あの後、《形無き者の塒》攻略は無事完了した。元々ダンジョンボスでもLv.5程度の水子霊なのだ。ユウキ(Lv.12)の暴力にあっさり屈した。
当初のパッチ主体の地味な攻略風景からユウキメインの派手なバトルへと路線変更。ドローンが写す被写体の比率をその場で調整しつつパッチこと鏡則之は荷物持ち(ポーター)や解説、ツッコミなど縁の下で力を尽くした。
元々単純で一直線な気質のユウキは指示のまま豪快に暴れまわったが、配信終了後我に返った。そして依頼達成の処理を村役場で終えた帰り道でパッチへと謝り倒していた。
「……ううぅ。パッチさん、出番を奪っちゃってごめんなさいぃ。元々今日はパッチさんの修行回だったのに」
「ユウキちゃんは気にしなくていいよ。配信なんて臨機応変! それに僕の修業云々は半分くらい悪足掻きだったしね……」
涙目で謝るユウキに笑顔で返すパッチ。やや自虐の入った返しにユウキは気まずげな顔をしていたが、繰り返し気にするなと告げるとやがて笑顔となった。彼女は良くも悪くも引きずらない性分なのだ。
いつも笑顔で天真爛漫。炎のような赤髪に似合う明るく快活な性格。加えて身長145㎝の矮躯が絞り出す理不尽なパワーでモンスターを肉塊に変えるギャップから視聴者であるトーホク民に愛されるロリJKである。正直地味なパッチより100倍動画配信向けの映えるキャラだった。
「そーだそーだ、全部パッチがクソザコナメクジなのが悪い。だからいい加減この縄ほどけよパッチー」
「テメーはそのまま反省してろや酒カスゥ! 怒りの鉄拳!」
「あべしっ!」
余計な口を挟んだ酒カスに怒髪天を衝くパッチ。簀巻きにされ縄を引かれながら歩く男の腹に容赦なく鉄拳(ツッコミ)をぶち込んだ。一瞬身体が「く」の字に折れるがすぐに戻り、またブーブーと文句を垂れ始めた。
過激だがLv.差故にそれくらいしないとツッコミにならないので致し方なし。
一応酒カス本人も反省しているのである。ただの縄でぐるぐる巻きにされたままなのだから。やろうと思えば鋼鉄製のロープだろうと平気で捩り切る膂力の持ち主である。
つまりはこれが彼ら流のコミュニケーションだった。
「村長さん喜んでましたね! これで暫くスライム事故は起きないだろうって!」
「うん。地方の迷宮被害は深刻だからね。通算で見れば一番被害が大きいモンスターはスライムだなんて報告もあるし」
ダンジョンから密かに這いずり出たスライムが家屋に侵入し、睡眠中に顔へ取り付き窒息させてしまうスライム事故。取りつかれたのが一般人(レベル0)ならほぼ死亡する最小規模の迷宮災害であり、年間数千人の犠牲者が出ている。
管理放棄されたダンジョン付近で多く見られ、人口が少ない地方過疎地では少なくない被害をもたらしていた。
「つーか被害を減らしたいなら全住民にとっとと冒険者資格取らせて順繰りでスライム始末させればいいじゃねえか。《御神酒ウォーターガン》が必要なら村の経費で落とせよ」
「それは言い過ぎですよ。あの水鉄砲スライムには特攻でも他のモンスターには効果微妙じゃないですか」
簀巻きにされたまま荒い口調で文句を言う酒カスをパッチがたしなめた。
聖別刻印が刻まれた水鉄砲に邪気払いの御神酒を詰め、微弱な光属性攻撃を放つ《御神酒ウォーターガン》。スライムに一噴きすれば洗剤を吹きかけられた油汚れの如くサクッと消滅させられるオモイカネ工業のベストセラーである。なおネーミングセンスだけはイカレていた。
「それ差し引いてもLv.0がLv.1になるだけで全然違うだろ。Lv.が1でもあればスライム事故の抵抗ダイスワンチャンあるからな」
