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https://kakuyomu.jp/works/16817330654498486202/episodes/16817330663234044905第34話 焦がれ【綾香目線】
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春臣に助けられた……。
芳賀や服部にえっちな格好を見られるなんて酷いことを受けてしまったけど、春臣のおかげで貞操の危機を免れ私は清いまま。
文句や言い訳を垂れるものの、春臣は助けに来てくれて、やっぱり私に未練があるはず。いえ、そうでいてもらわないと困る。
(春臣のこと諦めきれないから……)
ホントはあのとき、素直に春臣に謝りたかったのに、沙耶乃がぜんぶ壊してしまった。あの沙耶乃の勝ち誇ったような顔を見るだけで腸が煮えくりかえってきてしまう。
それにしても沙耶乃は恐ろしい……。
救い出されたあとに沙耶乃が私に言ったことが脳の隅々まで行き渡り、頭から離れない――――
『私ね、綾香ちゃんならお兄ちゃんの彼女になっても仕方ないかなぁーって思ってたの。でも間違ってた。あんな酷い振り方するとか』
『……』
確かに、沙耶乃は私だけは特別扱いしていたような節がある。それでも私が春臣にしてしまったことは沙耶乃の言う通りで、ぐうの音すら出ず反論の余地もない。
無言の私の耳元でささやく沙耶乃はその麗しい唇の口角をゆっくりとあげながら、話しを続けた。
『そのお陰でお兄ちゃんは私を彼女にしてくれたんだけどね。指を咥えて見ていて。私とお兄ちゃんが幸せになるところをしっかりとね♡』
『えっ!?』
私は結果的に沙耶乃へ塩を送ってしまったのだ。いえ、オウンゴールを決めたと言ったほうが正しいかも……。
『これはお兄ちゃんを傷つけた綾香ちゃんへの罰だから……』
ず――――ん。
沙耶乃と春臣が兄妹ではなく、彼氏彼女の関係になってしまったことを目の当たりにしたときの衝撃。沙耶乃は甘い声で私の心を深く深く抉った。まるで春臣の無念を晴らすかのように……。
私を奈落に突き落とす言葉を言い放つと沙耶乃はくるりと踵を返し、春臣に愛らしい表情を見せ、いつも通りかわいらしく妹を振る舞っている。
一方、私は自分の愚かさを嘆き、あれほど悲しかったのに、気づいたら沙耶乃の恐ろしさのあまり涙すら枯れていた。
呆然としていた私は凛々亜に付き添いで救急搬送され、検査ののち翌日、両親とともに帰宅した。身体はなんともなかったのに沙耶乃の言った言葉が胸に突き刺さり、未だに抜けることはない。
それと同時に湧き起こるどうしようもないほどの春臣への想いと焦がれ……。
両親が来るまで凛々亜が私を慰めてくれていたけど、事情を話すと彼女は呆れてしまっていた。
告白される前まで、春臣のあふれる私への想いは満潮のようになみなみと満たされていたけど、他のクラスメートたちと同様に、今は春臣の想いも干潮の如く干上がってるに違いない。
はっきり言って、他の子たちのおべっかなんて、もうどうでもいい。だけど、春臣から好意を寄せられないのが、こんなにも辛いだなんて思ってもいなかった。
素直になって、せめてお礼だけでもって思ってたのに、あんな怒りに任せて春臣に告白するなんてあり得ない……。
でも、なんなのよ、あの沙耶乃の態度!
まさか沙耶乃が私から春臣を奪うように抱き合って、キスするとか信じらんない!
本当は私が助けられたお礼代わりに春臣とキスしていたはずなのにどうしてこうなったの?
