第33話 指を咥えて見ていてね
俺と沙耶乃は重なった互いの唇を離すと途端に周りの止まっていた時間は息を吹き返したように動き出す。
目を閉じていた沙耶乃は口づけの
俺を気づかう言葉をかける沙耶乃。
「よかった! お兄ちゃんになにかあったら、どうしようかって、すごく心配してたんだよ」
「あ、ああ……」
今回は無茶し過ぎたかも……。
沙耶乃を悲しませないためにも無茶もほどほどにしないと、って本気で思う。
それにしても沙耶乃は隣にいる綾香に俺への愛情を見せつけているような気がしてしまう。それを見た綾香は言葉を失い、まるでピキッと石化してしまったように微動だにしない。
そんな綾香に沙耶乃が綾香の耳元でなにかを伝えていた。
「綾香ちゃん、指を咥えて見てて。私とお兄ちゃんが幸せになるところをね♡」
微かに聞こえた音を拾うが、なんだろう?
赤ん坊の指しゃぶりか?
それを聞いた綾香の顔がみるみる内に青くなっていく。
「沙耶乃、綾香になにか言ったのか?」
「ううん、大したことじゃないよ。綾香ちゃんが無事で良かったね、って言っただけー」
俺が訊ねると沙耶乃はふふっと笑みを浮かべて、手を握ってきた。
「そっか。ならいいんだ」
綾香は無事だったことで気が抜け、膝ががくんと芝生のうえに落ちたかと思うとぺたんと座りこんでしまったらしい。慌てて、席を外してくれていた婦警さんは綾香の異変を見つけ、声かけしていた。
「大丈夫ですか!? すぐに搬送しますね」
婦警さんは救急隊員を呼び、綾香はへたった状態から後ろから脇を抱えられたあと、別の隊員が足を持って、
「いち、にっ、さんっ!」
とかけ声と共にストレッチャーに乗せられていた。救急隊員が綾香の肩を叩くが、呆然としたまま反応がない。
そこへ隣の部屋に半監禁状態だった綾香の所属するアイドルグループの関係者らしき人がそばに寄り声をかける。
「大丈夫!? ねえ、あいつらになにかされたの?」
「凛々亜さん……私、負けちゃった……」
「負けたって……なにに?」
彼女は救急隊員に素性を明かしていたようで、そのまま救急車に同乗し、綾香と共に数分ののち運ばれていった。
俺は綾香に声をかけたあと沙耶乃の手を引き、すぐに退散しようとしていた。
あいつが来るからだ!
沙耶乃と一緒に規制線から出ようとしたときだった。後ろから肩を掴まれ、振り向くと満面の笑みを浮かべたキノコ頭のイケメンの姿が……。
「ここにいたのか!」
しまった!?
見つかった……。武秋が俺の姿を目ざとく見つけ、俺の様子をまじまじ観察し、うんうんと頷いていた。
「五体満足そうでなにより。じゃあ、早速ここで始めるぞ!」
「なにを?」
「
あ、それ……いいかも。
「偶には武秋もいいこと言うな。もう遅いし、帰ってお互い夕飯にしようぜ」
「待て待て! 冗談は顔だけにしろ」
ずいぶんな言われよう……。
「あのな武秋、俺はおまえと戦いたいとメッセージは送った」
「だな」
「だが対戦するとは一言も書いてない」
俺はLINEのスクショを武秋に見せた。
「な……なんだと……馬鹿な!?」
ぶるぶると震え出して、力こぶが隆起してきたので急いで武秋から俺のスマホを返してもらう。こいつの馬鹿力でスマホを折られたら、堪まんねーし。
「それじゃね、竹槍くん!」
惜しい! 韻は踏んでいたのに。
「あ、はい、沙耶乃さん。あ、自分……武秋ですから」
沙耶乃は武秋の名を呼び、俺の手を引いて現場から立ち去ろうとしていた。そんな俺たちを武秋は、また呼び止める。
「待て、春臣っ! おまえが格闘技を辞めた理由だけでも俺に教えろ!」
「ああ、そんなことか……」
あまりにもつまらない理由を訊きたいんだな、と思いつつも手伝ってもらった謝礼代わりに返答する。
「いや、手を痛めると沙耶乃のガンプラが作れなくなって、悲しませるからに決まってんだろ」
はっきり言って、これ以上の理由なんてない。武秋も仕様もないことを訊いてくるもんだ。
だけど武秋は、
「はあぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!?」
絶叫していて、その大声が夜のマンションの敷地内に響いていた。
マジ迷惑だよな……。
俺の言葉に頷いた沙耶乃は積もりに積もった行程を口にした。
「うん! まだマグアナックが三十機も残ってるもんね!」
「あ、ああ……」
マグアナックが一機、マグアナックが二機……。
俺の夢のなかにマグアナックが出てきて、枕元で「早く作ってくれー」と集団に囲まれ、うなされたことがある。
いつのまにか、俺の隣にいた父さんが俺の肩に優しく触れながら言った。
「春臣、済まん。俺のこの熊みたいな手じゃ、手伝ってやれないことを許してくれ」
「いいよ、父さん。俺がぜんぶ作って、沙耶乃を喜ばしてやるんだから!」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
俺の後ろから抱きついて、甘えてくる沙耶乃がかわいくてたまらなかった!
綾香のやらかし事件から数日後、俺たちの生活は平穏を取り戻しつつあった。
――――体育の授業中。
さすがにあの激闘だったので切創こそなかったが、動くと節々が痛く念のためテーピングしておこうと願い出た。
「山田先生! 済みません、テーピング取りに行ってもいいでしょうか?」
「おう、行ってこい! ただし、組事務所は壊滅してくるなよ!」
「も、もちろんです……それにあれはただのアイドル詐欺グループですから……」
先生が俺にかけた言葉で、どっとクラスメートたちから明るい笑い声が聞こえてくる。別に俺はただ綾香の様子を見に行っただけで、組事務所を潰したなんて大それたことはしていない。
あの事件以来、ひっそり隠れて学校生活を送っていた陰キャの俺は先生に覚えられてしまって日陰から引きずり出されてしまっていた。
ただ、以前のようにクラスを覆っていた
今朝のHRでもそうだったけど、陰のあった大枝先生も明るくなって、みんなからかわいいって評判だしな。
平和が一番!
ああ、そうそう平和と言えばうちのクラスを陰鬱な雰囲気にさせ平和を乱していた芳賀と服部なんだけども……って。
なっ!?
俺が体育の授業中、許可を取り抜け出すと教室に戻り、ドアを開けようとしたときだった。
俺は窓から見えた光景に思わず、声が出そうになったが口を手で塞いで、押し殺す。
俺の机の前に人影が……。
(いやぁ~乱世乱世、エトランゼでゴザルッ!?)
後ろ姿だが髪型髪色、背格好からして綾香っぽい。
「は……春臣ぃぃ……」
妙に艶っぽいというか、変な声で俺の名を呼ぶ綾香。まさか、あのとき
綾香は体育の授業どころか、保健室登校しているはずなのに。そんな彼女は少し俯き気味に背中を震わし、机の角に身体を密着させ、なにか怪しげな様子だった。
(あいつ……
は?
綾香の正面のほうから見るとスカートをめくって、パンティを俺の机の角に擦り付けてるだと!?
おわり
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