発売当初、大多数の日本人と酒造業界をマジ切れさせたこのアイテムがベストセラー商品にまで上り詰めたのは一般人(Lv.0)がモンスターを1体倒せば例外なくLv.1に上がる迷宮のシステムに由来する。
Lv.0とLv.1では見える世界が違う。体力や免疫が目に見えて上昇し、一時期は『最も手軽で強力なアンチエイジング』とワイドショーで取り上げられたほどだ。さらに迷宮由来の攻撃に対する耐性が大きく上昇し、2019年のペイルライダーの大規模侵攻をきっかけに世界各地へ広まった疫病の犠牲者もLv.0が多かったという。
「TRPG脳やめてくださいよ。人死に沙汰の話なんですから。……僕も同じことを考えたけどやっぱり難しいみたいです。お年寄りの人ほどダンジョンに拒否感があるみたいで」
「むしろ不健康なジジババの方が需要があると思うんだがなー。健康になれるって言えば釣れねぇ?」
口調はともかく言っていることは真面目な内容である。パッチも少し考え込んだがすぐに首を横に振った。
「それが何か変な誤解があるみたいなんですよね。冒険者になったら真っ先に《怪物漏出(オーバーフロー)》に対処しなきゃダメって……法律的にはできればレベルの努力義務なんですけど」
「そういうおらが村のローカルルールがあるんだろ。……もう滅んでも自業自得と思うんだが」
「だから言い過ぎぃ……! そういうことはせめて外では言わないでくださいよ!」
依頼(クエスト)のために来た地方村落。クエストの達成報告で村役場に行った帰り道、村民とはちらほらすれ違う。彼らは好意的に手を振ってくれるが、酒カスのデッドボール発言を聞けば顔をしかめていただろう。
「それにおじいちゃんおばあちゃんがダンジョンのモンスターを怖いって思うのは普通のことです。ならその分僕らが頑張らなくちゃ」
「そうですよ! どのみちダンジョンは攻略しなくちゃいけないんですから!」
真剣な顔の意気込みにユウキが強く頷いて応じる。ともにおじいちゃんっ子、おばあちゃんっ子だった共通点を持つパッチとユウキは結構相性がいいのだ。たまに相性が良すぎて暴走しかける程度には。
「肝心の報酬は雀の涙だけどな」
「うっ……まあFランクじゃあ魔石を含めても30万そこそこですけど」
「ポーションとかの出費が結構馬鹿にならないからね……そこを削るしかないかなぁ」
そして利己的な酒カスが横からツッコミを入れて二人の勢いに水を差す。理想に燃えがちな若者二人のストッパーになるのは意外なことにこの酒カスなのだ。
そして酒カスの指摘通り《東北ダンジョンライバーズ》は金銭面で軌道に乗っておらず、根本的な部分に手を入れるべき段階に来ていた。
「おいおい後退する生え際と一緒に知能も後退したのかよパッチいやハゲ」
「ハゲじゃない、富士額だ!」
「どーでもいいっての。金で命を拾えるなら使うべきだろ。ケチるところ間違えてんぜ」
「う……」
耳の穴をほじりながらの指摘に反論できず口ごもるパッチ。
ダンジョン攻略は報酬も多いが出費もまた多い。
オモイカネ工業が大量に生産する良質なダンジョン攻略向けアイテムのお陰で日本は冒険者天国と他国から羨まれているが、懐が苦しい者はどこにでもいる。
特に彼らは儲け度外視で依頼(クエスト)を請け負うことが多く、酒カスも強くは止めないので能力の割に財布の中身は寂しいのだ。
「そうですよ、そこは命綱なんだから削っちゃダメです! 私の《鍛治》スキルがありますから削るなら装備のメンテ費用とかにしましょう」
「お前の《赤口具足》も削っちゃダメな命綱だよアホ弟子。一つ賢くなったな」