好き……私は春臣のことが大好き。
私の部屋の窓から見える明かりを眺めていた。カーテンの閉じられた窓は春臣が私から心を閉ざしたように見えてしまう。その夜、私はちゃんと謝罪して、春臣の心のカーテンを開けることを胸に誓った。
――――放課後。
ひとり寂しく帰路に就く途中、私は偶然を装ってある人物と接触していた。
「乙葉さん、お久しぶりです」
「あらー、綾香ちゃん! お久しぶりねー。聞いたわよ、とっても大変だったわね。でも無事で良かったわ」
ひと声かけると私を気づかい、春臣に似た柔和な笑顔が私を包みこんでくれていた。
「はい、なんとか……」
春臣からだろうか? それとも陽平さんだろうか? 乙葉さんは私が騙されて、悪い芸能事務所で酷い目に遭ったことを知っていた。
沙耶乃のことは好きじゃなかったけど、いつも柔和でほんわかした乙葉さんのことは好きだった。私が母に叱られたときに春臣の家を訪ねて、よく慰めてもらっていたことを思い出す。
「確か……竹馬くんだったかしら? 彼に助けられたのよね? 彼、うちの春臣と違って、礼儀正しいいい子よねー」
乙葉さんはちょっとちょっとと手招きしたかと思うと口に手を当て、竹馬という人物を誉めた。
「えっ!?」
竹馬……? 八神武秋のことよね?
一瞬戸惑ったが、春臣の家族からは八神のことはとにかく正確に覚えられていない。確かに八神は一緒に来ていたけど、乙葉さんは知らない。私が春臣に助けられたことを。
「ち、違うんです……私……春臣に助けてもらったんです。でも春臣にちゃんとお礼が言えなくて」
エコバックに買いこんだ食料品を抱える乙葉さんは少し考えたあと、私に言った。
「そうだったのね。じゃあ、綾香ちゃん、うちに寄っていかない? 春臣も沙耶乃も喜ぶと思うわよ」
私は乙葉さんのお言葉に甘え、すぐにでも行こうかと思った。
けど……。
乙葉さんは私と春臣、沙耶乃の仲が未だに良いと思っているらしく、気さくに私を家に招待してくれようとしていた。
春臣と逢いたい。
けど、沙耶乃と顔を合わすのは気が引けてしまう。絶対に私のマウントを取ってくるのは目に見えていたから。
すぐに逢いたい気持ちをぐっと胸にしまいこみ、沙耶乃の邪魔が入らない手段を選んだ。
「今は用事がありますので、またの機会に……あっ、そうだ。明日、朝にお伺いしても構いませんか?」
「ええ、じゃあまた来てね」
やった!
これでまだ聞いていない告白の返事も聞ける!
ここ最近、悲惨な目にばかり遭っていたが、ようやく土砂降りの雨が止み、晴れ間が差してきたような気分だった。
――――翌朝。
昨日、撮影のついでに長い髪をスタイリストに切ってもらい、イメチェンを図った。髪色は銀に限りなく近い金に染め直してもらうと、どうしたのかと訊ねられたけど、気分を変えたいからと適当に濁しておいた。
春臣の好きだったうさみみと同じ髪型。
いつもより二時間前に早起きして、身だしなみを整える。春臣とちゃんと話ができる、そう思うと早起きもまったく苦にならかった。
パジャマを脱ぎ終え、上下の揃っていないブラとパンティを脱ぐ。姿見で自分のヌードを何度も確認していた。
知らないうちについている痣や傷がないか、脇をあげたり、お尻や背中を見たりしたが、どこにもそんなのはない。
やや小ぶりだけど、形の良い乳房をしたから持ちあげ、鏡の前でアピールしてみせる。きゅっとひきしまったお尻も物欲しそうに振ると柔らかいお肉が揺れて、私が恥ずかしくなってしまうくらい扇情的だったと思う。
危なかったけど、無事春臣が助けてくれたおかげで、変わらず春臣のためにお取り置きできていた前を見つめるときゅんと切なくなる。
これから学校だからと我慢して、周りを見ると少し伸びていたので小さなハサミで整えておいた。
