事を片付けていく。
 そしてキッチリ一時間後。全てではないがひと段落し、開店まで一時間を切る時間となった。

「ほんとユウキちゃんがいてくれて助かるわ~! 華もあるし働き者だしユウキちゃんをお嫁さんに貰う男は幸せ者ね!」
「エヘヘ、私もお銀さんとお仕事出来て楽しいです。お母さんみたい」
「んまっ、この子ったら! お姉さん機嫌がいいから早速ご褒美あげちゃう。シンデレラでいいかしら?」
「お銀さんにお任せで!」

 見るからに上機嫌なお銀がバーのカウンターに必要なモノを取り出し、準備を整える。
 オレンジジュース、パイナップルジュース、レモンジュースを同量いれ、シェイカーでシェイク。サクッとした手付きでノンアルコールカクテルを仕上げ、カウンターに座ったユウキの前へカクテルグラスに注いで出した。

「わーい、お銀さんのジュースだー」
「ジュースじゃなくてカクテルって言って欲しいんだけど……まあいいわ。そんなに嬉しそうな顔で飲まれたらね」

 嬉しそうにカクテルグラスを両手で抱えてゆっくりと傾けるユウキの子供っぽい仕草に苦笑するお銀。
 一見悩みなど何もなさそうな少女へ伺うように視線を送った。

「それで最近はどう? あの二人とは上手くやれてる? もし何かやらかしてたら言いなさい。アタシがとっちめてやるから」
「――えっ!? ぜ、全然上手くいってますよ? 何でそんなこと聞くんですか?」
「そう? 私が引き合わせた縁だからつい気になっちゃったの。気に障ったらごめんなさいね?」

 あたふたとやや過剰な驚きを表しつつ答えるユウキに優しい笑みを返すお銀。彼女がユウキに向ける視線は性別を超えた慈母という表現が相応しい、優し気なものだった。

「「……………………」」

 そうして少し沈黙が続く。だがその沈黙は決して気まずいものではなかった。
 何かを言い出そうとして躊躇い、もう一人は言い出すのを待っている。そしてどちらもそれを知っている。そんな優しい沈黙だ。

「あの……」
「なにかしら?」
「ちょっと色々相談してもいいですか?」
「もちろん。何だってドンと来いよ」

 おずおずと口を開き、問いかければ優しくも頼もしい笑みが返ってくる。その笑みに勇気づけられ、ユウキもまた笑顔で口を開いた。

「はい! それで、ですね……」

 10分程の、相談というにはささやかな悩みを吐き出し終えた。

 ◆

 ユウキは口が上手い方ではない。理路整然とした話し方など知らず、とにかく起こったことと自分の想いを吐き出すだけで精一杯だ。
 だが聞き上手のお銀は口を挟まずに相槌を打ち、情報を整理しながら時に質問してさらに引き出していく。
 そうして10分ほど情報の収集と整理をかけ、相談内容を一言でまとめた。

「なるほど、ね。最近迅ちゃんとパッチくんがギクシャクしてる、と」

 パーティの不和というにはささやかな空気の変化がユウキの悩みだった。

「はい……。二人とも私の前ではいつも通りだし、喧嘩してる訳じゃ全然ないんです。でも……」
「そうね。あの二人も結構重たいものを抱えてるからね。色々思い詰めちゃうのかも」

 と、お銀が言えばユウキも頷く。
 配信では理不尽系ギャグ展開が持ち味の癖にあの二人は内面がひねくれていて面倒くさいのだ。

「大丈夫、なんて部外者の私が軽々しく言えないわ。みんながみんな、悩みを抱えてる。あなただって大変なことが多いでしょう?」

 思い当たることが多いユウキはそっと視線をカウンターに落とした。
 ユウキの種族は取替養子(チェンジリング)。
 たまたまダンジョン近くの街で生まれ、たまたまそのダンジョンで《怪物漏出(オーバーフロー)》が起き、たまたまユウキを見かけた鉱精(ドワーフ)に気に入られて”持っていかれた”。
 数か月後、どこからともなく両親の前に戻されたユウキは炎のように真っ赤な赤に変わり、不思議な力を幾つも授かっていた。
 全てユウキが生後間もない時期に起きたことだが、一般人の両親がユウキを持て余すに十分な出来事だった。

「でも、私達は……」

 自身の出生にまつわる苦悩はユウキにとっても小さくない。二人にすらまだ打ち明けられていない。多分パッチや迅路にも似たような悩みはあるのだ。

(だけど、それでも)

 ユウキはそう思っていた。
 その思いを肯定するようにお銀が力強く頷く。

「ええ、そうね。あなた達が最高のトリオだって私は知ってる。だから敢えて言うわ――大丈夫よ。きっと、大丈夫」
「…………はいっ! ありがとうございます、お銀さん!」

 それは何の根拠もなかったかもしれない。でもユウキと視線を合わせて力強く返された頷きには少女を力づける暖かな温もりがあった。
 お銀はみんなのお母さんで、そしてお母さんは無条件で信じられるものなのだ。ユウキはそう信じていた。

「さ、そろそろお行きなさい。それと二人がウジウジしてても放っておいてあげること。男の子はそこら辺面倒臭いからね」
「分かりました! 放っておきます!」

 お銀の忠告に笑顔で答えたユウキが店の扉を開けて元気よく去っていく。
 根が単純明快なユウキが頷いたのだからしばらくは言葉通り二人のあれこれに触るまい。

「ユウキちゃんはアレでよし、と。じゃ、”次”ね」

 ”次”と口にしたお銀が鋭い視線を店の奥へ続く通路へ向ける。心なしか店の奥で空気が震えた気がした。

「――話は聞いてたかしら? パーティメンバーの幼気な女の子を悩ませるパッチくん? おねーさん怒らないから出てきなさい」
「……………………はい」

 裏にじっとりとした迫力を込めたお銀の言葉に従い、ゆっくりとした足取りで店の奥から現れたのは……パッチだった。

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