笑顔で慰めと自己犠牲を口に出し、迅路(酒カス)にデコピンされたユウキが額を抑えてガウガウと師匠に嚙みつき始めた。そんな微笑ましい一幕を複雑そうに見るパッチ。
この一行で一番ポーションのお世話になることが多いのは当然最弱のパッチだ。ユウキはフォローしてくれているが、パッチの無才が一行の足を引っ張っているのは事実だった。それにユウキと違ってこれ以上伸びる目がない。
「まー金は知らんがアイテムの方はなんとかなんだろ。いざとなったらギルド支部長(銀の字)にタカろうぜ」
「つくづく思うんですがなんで迅さんがオモイカネにこんな強いコネ持ってるんですか? お銀さんの弱みでも握ってるんです?」
ダンジョン攻略の生命線であるアイテムの調達で大きな力を発揮したのが意外なことに迅路(酒カス)である。
如何なるインチキか、オモイカネ製の攻略アイテムを常時半額かつ優先入手可能な特別ルートの存在はあまりに大きかった。儲け度外視の東北ダンジョンライバーズがここまでやってこられた最大要因である。だらしない私生活の割にLv.27という異常な強さといい、謎の多い男だった。
とはいえ最初に紹介状を渡されただけで実務は専らパッチがこなしているのだが。謎の多い男だが残念な男でもあった。
「ふぁ、ぁぁぁ……”前世”の縁だよ。多分な」
案の定酔いに濁った目をした迅路(酒カス)は大きな欠伸とともに適当な答えを返した。
「なーにが前世ですか馬鹿馬鹿しい。酔っぱらってないで真面目に答えてくださいよ」
「さーな。それより帰りにどっかで飲みに行こうぜ。お勧めの店はあるか、パッチ」
「ハァ……そう言うと思って打ち上げの席は抑えてあります。ただ、予算は一人5000円までですからね?」
「お! 流石じゃねーかパッチ。褒めて遣わす!」
ため息をついたパッチの言葉に酒カスらしく機嫌を急上昇させる迅路。ユウキも上機嫌な師匠を見て嬉しそうだ。
「言っときますけど予算オーバーした分は自腹ですからね? 二度と立て替えねえからな? テメーのことだよ分かってんのか酒カスぅ!」
「大丈夫だ。俺の懐はもうとっくに底をついてる」
「どこが大丈夫なのか言ってみろ、また僕にタカるつもりだろあんた!?」
立て替え歴に限りなく前科ありのダメ人間に再びツッコミを入れる。なお効果は蛙の面に小便をかけたくらいの模様。
「酒とパチンコに使ってトドメに猫カフェ行ったら尽きちゃった」
「酒カスにパチンカスとかダブル役満極めるなよむしろ厄満だよあとあんた猫カフェってキャラかよ酔っぱらったカスに絡まれる猫が可哀そうだろやめてやれっ!?」
「わあ、パッチさんって滑舌いいですよね! 配信実況も上手いし流石ですっ!」
「……あ、うん、ありがとねユウキちゃん」
彼らは《東北ダンジョンライバーズ》。
元々生真面目で郷土愛の強いパッチが始めた地方過疎地の迷宮攻略を軸にした配信チャンネルだ。
始めた当初は鳴かず飛ばず。さらにパッチのレベルが早々に頭打ち(Lv.5)になったことでチャンネルを閉鎖するか迷いに迷う。
が、そこにたまたま路上で酔っぱらっていたところを助けた迅路が合流。さらに縁があって迅路と師弟関係となったユウキが加入。性格はさておき戦力・才能は一流のメンバーが集ったことで状況は一変。
長らく未攻略が続き、《怪物漏出(オーバーフロー)》が危ぶまれていた低ランク迷宮の連続攻略に成功。加えてデコボコすぎるパーティメンバーによる理不尽系ギャグ展開がおかしな方向にバズり、ダンジョン攻略配信チャンネルとしては軌道に乗った。
だがそろそろ、彼らが歩む道先を違える時期が来たのかもしれない。