春臣は私の男性経験について、どう思っているのかは分からない。派手な見た目だったから、遊んでそうって思われるのはちょっと癪に触る。
けどお姉さんぶって、春臣をリードするのもありかも。
春臣になら見せられると思う、なにひとつ飾らないありのままの私のすべてを。ちょっと恥ずかしいことは恥ずかしいのだけれど……。姿見に写った自分のヌードを見て確信を得た。
私は沙耶乃に負けていない。
パジャマと下着を畳むと、クローゼットの奥に仕舞いこんだお揃いのブラとパンティを引っ張り出していた。
春臣好みのフェミニンな水玉模様のものを。
両手に持ったパンティを跨ぎ、片足がふくらはぎまで通れば、もう片方の足を通せばするするっと太ももを通過し、腰まで紐がきた。
後ろのゴムがお尻に食いこんでしまったので人差し指を入れて位置を正す。すると、お尻はぷるんとプリンのように揺れていた。
肩紐を両腕に通すとブラのカップで乳房を包みこみ、手を後ろに回して、姿見で確認しながらホックを留めた。
普段着ないブラだったから……。
やっぱり水着より下着じゃないと春臣は落とせない。私だって脱いだら、スゴいってとこ見せてやるんだから!
ブラウスに袖を通し、ボタンを留めているときにふと思う。春臣はノーブラブラウスとか好きなんだろうかと。春臣と二人きりになれたら、それで悩殺するのもありかもしれない。
沙耶乃の肌に優しく触れる手を見ると、悔しくて、寂しくて、どうしても春臣に愛されたくて、えっちな妄想を抱いてしまっていた。
チェックのプリーツスカートを穿き、ホックを留め、ファスナーをあげる。ドレッサーの椅子に腰かけて、姿見の前で足を組み替え春臣を誘惑するポーズを練習していた。
ギリ見えるか、見えないか……。
私がはじき出した答えはそれが最もセクシーだった。これなら沙耶乃に負けるわけがない!
寝ぐせのついた髪にヘアウォーターをシュシュッと吹いたら、ヘアアイロンで整えていった。鏡を見るとうさみみと瓜二つの髪型となっている。
(髪型変えたこと春臣に気づいてもらえるかな?)
ああ……春臣に早く見せたい。
ナチュラルメイクで仕上げ、万全の体制で謝罪をすれば、優しい春臣は許してくれるはず。
鏡の前で生まれ変わった顔を見る。
今日の私は世界で一番かわいい。もちろん、沙耶乃よりも!
――――春臣の部屋。
父母に挨拶を済ませると早速、春臣の家へとお邪魔していた。乙葉さんが応対してくれ、昔のように勝手知ったる春臣の部屋へと久々に訪れていた。
私がドアを開けてもスーッ、スーッと静かに寝息を立てて春臣は起きる様子がない。
懐かしい……春臣の匂いがする。
好き……。
顔にかかった前髪を払いながら、春臣の額を撫でる。こうやって静かに眠っている春臣の前では素直に気持ちをさらけ出せるのに、起きていると喧嘩ばかりしてしまう。
それもこれも、ぜんぶ沙耶乃が悪いのよ。
沙耶乃に奪われてしまった春臣の唇を上書きして奪い返そうと目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけていった。
ふっと私に柔らかいものが唇に触れる。
春臣は寝ているとはいえ、私はついに春臣とキスできたのだ! 春臣を好きになって、何年越しのファーストキスなんだろうか?
嬉しくて、瞼から涙があふれてしまう。歓喜に満ちあふれ目を開くと私がキスしたと思ったのは、実は手だった。
「ええっ!?」
春臣の男らしい手ではない。
「残念でしたぁー、綾香ちゃんに渡すお兄ちゃんはありませーん!」
「さ、沙耶乃!?」
手で私の春臣への想いをこめたキスを阻止したかと思えば、あろうことか沙耶乃はもぞもぞと春臣の布団から顔を覗かせていた。
絶対に許さないんだから!
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